公開中
奇病患者が送る一ヶ月 十一日目
凄く短い。
「さてと…、俺皆を起こしてくるわ。」
六時半頃、
俺がそう言いながら立ち上がると、三人は顔を上げた。
「あぁ、もうそんな時間かい?
なら僕も翠ちゃんを起こしに行こうかな…。」
「お、じゃあ一緒に行こうぜ!」
今日は一人じゃないことにちょっと嬉しくなって、
俺が黶伊の肩を組むと、黶伊は何も言わずに俺の手をどけた。
…やめろよ…。傷つくじゃん…。
「オッケー、いってらっしゃーい。
あ、今日の朝ご飯フレンチトーストが良いなー。」
「了解。あと菱沼、顔洗ってこい。」
「…ッス…。」
相変わらず、菱沼は朝に弱いな…。低血圧か?…薬出してやるか。
---
「皆起きてるかなー。」
「フフ…、どうだろうね…。」
俺達は適当に会話しながら、患者の部屋に向かっていた。
だが、医務室から患者の部屋まではさほど離れておらず、
当然というか、すぐ着いてしまう。
「じゃあ、また。」
「応!」
「さぁてと…、おはよー。起きてるー?」
そう言い、目の前にある扉をノックする。
しかしいつもはあるはずの返事がない。
不思議に思いつつドアノブに手をかけると、
丁度その時ポケットに入っていた端末機器が鳴る。
「もしもし…。」
『あ、すまない。今大丈夫だったか?』
「おー、天童じゃん。大丈夫だけど…、どうしたんだ?」
『今日行けるか、確認がしたくてな…。』
「んー、今の所多分行けると思う。」
『そうか…。なら良かった。朝からすまなかったな。』
「いや、大丈夫。」
『昼にまた連絡する。…それじゃあ切るぞ。』
「応。」
天童は電話越しにそう言い、通話を切った。
仕事の途中…と言えばなんか違うような気もするけど、まぁいい。
それにしても、中々五月の部屋から物音がしない。
声が聞こえて起きると思ってたんだけどな…。
「…おーい…、入るぞー?」
不安の気持ちが抑えられず、それ以上は待たず扉を開ける。
「五月?だいじょう___」
その現状を見た途端、持っていた端末機器を落としてしまった。
俺は無意識に息を呑む。
彼女は天井に縄を括り付けて、その縄の結び目の輪に首を吊っていた。
彼女の体は重力に逆らわずに垂れ下がっているばかり。
急いで彼女の首を締め付ける縄を取り外す。
だが、やはり間に合ってなどいなかった。
魂の入れ物は白く、冷たく、まるで枯れた花のように見える。
でもどこか笑っているようにも見える彼女の表情。
湿っぽい臭いを放っているものの背中と膝裏に腕を回し、
自分に引き寄せて抱き上げる。
冷たい体はピクリとも動かない。
「…気付けなくて…、ごめん……。」
聞こえるはずもないのに、つい俺の口から震える声が出てくる。
四年経っても、人の死には慣れなかった。
「灰山先生ー?私の部屋からでも声が聞こえてましたよぉ…って、
どうしたんですか?」
ふと聞きなれた声が聞こえ、俺は振り返る。
「……綝、誰か呼___」
「え、え?ど、どどど、どうしたんですか⁉
ちょ、誰かー⁉誰かこっち来てくださぁい‼‼」
彼女は俺の言葉を遮り、早々に部屋を出ていってしまった。
…俺も、行こう。少なくとも今は感傷に浸ってる場合ではない。
あまり時間をかけては、体が腐ってしまう。
出来る事なら、故人の体はこれ以上傷つけずにそのまま還したい。
それがきっと、残された俺のやるべき事だろうから。
---
あの後、菱沼達の所に戻ると、医務室は騒然とした。
菱沼は椅子から転げ落ち、シエルは持っていた資料を全部床に落として、
正直言って朝から騒がしいとさえ思う。
ただ、強いて言うなら…、笑えなかった。
いつもは笑えていたかもしれない。
でも今日だけは笑えなかった。
…違う。笑いたくなかった。
俺だけが幸せな想いをしているようで、怖かった。
どうして、ここまで俺は弱くなったのかな…。
すぐに誰かのせいにして、今じゃ責任を恐れている。
過去と今を比べて、今の方がマシだとどこかで決めつけてる。
時間が過ぎ去ること、…変化を恐れている。
本当、俺は最低だ。
ただ呆然と立っていたって、そんなことじゃ意味がないのに。
俺は、五月の体を埋め終え、薪を切って、括り付けて簡単な墓を作る。
素朴な墓はただ静寂と立っている。
「聞いたよ。亡くなってしまったようだね。」
「…黶伊…。……うん。」
「それで、また作っていたのかい?」
「…うん。」
「君も物好きだね…。それにしても、彼女の死は呆気なかったね…。
自害を選んだのは、もう何人目だろうか。」
「十六人目。」
「へぇ…。……彼女とは何か関係でもあったのかい?」
「…いいや、ただの患者と医者だよ。誰であってもそれは同じことだ。」
「じゃあどうして君は泣いているんだい?」
「え、…?」
黶伊の言葉を聞き、慌てて自分の目をこする。
手が濡れてる……。
ようやく自分が泣いていたことに気づき、涙を拭う。
「気づいてなかったのかい?」
「あぁ…、教えてくれてありがとうな。
あのままだったら、菱沼に笑われてたかもしんねぇ。」
俺は彼の顔を見て、笑ってみせる。
「君は、人を大切にしているみたいだね。」
俺が立ち上がると同時に、黶伊がそんなことを独り言のように言った。
彼の顔は、まるで何かを悟っているかのように憂鬱げに見える。
「誰かに嫌な気持ちをしてほしくない、それだけだよ。」
俺はそう言い、立ち去ろうとした。
これ以上、そこにいたら彼女は嫌がるだろうと思って。
「でも__」
ふと声が聞こえ、足を止める。
「___死んだら何も意味がないだろう…?」
誰かに向けた、どこか弱々しい声色。
「…そうだな。胸に刻んでおくよ、その言葉。」
それだけを言い残して、俺はまた足を進めた。
---
五月は感情が無かった。
それは本当にそうだったのだろうか。
どこかで苦しいと思っていたのではないか。
ただそれを表現する言葉が分からなかっただけではないか。
今更どうしようもできないことを永遠と考え、
また患者を救えない自分にため息をつく。
俺はひび割れた端末機器を取り出し、電話をかける。
「…あ、天童か?」
『あぁ…、どうした?昼までまだ時間があるが…。』
「あのさ…、申し訳ないんだけど今日行けなくなって…。」
『…そうか、分かった。』
「本当ごめん…!」
『いや、いいんだ。でも、近いうちに行こう。』
「応、分かった。それじゃ、頑張れよ。」
『…。』
しばらく経つと、無機質な音が耳を通る。
そもそも俺の行動には、全て意味がないかもしれない。
全部無意味なのかもしれない。
ここで投げ出すことも出来た。
これからは自分のしたいことを率先してやることだって出来た。
でも、きっとそれは誰も望んでないと思う。
結局また俺の行動は誰かのためだと思っている。
そうやって責任逃れをいつまでも続けていた。
そもそも俺は、自分のための意志を持つことが苦手だから。
明日は上手くできるだろうか。
████まで、
あと19日。
誤字脱字、クオリティはご割愛。
支離滅裂。
本当はもう少し長くする予定であった。
でも、院長のトーンが暗いと書きづらくてしょうがない。
だからやむを得ず短くした。
自分はとりあえず終わらせることを目的としてるから、
低クオリティなのは本当にごめんね。