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日常
晴瀬です。
気付いていないだけでこういうのもきっと日常の中に紛れてるんだろうなって思う話です。
「あまねとあやめちゃんってなんか似てるよね」
|彩蒲《あやめ》を意識し始めたのはクラスメイトのそんな一言だった。
同じクラスだったけれどクラスの中心的な立ち位置にいる私と冴えない転校生の彩蒲とでは接点が全くと言っていいほどなかった。
私と彩蒲が似ているなんて、どこを見たらそんな発言が口からついて出るのかと疑問に思った。いや、ちょっとムッとしたのだ。
どれだけ努力して私が今の立ち位置にいると思っているんだ、と。
何も考えてなさそうなあの子と似てるなんて、そう思われるような言動をしていたのかもしれないなんて、と。
するとその発言をした子は私の微小な表情の変化を捉えたのか慌てたように胸の前で掌を横に揺らした。
「あぁ、違うよ、名前がさ。名前の言い方っていうか、発音?みたいなさ」
なんとも言い訳がましい。
その子は言い終えたあと「だから怒らないで?許して?」とでも言うように窺うような目つきで小さく、小さく微笑を浮かべた。
今でもはっきり覚えている。
その後誰にもわからないように口の中で「あまね、あやめ」と単語を転がして確かめてみたのも覚えている。
--- 確かに似ているかもしれない ---
そう思ったのも事実だった。
これは今から4年前の小学5年生の頃の話だ。
そんな微かな、今までは思い出の1つとしか考えていなかったこんな出来事を今、今に限って思い出した。
それも、今目の前で私を見据えている彩蒲の表情とあのとき私の視界の端に映った彩蒲が重なったからかもしれない。
かれこれ3年もかけて、でも確かに、私と彩蒲は親友と呼べるほどに仲良くなった。
小学5年生、6年生、進学先の中学校3年間ずっと同じクラスだったから。
中学に進んだら知り合いとほとんど同じクラスになれなかったから。
やむを得ず彩蒲と一緒に居るしかなかったから。
言い訳はいくらでもできるけれど、もう彩蒲なしの人生は考えられないほど私の支えになっていた。
受験生。
私より先に入学試験を受ける彩蒲は不安でここのところ放課後に何度も担任の先生に相談しに行っていた。
私が委員会で放課後残って仕事をしていたあの日も、彩蒲は先生と話すと教室に残っていた。
私が仕事を終えて、ふと彩蒲はどうしているかと思った。あわよくば彩蒲と合流して一緒に帰れるんじゃないかとそんな期待を抱いて、私は教室に向かった。
教室のすぐそこの廊下で私は立ち止まった。
晴れの日も、曇の日も、雨が降っても、霧が濃くても、雪が積もっても、笑っていた彩蒲が1人で泣いていたから私は何も言えなかった。
窓の外を見つめて立ったまま1人で泣いていた。
そう、彩蒲が泣いていたのだ。
私は彼女が泣くような生き物ではないと信じては疑わなかった。
だから、とにかく驚いた。
びっくりして、何も言えなくて、足がすくんだように動かなくて、さて私はどうしたらいいのかとやっと脳が動き出した頃に彩蒲がこちらを見た。
視線がもとに戻って一瞬の間が空いてハッとしたようにその瞳は光を取り戻す。
もう一度私をゆっくり見る。
「あまね」
というように口が開いては閉じた。
私は固まったまま、あー、と短く声帯を震わせてから片手を軽くあげて、何事もないように教室に一歩踏み出した。
私のいつもの挨拶に彩蒲も「よ」と短く言って同じように片手をあげた。
その手で頬の涙を拭き取る。
「先生は?」
私が訊く。
なぜか心臓が破裂しそうに素早く動いていた。
「帰ったんじゃないかな。もう、相談とっくに終わってたから」
彩蒲が小さく笑顔を作って私に見せてくる。
それを見てなんとも言えない気持ちが私の中で広がる。
少し、むかつくような微妙な気持ち。
私は息を吐く。
深呼吸しなきゃ過呼吸になってそのまま倒れて彩蒲に会えなくなるような気がした。
「そっか」
辛うじてそう返す。
「|天音《あまね》ちゃんは?」
くそ。思わず心のなかで悪態をついた。
いつものことなのに、ずっと仲良くしてきたくせに私のことをまだ「ちゃん」をつけてよそよそしく呼ぶ。そのことが無性にむかつく。
「え?」
私がそう聞き返す。
こんな思いはどこかへ払ってしまう。
「なんで、ここまで来たの?」
彩蒲の横顔が夕日に照らされていた。
教室がオレンジ色に染まっている。
絶対今じゃないのに、綺麗だと思った。
彩蒲の頬には涙の跡が残っていた。
視線を彩蒲の目に戻して私は少し口角を引き上げる。
「彩蒲と一緒に帰れるかなって」
彩蒲が2度瞬きをする。
視線を逸らしてまた私を見て「じゃあ帰ろうか」と近くの机に置いてあった鞄を手に取る。
私を見ないまま先に教室を出ようとする。
私から彩蒲の背中が遠ざかる。
それを見て、また背が高くなったなと場違いなことを考える。
私は彩蒲の方に足を一歩踏み出す。
彩蒲の手を取る。
手を取る。
手を取る?
