公開中
風化したペリドット
ミーンミーン、ジーンジーン、シュワシュワ…。
色々なセミが飛び回ることなく、涼しい木陰でうるさくないている。
すると突然、耳が誰かにふさがれて、それと同時にさざなみの音が聞こえてきた。
「なんだっ…?」
「しー。リッスンリッスン…。」
ハルにぃがそう言うと、ぼくはだまって音を聞いた。
ゆったりくり返す音は、完全にいっしょでなく、びみょうに違っている。
細やかにただよう旋律は、どんなオーケストラよりも美しく、聴き入ってしまうものだった。
「どうだ?」
「なんか…すごい。」
「だろー?適当に浜辺で拾った貝なんだけどさ、耳に当てるとすごい波の音が聞こえるんだよ。」
ハルにぃはぱっと貝殻をぼくの耳からはがし、冷蔵庫からソーダ瓶を取り出し、一本をぐびぐび飲み始めた。
「ぷはーっ!やっぱこれよー!」
「おっさんみたいだねー。」
「こちとらまだ中学生ですわ!」
「ぼくからしたら十分…ね?」
「トウヤー、それ俺以外のやつにいっちゃダメだぞー。」
「あっ…スミマセン。」
「本当にこの山超えた先にあんのかよ…。」
僕は今、ナツといっしょに何故か山にいる。しかも結構視界が悪くて、差し掛かる光が、まるで宝石の様だった。
どうしてこうも、無理をするのかと思ってしまうが、ナツが言うにはどうやらこの山を超えた先に、村があるらしいのだ。
「オレの記憶が正しけりゃな。」
「そんなんほぼあてになんねーよ!!」
はははと目を瞑らせ、声を出してナツは笑う。
…ここまで来て何もありませんでしたーは勘弁してくれ〜…。
地面のぼーぼーにのびた草とかを踏み分けながら歩いているうちに、だんだんと木々が少なくなっていくような感じがしてきた。
そこには何やら小さな集落があった。
---
「おーすげー。ナツ、お前が言ってたのってここか?」
「いや、ちがうなー…、見たこともないぞ。」
「…まじかぁ。」
古風な家が何十軒か立ち並び、人の気配は感じられないものの、何故か昨日ぐらいまで人がいたような感じがする。
集落の真ん中くらいの場所で川が差し掛かっていて、そのちょうど真ん中くらいにも赤い橋がかかっていた。
「なんだろうな…、ここ。」
「知らないよ、僕イーハトーヴに来たばっかだし、しかもイーハトーヴにずっと住んでる君が知らないって言うんだからさぁ…。」
「うーん…、探検でもしてみるか?」
「するわけないだろ。ほらさっさとここ抜けてお前が言ってた村に…。」
ザッ…、と言う音と共に、どこからともなく小さい子供が目の前に来た。
「「おわーっ!?」」
僕たちが驚いて叫ぶと、子供の方もまた驚いたようで、後ろにどんと尻もちをついた。
「お、おい…大丈夫かよ…?」
僕がそう聞くと、子供はきょとんとした表情を浮かべた。
「ん。」
子供はいきなり僕たちの方に指を刺した。
「ん…なんだよー…、礼儀がなってないな…。」
「おまえ、ナツ?」
「えっ?」
子供は何故かナツの名前を口に出すと、ナツの方をじっと見つめた。
僕はナツの方に振り返って、また子供の方へ振り返ったりしてお互いを見た。
すると子供の方から近づいてきて、ナツの前へやってきた。
「ナツだ。…ナツかな?」
「んー?誰だよお前。オレはナツだけど…。」
「やっぱりナツだ。こえおんなじ。」
子供はそう言うと嬉しそうに笑って、今度は集落の方をくるりと向いた。
すぅっ…と息を一杯に吸ったと思ったら、
「みんなー!ナツきたよー!」
子供は鼓膜でも破りそうな大声で叫んだ。
「うわうるせ…。」
すると集落の方からぞろぞろと人がやってきた。
「おわわわ…、ナツいつのまにこんだけファン増やしたんだよ…。」
「ファンってなんだよ…オレは知らねーぞ?」
