公開中
一気読み
気づけば、駅にいた。何駅なのか。どうしてここにいるのか。今は何時なのか。
周りには、見慣れたメンバーしか並んでいない。
「やあやあ、皆さんこんにちは」
機械的な合成音だった。某翻訳サイトの読み上げ機能のような。
「誰やっ」
「今から皆さんには、とあるゲームをしてもらいます」
「ゲーム?」
四葉の問いに全く答えず、機械音は鳴り響く。
「8番出口」
紫桜と紫音には、ピンと来ていた。確か、小説が出たはずだ。ゲームは家庭の都合でやったことはないが___
「そうです。ここは0番。異変があったら、引き返してもらいます。異変がなければ、進んでください。選択を誤った場合、《《こっち側》》に来てもらいます」
「死ぬってこと?」
「紫桜さん、早とちりがすぎますね。死にませんよ。ワタクシの味方になってもらう。それだけですから。能力の使用はOKですので、頑張ってください。誰をワタクシの味方にするかは、話し合ってください」
それっきり、どこかから聞こえる声はやんだ。
---
「能力…使用OKなんだ」
「あっち側でも使えるってことなら、ヤバくない?」
珍しく、楓が低めのトーンだった。
確かに、危険な能力は幾つかある。
再生力を操る程度の能力は、蘇らせることもできるが、人を殺すことだって可能だ。
超能力を操る程度の能力は、問答無用で人を投げ飛ばすことだってできる。
他にも、悪用すると危険なものもある。
「とりあえず、進もうよ」
「あ…うん」
ポスターは至って正常で、文字化けも何らしていない。おじさんだって普通に通っているし、床も乾いている。
「異変なし、と」
進むと、1番になっていた。
「…これを、8番まで繰り返す。1度間違ったら、最初の0番に戻って、仲間を1人失う」
「誤った時のダメージが大きすぎるわね」
「順調ね」
今は1番、わたし・紫音はどことなく不吉な予感がしていた。三葉さんのその一言さえ、なんだかフラグな感じがする。
「異変…なんか、ありそうじゃない?」と紫桜が言ったのをはじめ、
「わたしもそう思う」「わたしも…」と、わたしと椿はそう言った。
必ずある、じゃなくて、あるかもしれない。見落としが絶対ある、と確信できないのが厄介だった。
「じゃあ、引き返す?」
そう田菜さんが言った。
「うーん、やめといた方がええんちゃう?だって、まだ異変は見つかってないんやし。異変が見つかったら、にしようや」
「み、見つかんなかったら、ただ時間を浪費するだけ…とは思うよ?」
四葉と七葉で、意見が対立する。今、時間はただただ過ぎてゆく。時計の針が動く、カチカチという音が脳内に響くような気もする。
「これ、絶対全員で行かなあかんのか?」
「はい、皆さんで行ってください」
唐突に聞こえた声は、呆気なく終わった。
「…わかった、引き返すか」
そう四葉が折れて、わたしたちは引き返した。
---
『0番』
そう書かれたポスターを睨みつけ、これも異変の一つなのかと無理やり思う。
「誤りです。誰か一人、選んでください」
感情なんて何らない、ただプロンプトを読み上げただけのような声が、わたしたちを絶望させる。
沈黙が流れていた。何を話せばいいのか、誰を犠牲にすればいいのか、全然わからない。わたしにだって、責任はある。
「……わたし、行きましょうか…?」
そう声を上げたのは、椿だった。
「椿はダメ…!!」
声を荒げるのは、わかりきっていた。
「なら我がいくのじゃ」
「いや、お姉ちゃんはダメだよ。お姉ちゃんは強いから。わたしは弱いし、いちばん年が低いから…」
「なら、僕が行こうか?僕だって、能力も弱いし、年も2番目に低いから。それに、僕は一人っ子だから、悲しむ人もいない」
小鳥はそう言って、「それでいいよね」といらない確認をとった。
「僕・あおいろことりを選びます」
小鳥は天井を見上げて言った。灰色のタイルが、ただただ広がっている天井に。
