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最終話 涙の結婚 「絶対に幸せにする」
🌙 沈黙のリビング
ご両親からの猶予をもらい、結婚という目標に向かって走り始めた矢先。夜の配信を終えた後、チロルとぴのは、いつものようにソファでリラックスしていた。
チロルは、明日行く予定の指輪ショップのサイトをスマホで開いていた。ぴのは、ブランケットにくるまり、チロルの肩に頭を乗せている。
チロルは、ぴのに画面を見せた。
「ぴの、これ見て。昨日話してた、このシンプルなデザイン、ぴのに似合うと思うんだけど、どうかな?」
ぴのは、画面を一瞥すると、すぐにスマホから顔を逸らした。
「…うん。可愛いんじゃない?」
その声は、いつもの弾むようなトーンとは違い、抑揚がなく、どこか冷たい。
チロルは違和感を覚えた。
「どうしたんだ、ぴの?あまり嬉しそうじゃないぞ。指輪選び、楽しみにしてたんじゃないのか?」
ぴのは、チロルの腕から離れ、ソファの端に座り直した。そして、静かに、しかしチロルの心臓を凍りつかせる一言を放った。
「チロル。お願いがあるの。…ぴのね、YouTube、もうやめたい」
⚡️ チロルの動揺
チロルは、指輪のサイトを見ていたスマホを、思わずソファに落とした。
「え…?ぴの、今、なんて言った?」
チロルは、聞き間違いかと思い、ぴのを凝視した。
「YouTubeをやめたい、って言ったんだよ。もう、動画に出るのも、編集するのも、全部疲れた」
ぴのの瞳は潤んでおらず、覚悟を決めたような、固い意志を秘めていた。
「どういうことだよ、ぴの!僕たち、YouTubeで出会って、一緒に夢を追いかけてきたんじゃないか!結婚してからも、二人で続けていくって、約束しただろう!?」
チロルは、動揺と怒りで声が震えた。ご両親に「安定」を誓い、まさに「指輪」という未来の象徴を探している最中だ。チロルにとって、ぴののYouTube活動は、二人の絆そのものだった。
「その『約束』が、ぴのには重すぎたの。ねぇ、チロル。ぴののお父さんの言ったこと、正しかったんだよ」
ぴのは、深く息を吸い込んだ。
「チロルは、ぴのを動画の世界から離してくれない。プライベートでも、喧嘩しても、私たちの生活の全てが、動画のため、チャンネルのために動いてる。**『最高のパートナー』って、チロルにとって、『最高の動画素材』**と同義なんじゃないの?」
ぴのの言葉は、チロルが一番恐れていた、核心を突くものだった。
🚨 決意の理由
「ぴのの夢は、チロルと幸せな家族になることだよ。でも、ご両親に**『不安定』**だと言われた時、ぴのは思ったの。本当に不安定なのは、仕事じゃなくて、私たちの心なんじゃないかって」
ぴのは、涙を堪えながら、チロルに訴えた。
「このままYouTubeを続けて、チロルのペースについていけなくなったら、また喧嘩になる。またチロルに**『足引っ張るな』**って言われるかもしれない。だから、ぴのは、動画じゃない道を選びたい。普通の奥さんになって、チロルの帰りを待つ生活がしたいの」
「チロルと結婚するためなら、YouTubeをやめる。それが、ぴのが考えた**『安定』**なんだ」
チロルは、ぴのの覚悟の重さに、何も言い返せなかった。目の前のぴのは、彼に**「動画か、自分か」**という、究極の選択を突きつけていた。
🚫 チロルの拒絶
ぴのさんの「YouTubeをやめたい」という決意を聞いたチロルは、激しい動揺と拒絶の念に襲われた。
「ダメだ、ぴの。それは絶対にいけない」
チロルは立ち上がり、強い口調で言った。
「YouTubeは、ただの仕事じゃない。僕たちが二人で作り上げてきた、僕たちの証だろ!君が僕に『最高のパートナー』でいてほしいと願ったように、僕もクリエイターのぴのと一緒にいたいんだ!」
チロルは、ぴのの頬に手を添えた。
「僕たちは、二人でいるから最強なんだ。君が動画の世界から離れたら、僕たちの関係性そのものが、ご両親の言う**『普通の生活』**に飲み込まれてしまうんじゃないか。それは、僕が望む結婚じゃない!」
「ぴのが、動画を続けることが重荷なら、僕がペースを落とす。仕事とプライベートの境界線を徹底する。だから、頼む、やめないでくれ!」
チロルは、ぴのを失う恐怖で必死だった。
🚪 ぴのの家出
しかし、チロルの必死な言葉は、ぴのさんには**「結局、チロルは動画が一番大切なんだ」**という風に響いてしまった。
ぴのさんは、静かにチロルの手から自分の顔を離した。
「チロル、わかった。チロルは、ぴのが**『最高の動画のパートナー』**じゃなくなるのが、怖いんだね」
ぴのさんは、ソファの横に置いていた小さなバッグを手に取った。
「ぴのはもう、チロルの『最高のパートナー』じゃなくていい。ただ、チロルの**『安らげる家族』**になりたいだけだった。でも、チロルには、それが理解できないみたいだね」
「待て、ぴの。どこに行くんだ!」
チロルはぴのの腕を掴もうとしたが、ぴのはそれを振り払った。
「ちょっと、頭を冷やしてくる。チロルと、動画と、これからのことを、一人で考える時間が必要なの」
「ぴの!待て!夜中にどこへ行くんだ!危険だろ!」