集落からやってきたのは大人だったり子供だったり…若い女性とかおじいちゃんとかもやってきた。
「うたげー!うたげだよー!」
子供がばっとそう言うと、集落の人たちがおー!っと盛り上がっていた。
「ナツー、愛されてんなぁ。よかったじゃねぇか。」
僕がそうかまをかけると、ナツはまだ戸惑ったような顔をしていた。
---
僕とナツは集落の人に連れられるがままに、いつのまにか客のような扱いを受けていた。
ナツはまだタジタジしていて、だけど宴会の主役の扱いを受けていた。
「こんな真昼の中ようきたのぅ…。いつか帰ってくると信じてたぞ…。」
「…?オレ、何かしたか?お前らに…。」
まるで英雄のような扱いを受けているナツを横目に、僕は宴会の食べ物に手を伸ばしかけた。
するといきなりバシッと伸ばした手を押さえつけられた。
「これは食べてはなりませんっ…!」
大きな女性が僕に怒ったように言うと、僕は答えた。
「なんでですかー、こんなにも美味しそうなのに…。」
すると女性は答えた。
「…ナツくんのお友達なのは承知しています…。ですが、これは貴方の様な人間が食べてはいけないのです…申し訳ございません。」
無理やり僕を連れ出しておいて差別はないよ…。と思いつつ、僕はその女の人言うことを守って、食べ物をじっと見つめることにした。
僕はまた女の人に話しかけた。
「あのー、ナツって何かしたんですか?本人あんなにたじろいでるけど…。」
「あ、いえ、特には…。」
「へんなの。」
ナツは何かを話していた様だけど、集落の人たちの話し声にかき消されてわからなかった。
だけどだんだんとナツが馴染んでいることはわかった。
いつのまにか食卓の上はすっからかんになっていた。
「あー、もっと食えばよかった。」
僕がすこし不満げに言うと、女の人がまた反応した。
「だから…なりませんって…。」
---
「ナツは…まだ目的を思い出せんか?」
「うーん、もうちょいな気がするんだよ。…ここのことだって、朧げだけどなんとなく思い出してきたんだよ。」
この集落…いや、村の村長さんと、オレはいっしょに話していた。
何やらオレはここの村に昔いたそうで、ここから旅に出たっきり、帰ってこなかったそうだ。
何年、何十年も…。
「でもオレ、まだ10歳だ。ゲシより年下だし、何十年もっておかしくないか?」
「うーん、やはり記憶が…。」
どうやらオレは記憶喪失らしい。
そのほかにも村長さんは沢山話してくれた。
ここの村はみんな夜型で、真ん中の川で釣りをする人が多くて、ここの村は外の人が滅多に来れるものではないと言うことだった。
暗い外にふと目をやると、紫色に輝く灯籠の中で、まりをついて遊ぶ子供を見た。
「じゃー。もし話が本当なら…オレはずっと旅してるオッサンじゃないか。そんなのやだぞ。」
「いえそう言うわけじゃ…ところで、ご友人にはもう会われたのか?」
村長はオレに聞いた。
「いーや。顔もまだ思い出せなくって。…でもさ、会わないとってずっと思ってるんだ。」
そう言うと、村長が悲しそうに言った。
「そうじゃったか。思い出している最中にすまんの…。」
村長がそう言った途端、突然眠気に襲われた。
意識が朦朧としている中で、村長がボソボソ何かを言っていた。
「……う……ては……ならん…」
ミーンミーン、ジーンジーン、シュワシュワ…。
やかましいセミの音が、耳をじわじわ貫く…。
気づいたら森の開けた場所にいた。
「ん…あれ、僕…。」
思い出せない。何か、何かしていたはず…なんだけど。
「おーい。ナツー…。」
起き上がってナツの方を見てみると、なんと言うか、まあ幸せそうな寝顔を浮かべていた。
「…ナツも寝るんだなー…。」
僕はナツが起きてくれると信じて、ゆったりと二度寝をすることにした。