「わかりました。皆さん、目を瞑っていてください。目を瞑らなかった人は、 小鳥 さんとともにワタクシの味方になります」
そんな事言わなくても、目を瞑る。
音は一切なかった。「もういいです」という声が聞こえてから、わたしは目を上げた。
一人、減っている。青色髪で、ニットを着ていて、ズボンを履いている人は、見渡してもどこにもいない。
この中で1番年上なのはわたしで、しっかりしなきゃいけないのもわたしだ。5番の出口を眺めながら、そなんことをぼんやり考えた。
小学生は、6つか7つぐらい年が離れている。大学生と小学生の差は大きい。従姉妹だって割と遠いのに、従姉妹の友達はもっと遠い。ましてや、従姉妹の友達の姉妹も。
「…うわ、拳銃?物騒ですね」
水色の髪の子。紅葉、というんだったかが、黒くて艶がある拳銃を拾った。
「異変、引き返しましょうか」
そう言って、みんな向こうへ行こうとした。
「あ、ちょっと待ってください。それは異変にノーカウントで、それは武器です。あまりにも不公平だと思うので、入れました」
さっと聞こえてさっと消えた声。明らかに小鳥とやらの声ではなく、ただの合成音だった。
「これ、持っててもらえる?」
「あ、うん」
三葉から、拳銃を受け取る。玉が込められているのか、ずっしりして恐ろしい。1回しか撃てないのか複数回撃てるのか。そんな考えが頭をよぎる。
「うわああああっ!!!」
もうわたしには出せない、高い悲鳴。
「どうしっ_____」
ナイフを持った殺人犯、だろうか。異変だろうか。そんなことはどうでもいい。ただ、最年長として守らなきゃ、そんなことしか、頭の中には思い浮かばない。浮かべない。
気づけば、拳銃を手にしていた。アニメかテレビかで見た、見様見真似の引き金を引く動作をした。玉が放たれた。反動で倒れる。視界がパッと落ちる。悲鳴が聞こえる。殺人犯はボスっと倒れる。あれ、ただのぬいぐるみだったんだ。よく出来てたな。あ、痛くない。これが小鳥の異変か。わたし、狂っちゃったのか。そんなことを考えられたら、まだ冷静な方なのか。これ、法律違反してないか。正当防衛として認められるだろうか。このゲーム自体、違法なものなのかもしれない___
「七葉っ!」
久しぶりに、七葉と三葉に呼ばれた。そんな気がした。
---
「…これで、大丈夫かな」
自分の能力を信じる他なく、ただただ七葉さんの命はわたしに託されている。再生力を操る程度で、果たして蘇ることはできるのか。トラウマは治すことができない。ただ、肉体的な怪我を治すだけ。わたしの能力は、そんなものなんだ。
「多分、だけど…」
「大丈夫やよ」
四葉の幸運も相まって、きっと可能性はあるはず。そう信じたい。信じるしかない。
「…あっ」
か細い七葉さんの声だった。青ざめていて、怯えていた。
「…銃は」
「なくなった。なんでかは知らない」
「……行こう、戻ろう」
そう言って、七葉さんは立ち上がった。
進むと、もう5番だった。後半戦、油断してはならない。そう感じたわたし・紅葉は、角を曲がると異様なことに気づいた。
廊下が、倍、長い。異変だ。進んでいくと、ぺたっと体が当たる。どうやら、鏡になっているようだった。
「…は…?」
紫桜、紫音、四葉、田菜さん、三葉さん、七葉さん、楓、野薔薇、椿の顔が並ぶ。全部、狂気を感じた。
「お前ならっ…」
「えっ…?」
田菜さんの顔つきが変わったのは、鏡越しにわかった。
`「お前なら、わかるんだろ!!超能力でここを壊してしまえ!このゲームのすべてを知りたい!知りたい!知りたいんだっ!!!」`
「ぎゃっ!?」
田菜さんの目は血走っていて、わたしは反射的に田菜さんを超能力で投げ飛ばしていた。田菜さんはバッと倒れてしまった。
「紅葉っ!!」
「ごっ…め」
四葉がずかずかと来て、わたしの胸ぐらを掴んだ。実の姉を投げ飛ばされたのなら、そりゃ怒るはずだった。
`「許さない、幾ら紅葉でも絶対許さない!!!」`
