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ep.13 赤色に誓って
※一部残酷な描写を含んでいるため、レーティングをR15に設定しております。苦手な方は閲覧をお控えください。
--- 【現在時刻 10:31:26】 ---
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side 祀酒 みき(まつさか みき)
ぶわっ、と人の流れが押し寄せて、危うく転げ落ちそうになる。|契《けい》さんに引っ張られて、半ば浮くような形で十数段を下った。すねがじんと痛い。
「あぁー皆さん!! ちょっとストップ!」
急に契さんが大きな声を出して、踊り場近くで止まった。
先程のようにぐちゃぐちゃにはなったが、皆早めに動きを止めたてくれたおかげで押し出されずに済んだ。
「皆さん分かっているとは思いますが、ここから先いつ何があるかわかりません。くれぐれも身勝手な行動で他人を巻き込むことや、無理をして望まぬ結果に引きずり込まれることの無いようお願いします。冷静に行きましょう!、、、僕がこんな偉そうに言ってしまってなんかすいませんね!?」
そう契さんがまくしたてる。何だか普段とは違う雰囲気だった。ちょっと嬉しそうにも見える。、、、もしかして、調子に乗っているとか?
「契さん、大丈夫ですか、、、?」
私は何だかいたたまれず、契さんを見上げる。
「ええ、大丈夫ですよ。ちょっと前に進みたくなっちゃっただけ、前に進んでほしくなっちゃっただけです」
そう言って、遊園地の門をくぐる子供のような顔を視線の方に進めた。いまいち言葉の意味がうまく呑み込めない。
「、、、あ」
聞いたことのないくらい小さな、弱々しい声が聞こえた。契さんだ。さっきとは打って変わって、下を向いているかのような声色だった。
「みきさん、一つよろしいですか」
前を向いたまま、足を進めたままで私に話しかける。
「ええ」
「お願い、というか、僕のしょうもないわがままなんですけど、、、みきさん、何があっても前に進んで行きましょうね。僕ら一緒に、あるいは一人一人が。約束、ですよ」
私の前に、小指が差し出された。
どういう事だろう? さっきからやたらに理解が追い付かない。
あぁ分かった、指切りだ。そう思い手を差し出そうとしたときにはもう、契さんはぴっと手を引っ込めて恥ずかしげにはにかんでいた。
「すいませんねぇ、急に。えっへへ」
指切りについてはもどかしかったけれど、契さんの中で合点がついたんだ、私が掘り起こすのは失礼だと言い聞かせてやり過ごした。
ふと、目の前が階段ではなくなった。
「6階、ですか、、、」
喉から、ごく自然に声が流れる。
さっきの壁とドアに囲まれたフロアとは違い、かなり開放的な印象だった。大きい窓から差し込む光が、何も写さない空の青が、ここまでくると不自然で気持ち悪い。開放的で、むしろがらんとした印象。
そう、がらんとしている。進もうとする人が一人もいない。階段を下っているうちに落ち着いたのか何なのか、ひそひそとした声すらもまばらになっている。
「あれぇ、みんなもう進んでいいんだよ? どしたー?」
ゲームマスターのふざけ声すらむなしいフロアで数回跳ね回って、そして消えてゆく。
それに拗ねでもしたのか、それきりゲームマスターが声を発することはなくなった。
「これもしかして、僕らが進むの待ってる感じですかね、、、」
「え、えぇ!?」
だとしたら理不尽すぎる、、、!確かに先に足を進めてきたのは私たちだけれど、それは別にやりたくてやったわけでは、、、少なくとも私は、絶対にない。後ろにいる人たちに、ここ数か月感じていない程の怒りを覚えた。躍起になった声が、喉から勢いづいて走り出す。
「そんなの都合が良すぎます!ここはせめて自分のために動いても構いません」
「う~ん、乗ってみるのもいいんじゃないですかね。今まで他人のためにと思ってやってきたわけでもないのですから」
何も言えなくなってしまった。叫びたいのに、叫べる言葉がいっこうに見つからない。
「まぁ、動きたくないのでしたら僕が一人で行けばいい話ですね。失礼しました、、それでは進むとしますかっ」
口をうじうじさせている私を差し置いて、契さんは大きく伸びをした。そのままどんどん、私から離れてゆく。本当は引き止めるかついてゆくかしたいけれど、今の私にはそんな図々しさも無謀さもない。無性に腹が立つ。何をするでもなく、ばつの悪さに駆られて足を少し前にずらしただけ。
「ほぅほぅ、見たところ8階と同じようなつくりですかね? 見るからに怪しいといったわけでは」
カチッ
と、静けさを切り裂くような、小さくて鋭い音がした。
契さんの左足元の床数センチ四方が、少し下に沈み込んでいる。
ざっ、と血の気が引いてゆく。ああ、私があの時引き止めていれば。いや、今引き上げるしかない。体の重心が前へと傾く。
狐につままれたような顔をして、契さんがゆっくり振り返る。
前へ走る私の顔を見て、
笑った。
いたずらな目を細めて、「あ~あ、残念」とでも言いたげに頭を掻く。まるでいたずらがバレた子供のように。
次の瞬間、その笑顔は赤く染まっていた。
フロアの天井に空いたいくつもの小さな穴から、ものすごい速さの銃弾が契さんの頭へ飛び込んだのが見えてしまった。
ターゲットがぐしゃぐしゃになる程撃ち込まれた銃弾。
主を失い、赤い色を受け止めながら傾く体。
その当たった傍から滲みだして、
弾けるように、
花火のように、
こちらに手を伸ばすかのように、ほとばしる真っ赤な何か。
全てがゆっくりと、ゆっくりと、私にのしかかる。
嫌だ。こんなもの見たくない。目を閉じたい。逃げ出したい。のに、なのに。かつて人だった赤色は、ずんずん私に近づいてゆく。私の目は見開かれて、手は誰もいなくなった空中に差し伸べられているまま。
その左手がふと、ばしゃん、という音で赤色に染まった。
触れてしまった。
契さんの、一人の人間の「最後の形」に。
ぞっとするようなぬくみが肌にまとわりつく。
生きていた時のまま、いたずらな温度で垂れてゆく。
契さんと私の、最後の思い出。
そのぬくみすら消えはじめても、私はそこを動けなかった。
抱えきれなくなった赤色が、小指に絡みついて滴り落ちていた。
それはまるで、指切りでもするかのように。
--- 【生存人数 240/300人】 ---
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