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失踪 第一章
これは去年、友人にとある喫茶店で聞いた話です。
河道沿いの白い一軒家。そこで、一人の青年とその父親がせっせと段ボール箱に荷物を詰め込んでいた。
その青年の名は、|渡辺颯太《わたなべそうた》。彼は数年前に母親、|由美子《ゆみこ》が失踪したショックから失業し、長らく実家暮らしだったが、ついに再就職先が決まり実家を出ていくことになった。
「お前が元気になって、本当に良かったよ。」
「まだ完全に立ち直ったわけじゃないけどね。」
父、|文雄《ふみお》は、颯太が鬱病になってから彼を全力でサポートしてきた。文雄自身も辛いはずなのに颯太の前で絶対に泣くことはなかった。
「ちょっとトイレ。」
文雄がそう言って立ち去る。颯太は母の物を少し貰っていこうと考え、由美子の部屋へと入っていった。
元々は両親二人の部屋だったのだが、由美子が失踪してから文雄はなぜかその部屋を使うことはなくなった。きっと、妻がいない孤独感を少しでも避けるためだったのだろう。
部屋に入るとそこは塵一つ落ちておらず、まるで、由美子が失踪したあのときから時が止まっているようだった。
(親父、ちゃんと掃除してたんだな)
颯太はそんなことを思いながら、母親が使っていた化粧台の引き出しを開ける。
「やっぱりあった。」
颯太が見つけたのはハート型のロケットだった。その中には家族三人の写真が入っていて、由美子がとても大切にしていたものだった。
颯太はそのロケットを取ると、ポケットに入れた。部屋から出ようとした時、ふと違和感を感じるものがあった。それは《《ドアノブ》》だった。
普通は片方に鍵穴がついているが、このドアには両方のドアノブに鍵穴がついていた。不思議に思った颯太は、トイレから出てきた文雄に聞いてみることにした。
「親父、なんでこのドア両方に鍵穴が付いてるの?」
「あー、それは母さんがつけたんだよ。お前が小さい頃、自分で開けたドアに指を挟んで怪我したからな。」
「俺ってやんちゃだったからなー⋯」
颯太は子供の頃をよく覚えていた。よく危ないことをして両親をヒヤヒヤさせたこと。よく幼馴染と喧嘩して帰ってきたこと。
(改めて思い出すと、いつも母さんは俺を叱ってたなぁ。いっぱい心配かけたなぁ。)
颯太は心の中でそう呟くと、なぜかポロポロと目から水が垂れてきた。
「あれ⋯?どうしちゃったのかな、俺⋯」
明らかに泣いているのに顔は無理やり笑っているようだった。文雄はそんな彼を何も言わず抱きしめた。文雄はそうすることしかできなかった。
・・・
荷物の整理も終わり、後は車に積み込むだけとなった頃、颯太はこの家にお別れをすることにした。リビングからトイレまで全て周った。しかし、一つだけ行きたくても行くことのできない部屋があった。それは由美子の書斎だった。
由美子は本が大好きで、本を古本屋やネットオークションで買って読む趣味があった。しかし、颯太が産まれ、育児に振り回されて趣味どころではなくなり、書斎に立ち入ることはなくなった。由美子の口癖は「本が読みたい」だった。やがて由美子とともに書斎の鍵は消え、書斎は今も入れないままだ。
書斎には高いところに大きめの窓があったため、颯太は物置にあった脚立を使って少し覗いてみた。するとあることに気が付く。部屋が《《綺麗すぎる》》。とても数年間放置されていたとは思えなかった。
(誰かが入った⋯?)
その言葉が頭をよぎったが、この中は完全な密室。誰も入ることができない⋯と思ったその瞬間、窓に体重をかけると内側に窓が開いて、颯太は頭から部屋に落ちた。大きな音を聞きつけ、文雄が窓から覗いてきた。
「おい!大きい音がしたけど大丈夫か?」
「痛っ⋯⋯」
「お前⋯血出てるぞ血!」
頭を手で撫でると、手は赤く染まった。颯太は持っていたハンカチで傷口を押さえた。「今行くから」という文雄の声が聞こえた⋯がしかし外からは開けられない。痛すぎて動くことができない颯太は悶絶しながらも這いつくばって部屋の内側から鍵を開けた。すぐに文雄は部屋に入り、颯太を抱きかかえて段ボールの乗った軽トラに乗せた。そしてできる限り急いで病院に行った。
・・・
「はぁー⋯」
結局、颯太は頭を針で縫う羽目になった。お医者様からは数日後に抜糸すると言われた。どうやらもう少しあの家にいる羽目になるようだ。
「親父、あの部屋しばらく入ってないよね⋯」
文雄は静かにコクリとうなずいた。
「⋯帰ったら書斎を見に行こう。」
「あぁ⋯分かってる。」
いつも明るい文雄は今はただ黙っているだけだった。
家に戻った二人は鍵の開いたあの部屋に足を踏み入れた。颯太の血がカーペットにこびりついていた。「洗濯する」と言って颯太はカーペットを洗濯機の近くに立てかけた。すると文雄が呼んだのですぐに戻った。
「なぁ、母さんの日記を見つけたんだが⋯」
「⋯見つけたんだが?」
「最新の日記の日付が3日前なんだ⋯」
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
誰かのメモ
渡辺颯太
9歳
渡辺家の長男
犬とぶどうが大好き
動物園が旅行の中で一番楽しかったそうです
渡辺ショコラ
10歳
トイプードルで渡辺家の長女
お友達が大好きだけど大きな子は苦手
最近は家で寝てることが増えたかな
渡辺莉緒
莉緒ちゃん、元気?
メモはここで破れている