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ep.14 ふるえる音叉
※今回から各視点の最初に「現在地」を追加いたしました。
--- 【現在時刻 10:39:53】 ---
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side 赤星 キラ(せきぼし きら) 現在地 6F
難しい事はあんまり分かんないけど、いまはあんま動いちゃあいけない。それだけは俺にも分かる。
誰かが必死に息を吸う音が聞こえる。涙にすらなれないぐしゃぐしゃの感情が、精一杯自分のぐしゃぐしゃをごまかそうとする音。聞いてるこっちまでぐしゃぐしゃしてくる音。
ここには何十、下手すれば何百人の人間がいるはずなのに、今はその音だけがフロアで生きていた。
もうここまでぐしゃぐしゃすると、ゲームマスターかなんかのぱやぱやした声ですら聞きたくなってくるなぁ。
「うっわ、みんな死んだかと思ったけど違ったんだね!?」
さっきの俺のちょっとした願いを聞き入れるかのように、ゲームマスターの声が響いた。、、、あんなこと思わなけりゃよかった。内容ヒドすぎ。
それにしても、、、なんでこんなぐしゃぐしゃした重い雰囲気になったんだろう?
ふと一番前の方に、左手だけ真っ赤になった女の子が震えているのが見えた。
胸の真ん中に、ズシン、と衝撃が走る。俺の全ての「きがかり」が、あの子に注がれる。
助けてあげなきゃ。
励ましてあげなきゃ。
元気づけてあげなきゃ。
絶対に。
小さい頃から、困った人の元気を取り戻すのが俺の得意技であり生きがいだった。
俺はようやく分かった一つの事すら無視して、何も分からなくなりながら彼女へと足を向ける。
「ねぇ君!大丈夫!?」
振り返るその瞳には、恐怖と驚き、そして悲しみがたっぷりと流れていた。
「う、、、」
そううめく彼女の腕が震える。待ってろよ、今俺がしっかりその震えを止めに行くから。
「っ来ないで!!」
「は!?」
聞いたことのない反応に、思わず強い声が出る。
「、、、来ないで、ください」
それは俺が生まれて初めて味わうもの。
無条件な悲しみを、俺の胸に深く深く刻んでゆく。
拒絶、だった。
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side 遠坂 めい(とおさか めい) 現在地 階段(7F→6F)
いまだに背筋の冷える心地が残っていた。べっとりした何かが背筋に付き纏っている。あぁ、何かが起こってしまうんだろうなぁ、私のせいで。、、、そんな気持ちだった。
なんて支離滅裂な感情なんだろう。でももう離れない。私がさっき思いついた「名案」とやらが、|実《みこと》をとんでもないものに変えてしまった。
実を盾にする。気づかれないように、こっそりと利用する。
火事場の馬鹿力というものなのか、それともどこかで読んだミステリー小説のカラクリだったか、、、そんなの知らないけれど、それはそれは気持ち悪い「名案」だった。そもそもそんな事、わたしの貧相なプライドですら許さいはず。
あんな奴に守ってもらうなんて、馬鹿馬鹿しい。あいつのことだから唐突にやらかして、逆に巻き添えを食らう可能性の方が高いのでは、、、?
「守ってもらうだなんて、そんな大袈裟な、、、。守るために使う。それだけでしょ」
あぁ、確かにそうだな。わたしは実を利用する。それだけ。用が済んだら、いつでも「さよなら」って言っていいんだ。
わたしの昔からの悩みが、一つ解決した気がした。
「ねぇ、実」
「おぅおぅ、何かあったのか?」
わたしから話しかけたからか、実は少し嬉しそうだった。
「やっぱり、、、わたし、怖いや」
実がぱっと目を見開いて、それからほろほろと微笑む。
「そっか。よし、任せとけよ」
「ありがとう。ごめんね」
自分で言っていて、気持ち悪かった。いや、さっき納得したはずでは? でもこの言葉は、とんだ嘘っぱち。わたしはできる限り誠実に生きてきた。わたしはこんな胡散臭い嘘つかない。つかないはず。そう、別人。嘘をついてるのはわたしじゃない。わたしだったらこんな事しない。じゃあ、わたしの中にいるのは誰?
「遠坂、怖くなったらいつでも俺の胸に飛び込んで来いよ?」
、、、は?
