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雫針 #1
|夕付美代子《ゆうずけみよこ》は、窓の外を見た。
鬱蒼としていて、こちらまで暗くなり、頬杖をつく。
けれども美代子は、この景色が嫌いではなかった。
雫から見えるグラウンドのライト。
雨でも走る野球部が驚くほど強く見えた。
「帰んねえのか、美代子」
美代子の机の前には|紅山東谷《あかやまとうや》が立っている。
チャイムに気が付かなかったのだ。もう誰もいない。
「帰るわ」
一緒に帰ることは暗黙の了解。こうやって三年過ごしてきたのだ。
高校一年目で再びこの町に戻ってきた幼馴染である。
美代子は席を立つと東谷に頷いて学校を出た。
この暗さと寒さに勝るものは、孤独ぐらいだろう。
周りには望んでいなくとも人だらけ。
と、雨にも負けぬ根暗思考を美代子は巡らせている。
「どっか寄ろうぜ」
学ランのポケットに手を突っ込んだ東谷は傘を持たず、びしょびしょだ。
「じゃあ、|雫針《しずくばり》にでもよりましょう」
「ok」
雫針は、ここらで有名なレコード店。美代子は常連である。
古くて味のある店だ。
雫針の名の通り、緑の屋根から細い雫が流れ落ちて行く。
「やあ、美代子ちゃん。|有本如月《ありもときさらぎ》、入ってるよ」
雫針から出てきたのは、茶髪の明るい青年だった。歳は自分たちとあまり変わらず、|悠二《ゆうじ》という名である。
「本当?行きましょう、東谷」
「有本如月か、くだらねえな。だからモテねえんだぞ」
「いいわよ別に。むしろ東谷みたいな人に如月の良さがわからなくてよかったじゃない」
唯一の趣味といえば、有本如月の歌を聞くことだ。
レコードのジャケットには、渋い青年と夕暮れ景色の写真。
「僕も如月が好きな女子高生は聞いたことがないな。美代子ちゃんっぽいね」
「本当!やっぱり、悠二さんはわかってくれますよね。如月の良さ」
そう言って美代子は東谷を睨みつけた。
東谷も軽く睨み返す。
悠二はというと、二人の諍いをどう見守ればいいのかと、いつも考えている。
「悠二さん、これ買います。」
先程のレコードを買い、雫針を出る頃には雨が上がっていた。
「もう喧嘩しないようにね」
「はーい」
美代子はにっこり笑って、顔を赤くしながらレコードを胸に抱く。
その顔は、レコードを買えたことが嬉しいのかどうなのか、東谷は黙り込む。
(早速、聴かなくちゃ。)
「東谷、あたし今日はこっちから帰る。近道しなきゃ」
返事をさせる間も与えずに、走った美代子の後ろ姿を、東谷は哀しそうに見つめるだけだった。