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灯-第六章-〜光の種〜
第6章:光の種
陽菜が「みずいろの家」に通うようになって、三週間が経った。
毎週土曜日の創作教室には、最初は数人しか来なかったが、次第に子どもたちが集まるようになっていた。
絵を描く子、粘土をいじる子、おしゃべりだけして帰る子——それぞれが、それぞれのやり方で「表現」と向き合っていた。
その中心に、いつも黙って座っている蓮の姿があった。
■蓮の変化
蓮は多くを語らない少年だった。
教室でもほとんど他の子と話さず、陽菜にも目を合わせようとはしなかった。
けれど、毎回必ず来た。
それだけで、陽菜には充分だった。
ある日、陽菜が絵本を読み聞かせしていたときのこと。
「“この世界には、見えないけれど、誰かの中に生き続ける光がある”……そう、物語は言います。」
その言葉を聞いた瞬間、蓮がふと顔を上げた。
ほんの一瞬だけ、目が合った。
その目の奥に、小さな波が立ったように見えた。
教室が終わったあと、蓮が陽菜の元へと歩み寄ってきた。
「……前に、あの人が言ってた。
“物語を描けば、心の中が整理できる”って。」
「……“あの人”って?」
「……彰人先生。」
陽菜は、胸の奥にあたたかい何かが流れ込んでくるのを感じた。
蓮は、小さく手帳を差し出した。
その中には、彼が描いた物語の断片があった。
登場人物は「ぼく」と「ひかりの人」。
ひかりの人は、暗闇の中でいつも微笑んでいて、でもある日突然、姿を消す。
それでも「ぼく」は、ひかりの人が残した種を拾って、大事に育てようとする。
陽菜はページをそっと閉じた。
「……蓮くん、それ、すごくすてきな物語だよ。」
蓮は少し照れたように俯いたが、小さな声で言った。
「……描きたい続きが、まだある。」
「じゃあ、一緒に描いていこうね。」
■ 彰人の夢の“続き”
その夜、陽菜は再び彰人のノートを読み返していた。
最初はプロジェクトの記録にしか見えなかったそのノート。
でも、ページの隅に、こんな走り書きを見つけた。
「子どもたちが自分の物語を描けるようになる日まで。
俺が灯すんじゃなくて、彼ら自身が火を起こせるように。」
その言葉に、陽菜はハッとした。
——自分が灯すのではない。
——渡すのは、火ではなく「火のつけ方」。
彼の真意は、「与えること」ではなく、「信じて任せること」だったのだ。
陽菜は蓮と子どもたちに、それを伝えていきたいと強く思った。
■ 光が見えるとき
次の創作教室、蓮が描いた続きを見せてくれた。
そこには、成長した「ぼく」が、自分の手で新しい灯をともす場面が描かれていた。
その火は、かつての「ひかりの人」と同じ形をしていた。
だけど、それは確かに「ぼく自身の火」だった。
陽菜は、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。
「……蓮くん、それは、あなたの“物語”だね。」
蓮は、初めてしっかりと陽菜の目を見て、小さくうなずいた。
■ 夜の手紙
その晩、陽菜は久しぶりに彰人宛ての手紙を書いた。
声にはできない想いを、言葉に託して。
彰人へ
あなたの“ひかり”は、今、私の中にあります。
でも、私が持ち続けるものじゃないって、ようやく気づきました。
あなたが信じていた子どもたちも、
あなたが信じてくれた私も、
ちゃんと歩き始めています。
ありがとう。
そして——私、ちゃんと、生きていくよ。