チロルが必死に叫ぶ中、ぴのさんは、チロルの呼びかけを無視し、玄関のドアを勢いよく閉めて、家を出ていってしまった。
⏳ 絶望と空白の3日間
その後、チロルは一睡もできずにぴのさんの携帯に電話をかけ続けたが、繋がることはなかった。
新居のリビングは、ぴのさんの不在によって、まるで命の光が消えたように冷え切っていた。チロルが作った**「同棲のルール」**も、ぴのさんのいない今となっては、ただの虚しい紙切れだ。
朝食担当: チロルが作ったフレンチトーストは、誰も食べる人がいない。
仕事の切り替え: ぴのがいないことで、チロルは仕事に集中できず、ワークルームからも出られなかった。
チロルは、過去のドッキリでの**「愛が重い」**という自分の欠点が、最悪の形で現実になってしまったことに絶望した。
「僕が、ぴのを…追い出してしまったのか…」
チロルは、ぴのさんのいないソファに座り込み、涙が止まらなかった。
そして、3日間。ぴのさんからの連絡は一切なく、チロルは食欲も睡眠も失い、完全に崩壊寸前だった。動画の更新も止まり、チャット欄にはファンからの心配の声が溢れ始めた。
チロルの頭の中には、**「ぴのが、ご両親の元に戻ってしまったのではないか」「ぴのはもう、二度と帰ってこないのではないか」**という恐怖だけがあった。
🚪 3日後の帰還
ぴのさんが家を出てから、丸3日目の夜。チロルはリビングのソファに、ぴのさんのブランケットを抱きしめて座り込んでいた。
その時、玄関のドアが、静かに開く音がした。
「…ぴの?」
チロルは信じられない思いで立ち上がった。玄関の明かりに照らされ、見慣れたぴのさんの姿があった。ぴのさんは、あの時の小さなバッグを抱え、少し痩せたように見えるが、瞳にはもう迷いはなかった。
「…チロル」
ぴのさんは、チロルの顔を見て、そのやつれた姿に、すぐにチロルがどれほど自分を心配していたか悟った。
チロルは、一歩も動けずに立ち尽くしていた。恐怖と安堵と喜びが混ざり合い、言葉が出ない。
ぴのさんは、そっとチロルに駆け寄り、チロルを抱きしめた。
「ごめんね、チロル。心配かけて。ただいま」
チロルは、ぴのさんの体温を感じた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、声を出して泣き崩れた。
「ぴの!どこに行ってたんだよ!もう二度と、僕の目の前から消えないでくれ!お願いだから、僕を一人にしないでくれ!」
🤝 ぴのの真意と本当の安定
チロルが落ち着いた後、二人はソファに並んで座った。
「チロル、聞いて。ぴのがYouTubeをやめたいって言ったのは、ドッキリじゃなかった。ご両親の言葉が、ぴのの心を弱くしたのも本当だよ」
ぴのさんは、チロルの手を握りしめた。
「でも、家を出て、一人で考えたの。ぴのの本当の『安定』って何だろうって」
「一人になったら、チロルがいないことで、朝食のフレンチトーストも美味しくない。夜の抱っこもない。静かすぎて、寂しくて、仕事どころじゃなかった。その時わかったの。ぴのの安定は、公務員や、普通のお家じゃなくて、チロルが隣にいることなんだって」
ぴのさんは、チロルを見つめた。
「だから、ぴのは、YouTubeをやめない。チロルと『最強のパートナー』として、不安定なこの世界を、二人で安定させる! チロルが望んだ通り、クリエイターのぴのとして、最後までチロルと一緒にいるよ」
「ありがとう、ぴの…!」チロルは感動で、ぴのさんを再び強く抱きしめた。
💍 永遠の誓いとプロポーズ
チロルは、ぴのさんの言葉に感涙した後、意を決して立ち上がった。そして、3日間触れることのできなかったワークルームに戻り、小さな箱を持って戻ってきた。
「ぴの。これで、全部終わりだ」
チロルは、ぴのさんの前にひざまずいた。
「この3日間、僕は地獄を見た。ぴのがいない世界は、何も価値がないと、心からわかった。僕は、ぴのがいないと、動画も生活も、何もできない」
チロルは、箱を開けた。中には、ぴのが前に選んでいた、シンプルなデザインの指輪が入っていた。
「ぴのを裏切り、傷つけ、不安にさせたバカな僕だけど、これだけは真実だ。ぴのこそが、僕の人生のすべてであり、僕の『安定』そのものだ」
チロルは、涙で声が震えながらも、まっすぐな愛を伝えた。
「ぴの。僕と結婚してください。ご両親に誓った一年間の猶予は、最高の夫婦になるための準備期間にしよう。これからも、最高のパートナーとして、最高の家族として、一生僕の隣にいてください」
ぴのさんは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、何度も頷いた。
「はい!チロル!結婚します! ぴのの安定は、チロルの隣だよ!」
チロルはぴのさんの震える左手の薬指に、指輪をそっとはめた。指輪が、リビングの温かい光を反射し、きらめいた。
抱きしめ合った二人。チロルとぴのは、多くの試練とドッキリを経て、真の愛と永遠の誓いを手に入れた。二人の新しい生活は、今、**「最高のパートナー」から「最強の夫婦」**へと、永遠に続いていくのだった。
― 完 ―
(このエピソードをもって、この物語は完結となります。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。)