かくん、と音を立てて、頭の中に渦巻いていた全ての疑問がしょうもなくなった。いや何だよそのキザキャラ。調子に乗りやがって。後でギャン泣きしても知らんぞ。
ちょっとだけ、気持ちが楽になった。意味もなく救われた気がする。別にそこまで利用しようとは思ってなかったのに。
「はは、何それ」
自然と笑顔が漏れてくる。愛想笑いじゃないのは、、、愛想でも笑ったのはいつぶりだろうか。どちらかと言うとこれも人をからかうような笑顔なのだけれど、それでも久しぶりの笑顔は顔に心に染み入った。
こいつの浅はかな優しさ。浅はかだからこそ、軽率にあやかっていい優しさ。どんなに自分勝手でも首を突っ込んでいい優しさ。
それがきっと、彼が分け隔て無く受け入れられる理由の一つなんだろう。
何というか、ホント、、、
つくづく、憎たらしいなぁ。
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side 失無 香貝(しつむ こうがい) 現在地 7F
下に降りなかったのは間違いだっただろうか、、、? ほぼ何も聞こえてこない。むやみに降りるのは危ないかと思っていたけれど、この場合脱出が最優先なのかもしれないな。
そんな事で進むかどうか迷っていられたなら、だいぶ幸せだろう。
俺は今、大事な人がドアから戻ってこなくなってしまったであろう青年の前で、立ちすくんでしまっているのだった。
さっき「誰かが生きる手助けくらいならできる」とか言っていたんじゃないのか。いざ現状を前にしてみれば、何と情けない事だろうか。改めて自分に沸々と腹が立つ。
いつもならばこんな事にはならない。相手の気持ちも自分の気持ちも最小限にとどめて、なるべく相手の負担が少ないであろう行動をサポートする。それだけ。
でも今は、そんなこと到底できなかった。
自分の気持ちを、相手の気持ちを、最小限にとどめられない。
丁度良く見過ごすことが、できないのだ。
どう目を反らしても、俺の脳裏に焼き付いたものがあの青年の表情に共鳴する。浮かび上がる。飛び出す。埋めつくす。
とうとうその記憶は現実すら覆い隠して、俺を攫っていった。
『、、、俺の、俺の家はどこだよ!? 俺が遊びに行ってる間に何があったっていうんだ!?』
『あ、君が香貝くんだね。無事でよかった。、、、先輩、息子さんの安全確認できました、至急保護します』
『おい、何で俺の名前知ってんだ。誰だよオマエ。俺の家は、家族は、お客さんはどうなってんだよ?』
『あぁ、あたしは警察の者です。それで、君の家の、お店の事なんだけどね、、、ここじゃなくてさ、安全な建物の中で話そう?』
『ふざけんじゃねぇ、父さんと母さんと妹に会わせてくれよ!』
『まずは君の安全が先。さぁ、ここも寒いでしょ? まずあったまらないと』
『おい、はぐらかすんじゃねぇ! どうなってんだよこれ、なぁ!!』
『はいはい、揺らさない、、、はぁ、分かったよ。君の家、厳密に言うと一回の居酒屋さんでね、火事が起きたの。事件性はなかったみたいだけど、だいぶ酷かったんだよ。規模も、状況も、それから被害も』
『ふ、ふざけんな!! どうなってんだよ!』
『だから、今言ったでしょう。あのねぇ、もうお母さんには会えません。お父さんにも、妹ちゃんにも、お客さんにも。小学生でも分かるでしょ』
『なんだよそれ、おい、嘘だろ、、、!!』
『あっ、そっちに行かないで!やめなさい!危ないから!!』
『!!! と、父さん? 母さん、、?』
『う、真っ黒で赤くて生々しい、、、こんなに酷いとは。もうこれで分かったでしょう?』
『嫌だ、こんなの父さんと母さんじゃない!こんなの嫌だ!! う、うあぁぁぁぁっ!!!』
ふっ、と目の前が明るくなる。ここから先はもう思い出せない。
悲痛な泣き声、あまりにも大きな炭のかたまり、瓦礫をかき回して真っ黒になった両手、ガサガサした空気と無線の声、、、すべて鮮明に刻み込まれてある。そのすべてが、俺を忘れるな、俺すらも消し炭にするんじゃない、と悲痛な叫び声をあげている。
目の前で大切なものに「さよなら」と言われる悲しさ。怒り。絶望。
今目の前にうなだれている青年のその気持ちは、手に取るように分かる。
こういう時、どう声をかけてあげればいいのだろう。どうすればいいのだろう。
やっとのことで絞り切った曖昧な「答え」は、意外にもするりと声に出た。
「なぁ、悲しいのか」
「ねぇ、悲しいの?」
違和感のある響き方。確実に俺の声ではない。、、、いや、俺の声だけではない。
もう一つの声の方に頭を向けた。おびえた顔の少女が同じようにこちらを向いている。
「オ、オマエ誰だ、、、?」
「ア、アンタ誰、、、?」
鏡を見ているような、感覚がした。
--- 【生存人数 238/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:56:24 タイムオーバーまであと 13:03:36】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・赤星 キラ(せきぼし きら) 愛郁様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
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