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何
これは、何でもない。
でも確かにそこに在る。
「ねぇ、名前をつけてみてよ。」
少年は私を見上げ、不思議な声でそう言った。
「この醜悪で姑息な塊に、なんてつける?」
私は暫く動けなかった。
そんな私を、少年は健気に見つめる。
ここが何処なのか、少年が誰なのか、何も覚えていない。
「もしかして考えてる?真面目だねぇ〜。」
確かに考えてる、でも名前じゃない。
取り敢えず、ここに来る前の最後の記憶を思い出す。
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随分と暑い日だった。ニュースキャスターも疲れていた。
机の上にはかき氷、しかし溶けそうな俺の体はそれを見ていることしかできなかった。
まだ虫の声は聴こえない。風鈴も、まだそこには無い。
軽い地獄のような時間、「あれ」が来た。
突然だった。
ニュースは緊急事態。
かき氷は崩れる。
虫は一瞬だけ騒ぎ、風鈴は姿だけが無い。
地面が揺れる。
久しぶりの体験だった。
大きさは3程度、家はその程度では崩れない。
ニュースによれば波もない。
私の冷や汗は、最後の一滴が床に落ちた。
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(で、確かあの後寝たんだっけ。じゃあこれは明晰夢?)
意識は冷たい空間に戻ってくる。
少年は未だ、俺のネーミングセンスに期待している。
その期待の目に負けたのか、夢だと分かって安心したのか、俺は目の前のそれの名前を考える。
動物の後ろ脚のような奇っ怪な形、欲の失せる青と紫色、確かに醜悪だ。
それでいて、一部には宝石のような眼のような、綺麗で宗教的な小物をくっつけている。
自分に似合わぬ物をつけ、少しでもいい名前をつけてもらおうとしているそれは、ある意味姑息かもしれない。
あと普通に60センチぐらい浮いてる。
なんとか形容はできたが、先から先まで見たことない。
私の脳内辞書にもこんなものは載っていない。
「当然だよ。」
少年が久しぶりに口を開いた。
「これは、僕が作った新たな概念だからね。」
「今度、世界をアップデートしようと思ってね。新しい概念を増やしたり、元々ある概念に名前をつけたり…」
また私は動けない。
そんな私から、少年は優しく目を逸らし、もう一度言う。
「ねぇ、名前をつけてみてよ。」
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今の地震で、急に思い出した。
あの後、気がつくと私は暑い日の下、溶けたかき氷の前に横たわっていた。
結局どんな名前をつけたのかは覚えていなかったはず。
でも、今そこに在るもの。
浮いてはいないがあれと似ている。
現在2034年、世界のアップデートとやらは行われたのだろうか、あの少年は今もあそこに居るのだろうか、きっと行われたのだろう、居るのだろうと思いつつ、店員に聞いてみた。
「すいません、あれなんですか?」