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デスゲームの主催者になったが、ルール説明中に全員に帰られた
薄暗い廃倉庫。天井から吊るされた裸電球が、不気味に部屋を照らしている。
中央のパイプ椅子に縛り付けられた、年齢も職業もバラバラの男女十人。
そして、その前に立つのは、禍々しい黒のローブに身を包み、不気味なピエロの仮面を被った男。――僕、神代(かみしろ)ルイ、24歳・フリーター。
ついに、この日が来た。
世の中に絶望した僕が、数年間の準備を経て開催した命がけの裏ゲーム。その名も『デスゲーム』だ。
僕はボイスチェンジャーのスイッチを入れ、低く冷酷な声で語り出した。
「……フハハハ。目を覚ましたようだな、愚かな羊どもよ。ここは出口のない閉鎖空間。今からお前たちには、生き残りをかけた特別なゲームに挑戦してもらう。ルールは簡単、私の提示する条件をクリアできなければ、即座に命を――」
「あの、すみません」
最前列にいた、見るからに冴えないサラリーマン風の男が、ひょいと手を挙げた。
「……なんだ。質問はルール説明の後に受け付ける」
「いや、質問というか、私、今日の19時から『定時退社を絶対守る男たちの集い』っていうオフ会がありまして。今何時ですか?」
時計を見ると、18時40分だった。
「……18時40分だが」
「うわ、やべえ! あと20分しかないじゃん! すみません、抜けます!」
男はそう言うと、背中に回されていたロープを『ふんっ!』と力任せに引きちぎった。実は100円ショップで買った安い麻縄だったので、成人男性の力なら普通に切れる仕様だったのだ。
「ま、待て! 命が惜しくないのか!? ここから出ようとすれば、仕掛けられたトラップが――」
「あ、大丈夫です。お疲れ様でしたー!」
男は脱兎のごとく走り去り、鉄の扉をガラガラと開けて普通に出て行ってしまった。トラップの起動スイッチは僕の手元にあるのだが、あまりの勢いに押し損ねた。
唖然とする僕の前に、今度はギャル風の女子高生がロープをハサミ(自前)でチョキチョキと切りながら言った。
「てかさー、ウチも無理。ここ電波入んなくね? 圏外とかマジ人権ないんだけど。これから推しのインライあるから帰るわ。バイバーイ」
「インライ!? 命よりインライが大事なのか!?」
「当たり前だし。ウチの推し、今週卒業発表するかもだから。じゃねー」
ギャルもまた、軽い足取りで倉庫を出て行った。
残されたのは8人。僕は冷や汗を流しながら、軌道修正を試みる。
「コ、ホン。……二人の脱落者が出たが、ゲームは続行する! お前たちの首に巻かれたチョーカーには、特殊な爆弾が――」
「あのう、主催者さん」
次に手を挙げたのは、おっとりとした雰囲気の主婦だった。
「その爆弾、IH(電磁調理器)に対応してます?」
「は? IH?」
「いえね、今夜は家族でチゲ鍋にする予定なんですけど、19時までにスーパーのタイムセールで白菜を買いに行かないといけないの。もしその爆弾がIHの磁波で誤作動したら困るなと思って」
「作動するわけないだろ! 遠隔スイッチで……いや、そういう問題じゃなくて、お前は人質なんだぞ!?」
「あら、じゃあ関係ないわね。白菜が売り切れると困るので、失礼します。あ、これ、一応お返ししておきますね」
主婦は綺麗に解いたロープをパイプ椅子の上に畳んで置き、ペコリと一礼して出て行った。
「お、おい! みんな、あいつらに流されるな! これはデスゲームだぞ! 負ければ死ぬんだぞ!」
僕の声が、心なしか裏返る。
しかし、一人が帰ると、堰(せき)を切ったように「帰る空気」が部屋全体に蔓延し始めた。
「俺、これから塾の自習室の席取り行かなきゃいけないんで」と男子中学生が帰り、
「あ、私、今日マツエクの予約入れてたの忘れてた」とOLが帰り、
「我がチームのギルド戦が始まる時間だ。すまぬ」とオタクが帰っていった。
気づけば、部屋には僕と、最後の一人になった大学生くらいの金髪の男だけが残されていた。
「……お、お前は、帰らないのか?」
僕が最後の希望をかけて問いかけると、金髪の男は気まずそうに頭を掻いた。
「いや、俺も帰りたいんすけど、バイクの鍵をこの辺に落としちゃったみたいで……。あ、あったわ。じゃ、お疲れっす」
「待ってくれーー!!!」
僕は思わず仮面を脱ぎ捨て、男の足にしがみついた。
「頼むから一人くらいゲームに参加してくれ! この日のために、ホームページ作って、怪しい招待状送って、倉庫のレンタル代も3万円払ったんだ! ルール説明だけでも聞いてくれよ! 頼むよ!」
「いや、そう言われても……。俺、これからバイトのシフト入ってるんで」
金髪の男は、僕の手を優しく、しかし力強く振りほどくと、バイクの鍵をジャラジャラと言わせながら去っていった。
ガッシャーーーン。
重い鉄扉が閉まり、静寂が訪れる。
広い廃倉庫の中。
ポツンと置かれた十脚のパイプ椅子と、バラバラに切られた麻縄の山。
そして、ピエロの仮面を握りしめ、床に膝をつく僕。
「……誰も、いなくなった」
遠くで、夕方19時を告げる地域のチャイム(赤とんぼ)が、悲しく響き渡っていた。
僕の初めてのデスゲームは、世界一平和な「全員定時退社」という形で、静かに幕を閉じたのだった。
(第一話・完結