なんで?
私はなぜか無意識のうちに彩蒲の腕を後ろから掴んでいた。
「天音ちゃん?」
彩蒲が振り返る。
私を見る。
彩蒲の頬に夕焼けが映る。
「あー」
と私は意味のない発声をする。
身体が火照る。
焦る。
「なんで、」
頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。繋がなきゃ。言葉を。焦る。今までにないほど脳をフル回転させて考える。
彩蒲が私の顔を見ていた。
もう見ないで、こっちを見ないで!と意味のわからない部分で思考を使ってしまう。
「なんで泣いてたの」
やっと、やっと口から出られたのはそんなのだった。
最低。自分で自分を罵る。
彩蒲が自分から言い出さなかったら何も言わないつもりだったのに。
彩蒲の顔を見ていられなくて目を逸らす。
視線を肌で感じた。
「え」
彩蒲の口から溢れる。
「なんでもないよ」
彩蒲が笑う。
また同じ顔。
また同じように私もイライラする。
「なにもなかったら泣かなくない?」
「私には言いたくない?」
続けて言って私は彩蒲を見る。手を離す。
彩蒲が離されたその手をもう片方の手で掴んだ。自分を、何かを守ろうとしているかのように見えた。
「そうじゃないよ」
「じゃあなんで、…」
「恥ずかしいじゃん」
食い気味に発した私の言葉を遮るように彩蒲が笑った。
「天音ちゃんと離れたくないなって思ったの」
「…なにそれ」
「今日は先生に志望校変えられないかお願いしに行ったの」
「え、」
彩蒲が私を見下ろしていたから垂れそうになった黒髪を耳にかける。
「天音ちゃんと同じ学校に行きたかったから」
「なんでそんな、」
私は困惑する。
そんな私の表情を見て、彩蒲は言葉を次ぐ。
「卒業したら天音ちゃんと会えなくなるんだなって思うと、なんかやりきれないなって、思って」
私が口を開く。何も言えない。口を閉じる。
彩蒲が見えない。私が見てきた彩蒲はこんなこと、こんな無茶なことするような子じゃなかった。
「それを先生に言ったら『馬鹿なこと言うな』って、『お前が今の高校からわざわざ偏差値の低い高校に行く意味なんてあるか』って」
彩蒲が掌で両目を覆う。
唇を噛んでそのまま少し静止する。
手が離れた目は少し赤らんでいた。
「悔しかった」
頑張って笑おうとしているのがわかった。
「そんなん、当たり前じゃん」
「せっかく努力して頭良くなって、ようやく行きたかった高校行けるくらいになったのにわざわざ私が行くようなとこに下げる意味ないよ」
「また会えるよ」
私が言う。彩蒲に申し訳なかった。
もう何が申し訳ないのかもわからないくらい、とにかく謝りたくなった。
「ごめんね」
「…なんで?」
案の定不思議そうな顔をされる。
「ううん、ごめん。でもさ、でもやっぱり私は彩蒲には彩蒲の人生を生きてほしいからさ、好きな高校行ってよ。また会おうよ」
「会ってくれるの?」
私の言葉に彩蒲が若干の上目遣いでこちらを見る。
「私も会いたいもん」
「だから、もう私のことで泣かないで」
私が彩蒲の頬に触れる。
私より少し高い背の彩蒲だから、私は思ったより腕を伸ばす。
頬は乾いていた。
頬に置かれた私の手に自分の手を重ねて彩蒲はそのままこちらに体重を預けてくる。ハグ。
少し苦しい。
「ありがとう」
そのままの体勢で彩蒲が言う。
なんの感謝かわからなかったけどその言葉はありがたく受け取ることにした。
「こちらこそ、これからもね」
少し時間が経ったかと気付いた頃に廊下から物音がして怒号が飛んでくる。
「まだ残ってる奴は誰だー!!」
彩蒲が「やばい」と小声で言いながら私から離れる。鞄を取る。私のも一緒に取って渡してくれる。
「走ろ」
私は小さく言って一緒に教室から飛び出す。
「あっ!お前達待て!何年番組の誰だ!!」
後ろからどこかの先生の叫び声が聞こえる。
「あれ、なに先生だろ」
私が走りながら彩蒲に言う。
「さあ」
全力で走りながら彩蒲が言う。
そして笑った。声を出して笑った。
私もそれにつられて笑う。
彩蒲の笑い声を聞いて安心して楽しくて、もうずっとこのまま時が流れればいいのに、ってそう思ったのは絶対、絶対嘘じゃない。
思ったよりふわっと終わってしまった
なんか、機から見ればしょうもないことに自分でも驚くくらい突拍子もないことやっちゃうときってありますよね
この話を最後まで読んで、思ったより理由小さいなって思ったかもしれないけどそれが本当なのかなって思ったり思わなかったり
自分にも天音はいい奴なのかわかりません
彩蒲は多分いい子なのかな
かき始めは1月とかなんで前期選抜云々とか受験云々とか時期的に合わないとこあっても目を瞑ってください