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桜舞う季節に
私は春という季節は嫌いだ。
学校が苦手だった私は、新しい学年に変わってまた人間関係もリセットされるのが苦痛でしか無かったのだ。去年仲が良かったクラスメイトでも、廊下ですれ違っても気まずそうに目を逸らすだけ。もっと仲が良かったら仲は続いていたのかもしれないが、そもそも私は人と話すのに不得手だった。
小さい頃は無邪気に桜の花びらを追いかけ笑っていたのに、今はそもそも桜を眺めることすらしなくなっていた。
家で先生からの連絡を聞き、宿題を終わらせて寝る。そんな怠惰な日々が一生続いて行くことを予想していたそんなある日だった。彼女との出会いは。
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高校2年生になったらしい私は、昨年と変わらず不登校で怠惰な1日を過ごしていた。
「こんにちは」
突然、玄関の方から声がして、リビングでくつろいでいた私は驚いた。
「あのー、先生から宿題と連絡を預かってるんですけど……。あ、同じクラスの市橋なつなです。えっと……中津さん、いらっしゃいますか?」
(これは……出ないといけないみたいだ)
私は玄関を開け、市橋なつなというクラスメイトらしい人物と相見える。
「……こんにちは。中津ですが。」
私が名乗ると、少女は────市橋はぱあっと顔を明るくさせ、私に笑いかけた。
「これから1年間よろしくお願いしますね、中津さん。私、あなたと家が近いので一緒に学校に行けたらいいなって……思うんですけど」
どうですか?と市橋が問いかけてくる。答えは決まっている。
「申し訳ありませんが、断らせてください。私、学校に行きたくないので」
私の宣言に市橋は相当驚いたのか、目を丸めて近所迷惑になりそうな程声を張り上げた。
「えぇ、でもでも、少しだけでいいんです、1時間でいいので学校に来てくださいよ。1週間休んでいるから、みんな心配してるんですよ」
そんなわけがないだろう。みんな、私の事なんてそこまで気にしてないに決まっている。
「すいません、プリントくれませんか。こっちも無理なものは無理ですので」
「あっ……す、すみません……。はい、どうぞ」
確かにプリントを受け取ると、私は玄関をしめようとドアノブに手をかけた。
「じゃあ、市橋さん。わざわざありがとうございます。それでは」
「ちょ、ちょっと待ってください!少しだけ!少しだけでいいので話しませんか!」
正直、断りたい。断りたいが、多分これから1年間付き合う人だ。無下にするのも……。という無駄な遠慮が働いてしまい、私は彼女を応接間へ案内した。
「それでですね!学級委員は……」
「あの……この話、いつまで続くんです?」
「あぁ……。すみません、長かったですよね」
私は無駄としか思えない話を延々と聞かされ、さすがに我慢の限界なので市橋に声をかけた。この子素直だな。
「それですね、私が何を言いたいのかと言うと……」
「私と、少し散歩しません?」
「……はい?」
さっきまで学校の他愛ない話を聞かされていたのに、なぜ散歩になったのだろう。
「ああ、すみません、突然でしたよね。でも、やっぱり、お散歩が1番だと思うんです」
……何の1番?
