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第四話 日向坂、オールドテイルズ
まず、今のここについての話をしよう。
ここは私たちの組織の本部だ。関東地方にあるでっかいデパートを使っている。いろいろ調達できるから便利でねえ。
他にも支部がふたつあるが、当分お前さんが行くことはないだろうねえ。
そして、ここには、生き残りの子供たちが集まっている。
そう。子供、だ。
今この世界には子供しかいない。
生き残った子供も、年はとらない。
例外はない。
……お前さんの両親も、もういないだろうさ。
おや? 特になにも反応しないんだねえ。……あの日のことを覚えていなくても、そんな反応が出来るのか。
みんな、意外と冷静なものなのかねえ。
ちなみに、私がここで最年長、十八だ。お前さんは? 見たところ中学生くらいに見えるが……やはりねえ。十五かい。
そして、子供しかいないから、インフラもない。さっき言った通り水道はないし電気もない。
まあ、多少なら自家発電できるがねえ。どうしても必要なら自分でやってくれ。
……ああはいはい、早く本題に入るさ。確かに今までさんざん待たせたからねえ。
長い話になるが、聞くがいいさ。
さて。
じゃあ、なぜそんなことになったのかを話そうか。
あの日、世界中のネットワークはハッキングされた。
なぜそんなことができたのかは知らない。ただ、奴らにとんでもないくらいの技術があったのは確かだから、それを活用したんだろうさ。
その技術については後で話すとしよう。
とにかく、そのときはみんながぽかんとしていた。
私もスマホ片手に硬直したし、周りの人もみんな、ざわざわとしていた。
ざわざわと、で済むなんて、今考えるとなんて危機感のない会話だったのだろうかと思うが、当時はそれだけ平和ボケしていたということだろうねえ。
そして奴らは、テロリストは語り始めた。
曰く、自分たちには世界を滅ぼすという野望があること。
曰く、研究の果てにその力を手に入れたこと。
曰く、大量に人質がいるから逆探知はよせとのこと。
最初はなにを言っているのかと思ったよ。
話すこともまるきり、カルト集団のそれだったからねえ。人間は地球にとっての毒だとか、文明は地球を蝕むウイルスだとか。
しかし、人質を見せられたとたん、あほらしさはなくなったよ。
子供から大人まで、おびただしい人数がそこに囚われていたのさ。
ずらーっと並んだ景色は、もはや壮観だった。
一気に危機感がわいた。
さっきまで騒々しくざわめいていた周りも、青ざめて絶句していたねえ。
そして、テロリストのボスらしき男が画面の前に歩み寄ってきた。
だいぶ壮年の男だったよ。髭がもじゃもじゃしていたのを覚えている。あと、目が青色だったのも特徴的だったねえ。
そして、そいつはひとりの女の子を連れてきて、首もとにナイフを近づけた。
そして。そしてーー
全世界に毒ガスのようなものを散布する、と流暢な日本語で宣言した。そのあと、他の言語と思わしきことばでも、恐らく同じことを繰り返した。
……もちろん、はあ? と思ったよ。
そんなことができるはずがない、ともねえ。
しかし、……そいつはやってのけた。
「必ず、人類を根絶やしにしてやる」
そんなことばを言った瞬間。
見計らったかのように。
白い霧が、そこらじゅうから充満し始めた。
地面から。人体から。植物から。空から。有機物から。無機物から。
取り巻くように。巻き付くように。侵入るように。根付くように。すいとるように。奪うように。奪い取るように。
人間の業を苛むかのように。
まずひとりが悶絶して倒れた。
ふたり。
さんにん。よにん。
ごにんろくにんしちにんはちにん。
当然、パニックになった。
やがて、悲鳴は呻きになり、呻きは絶叫になり、絶叫は沈黙になった。
私はその光景を呆然として眺めた。茫然自失ということばがぴったりだっただろうねえ。
そして、そうしているうちに、やがてふうっと意識が遠のき始めた。
薄れゆく意識のなかで、ああ、私も|ああ《・・》なるのだなと思ったさ。
やがて意識が途切れた。
ーーとまあ、これがあの日の顛末さね。
……怒鳴らないでもらいたいねえ。あの日に起こったことは、本当にこれだけなのさ。
まあ、しかし、そのあと分かったこともいろいろとあるし、それについて話そうかねえ。
ーーあのあと。目醒めたら、私はさっきいたところと思わしきところにいた。
思わしき、というのは、周りがさっきと全く違う景色だったからさ。建物はどこもかしこも半壊。
しかしそれはまだましな部類だったようだねえ。しばらく歩くと、まっさらな大地も見つけた。
そしてさらに歩いてーーあやつと出会ったのさ。
さっきお前さんを見つけた、月宮とねえ。
まあ、そのあとのもろもろはさておいて、私は月宮とこの組織を設立した。
組織ーーとはいっても、具体的な名前はない。なにぶん、構成員が構成員だ、名前をつけようとしても、なにかと中二病ぶった名前ばかりになってしまってねえ。
基本的には、単純明快に組織と呼んでいるさ。
なにをする組織か、かい? 端的に言えばーー
ーー化け物をぶっ殺す組織さ。
この世界には化け物がいる。
私たちは、そいつらのことを基本的にエネミーと呼んでいる。まあ、そのままだがねえ。
人形でありながら人形でないような、異形の奴らさね。そいつらが建物をぶっ壊した犯人さ。
そしてエネミーは私たちを襲ってくる。
そのエネミーを迎え撃ち、駆逐する組織が私たちというわけさ。生き残りは恐らく私たちしかいないから、人類防衛隊と呼んでもいいかもしれないさね。その他にも、まだ目醒めていない、さっきまでのお前さんのような人間を保護したりもしているねえ。
そして一番重要なこと。
あの日撒かれた毒ガスについてだ。
私たちはどうやら、毒ガスに|適応《・・》したらしい。髪の色が適応した証さね。適応するまでは仮死状態で眠り続けることとなる。そして、適応し終わると、目を醒ますのさ。
生き残った代わりに、私たちはヒトという種を捨てることになったがーー見た目に大きな違いはない。
だが、なんの計らいか、武器や戦闘補助具も出せるようになった。
武器と戦闘補助具は、それぞれ六種類がある。私たちはそれを、メインとサブと呼んでいる。これも、そのままのネーミングだがねえ。
そして、適応により、身体機能がグレードアップした。回復力も上がったし、筋力もアップする。
今のところ見つかっている、主な恩恵はこんなところかねえ。
なぜそんなことができるか、って?
それはねえ。
|分からない《・・・・・》。
なにも分からないのさ。現代にはおおよそなかった技術。私たちみたいな二十年も生きていないひよっこに、解明なんて到底できないさ。
そんな技術があったからこそ、だからこそ、テロリストは世界中の電子機器をハッキングなんて常識外れのことができたんだろうがねえ。
分からないのが、今のところの毒ガスの正体。
だから私たちは、毒ガスのことをこう呼ぶ。
|正体不明《アンノウン》と。
裏話
どんな感じで書くかめちゃくちゃ迷った。