「いや、嫌ですけど」
私の一言に市橋は目を潤ませ、下を向くとすぐに私の方に上目遣いで視線を向けた。
「だめ……ですか?」
「いや、まあ……いいですけど」
勝手に口が動いた。市橋はやったー!と声を上げている。解せぬ。
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「ここの桜並木、綺麗だと思いません?」
私は市橋と肩を並べ、近くの川のほとりを歩いていた。
「まあ、綺麗ではあるけど……。」
「少し桜散っちゃってますけど、散った花びらも川に浮かんでいて綺麗ですよね。確か……花筏って言うんですよ」
「そうなんだ」
正直、へーとしか浮かんでこない。ただの風景なのに、何が面白いのだろうか。
「中津さんがどうして不登校なのかは知りません。知る気もありません。実は私も、色々重なって中学時代は不登校だったんです。そのころの友人も、こうして私を励ましてくれました」
その子は転校しちゃいましたけど、と市橋はおどけて言った。
「この桜並木は綺麗ですけど、2週間もしたら完全に散ります。3ヶ月もしたら葉が青く生い茂り、セミが鳴いていることでしょう。さらに3ヶ月経てば木の葉が茶色く色づいて落ち葉がこの辺りにあるでしょうし、その3ヶ月後には枝には雪が降り積もり、小学生が雪合戦をした跡がこの地面に積もる雪に残り、そしてさらに3ヶ月後にはまた桜が咲き、暖かい風が吹きます。」
「私は、この四季を美しいと思います。この四季が移り変わる様を歩いて見届けることには、価値があると思います。ですから、学校に行くことに価値を見出さなくてもいいですが、私と一緒にこの桜の景色を見るために散歩してほしいんです。」
そして、と市橋は言葉を続けた。
「この景色を美しいと思えた時には、きっと人間と関係を繋げることにも価値があるように思えるんじゃないでしょうか」
「……」
確かに景色は綺麗かもしれない。けれど、それを見ることに価値を見出すことが私にはできなかった。
(私みたいな人格破綻者が、わかるわけが無い)
「ごめんなさい、市橋さん。私には無理。」
「じゃあ、あなたが来たくなるまで毎日あなたの家を訪ねます。それなら、いいですよね?」
やさしく拒絶したら彼女は引いてくれるだろう、と思ったけれど、そんなことはなかったみたいだ。
「……来てもいいけど、私は行かないよ」
(どうせ、諦めるだろう)
「言いましたね、私はあきらめませんよ」
(きっと諦める。……本当に?)
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彼女は本当に毎日来た。ジャケットが暑く感じる季節まで、ずっと。
(さすがに、そろそろ可哀想だな)
1日だけ。そう、1日だけ一緒に行ってもいいかもしれない。すぐ帰るけれど。
「私、嬉しいです。やっと分かってもらえて」
「別に、そんなんじゃないよ。あなたが不憫だから」
ふふっと市橋は笑い、私の方をにやりと見た。
「優しいですよね、中津さんって」
(優しい、か。きっと優しかったららもっとみんなと仲良くできだだろうに)
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本当は、もっと仲良くしたかったのかもしれない。きっと私は不登校になってみんなに心配されたくて、自分は必要だって言って欲しかったんだ。
(やっぱり性格悪いな、私)
きまぐれに1日出たあの日から、何だかんだ行って毎日学校に行くことができ、クラスメイトから注目を集めていたけれど最近は馴染むようになり、話せる子もできた。
そして、月日は経ち、春休みも目前────つまり、2年生が終わろうとしていた。
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暖かい風が吹き、みずみずしい若木を優しく撫でる。そよ風に飛ばされる髪を押さえつけ、私は前を向いて歩く。
彼女と出会えていなければ、きっとこの世界が美しいものだったことに気づいていなかった。
私は春という季節が嫌いだった。
でもこの暖かさも、美しい木々も、新しい物事が始まる胸の高鳴りも。全てが美しいものだと知れたのは、あの1人の少女のおかげなのだ。
私は春が好きだ。
さあ、玄関から1歩を踏み出して。ひとつ進めば、世界は変わる。それをなつなは────春という季節は、教えてくれたのだ。
「ひとりでなにしてるんです?中津さん」
「桜見てただけー。早く行こ、なつな」
「クラス、どうなると思います?今年も一緒だったらいいですね」
「そうだね。まあ同じクラスじゃなくても、一緒に登校出来るでしょ?」
「もちろんですよ、中津さん」
「そういえば、いいかげん名前で呼んでくれない?」
「なんかもう馴染んじゃったので……。」
なんだそれ、と笑い合いながら学校を目指す。
今日からは新学期。この1年がきっと良いものになるということを、桜が教えてくれている気がしていた。
お読み頂きありがとうございました。