---
その横で、七葉はひどい顔をしていた。鏡に映る七葉は、拳銃を構えていた。
『…わたしのせいで、みんなボロボロになったんだっ…』
そう鏡は言い、七葉は力なくうなだれた。
わたしはすこし唱えた。
「希望『希望の三葉』」
これで、希望が与えられるはずだ。七葉に、みんなに、わたしに____
「んなので救われるなら、今頃こんなになってませんよっ…!」
そう椿が言った。メガネの奥の目から、表情は何ら読み取れない。
---
だんだんと鏡が曇り、モノクロの世界になっていく。それを、ただ眺めることしか出来ないことに、無力さ以外なんにも感じない。
「…はぁ、ほんっとうに使えないよね、あたしも」
楓が言った。
「みんな制御できてない。みぃんなみぃんな。だって、能力だって使えてない。小鳥の犠牲はどうなったの?死ぬ気なの、みんなっ」
「そんなこと___」
ある、かもしれなかった。
「もうみんな、なくそうよ、やる気。変なやる気で、殺し合いでもするつもり?」
そう言って、楓は何やらつぶやいた。その後、体中から力が抜けていく。モノクロの世界を、視界が拒んでいく。
---
田菜も、紅葉も、四葉も、七葉も、三葉も、椿も、楓も、野薔薇も、みんな狂ってしまった。唯一狂っていないのは、わたし・紫音と紫桜ぐらいだろうか。
いや、わたしも狂ってしまった。頭の中に聞こえる雑音が、一切排除できない。
「紫桜__」
そう呼ぶと、紫桜は何か決めたような目をしていた。
「待って紫桜っ__」
「メンタルを治す。体も、心も」
「何言ってるの」
彼女の能力は、肉体的な傷を癒やすだけだ。メンタルなんて、治せない。《《普通》》なら。
「わたしを犠牲にして、みんなを治す。それぐらいしかできない」
そう言って、何かを叫んで、紫桜は消えた。何を叫んだんだろう。何を考えたんだろう。ただ、だんだんと傷は癒えていった気がした。
6番は何事もなく、精神的にもさほどダメージはなかった。でも、次第にダメージは募っていく。
「紫音、さん…」
そう椿に呼び止められ、パッと振り向く。
「なんとも思っていないんですか?紫桜さんのこと…」
「…紫桜、」
貴方が1番知っているはずです、紫桜さんを。
きっと、椿はそう続けたかったんだろう。紫桜の鏡越しの姿が、鮮明に脳裏に思い浮かぶ。毛先はすこし黒ずんでいた。
「…ほら、早く7番に進もう、小鳥と紫桜を助け出そうっ?」
そう楓が、無理して明るく振る舞う。その見え透いた演技はバレバレで、みんなは濁った感情を抱いていた。淀んだ水が流れる川に綺麗な水を流したところで、淀んだ水は消えない。ただ薄まるだけだ。
曲がり角を曲がったところで、切望の『8』が見えた。異変だと疑いたくなるぐらい、信じられない。
「8、ようやく…」
誰かが呟いたが、誰かかはどうでもよかった。
切望の数字の後見えたのは、一人の少女だった。黒い髪をヘアピンで留めていて、ひとつ結びに束ねている。服はよくあるシンプルな服で、顔はそんなに綺麗とも可愛いとも言えない。
脳の中にある記憶の鎖が、カチャカチャとほどかれる感じがした。その顔には、見覚えがあった。
「《《わーし》》のこと、わかる?わかるよな、《《紫音》》?」
---
僕・小鳥は、四角い箱の中で目覚めた。すこしゆとりがあるぐらいで、モノは1つしかない。手をつねってみて、その後、痛みを消すように唱えてみる。痛みは消えない。能力は吸い取られたようだった。
黒いモニターテレビがあって、そこに隠しカメラかなんかで、みんなの様子が伺えた。時には仲間割れして、時には銃撃音が鳴り響く。
なんとか8番まで来た彼女らを、僕はほっとした目で見つめた。でも、何かがおかしかった。
紫桜。
なんで、こっち側に来ない?なんで、僕は1人なんだ?
「紫音?」
誰かが、わたしの名を呼ぶ。
わたしが知っている中で、「わーし」のような特徴的な呼び方をする人は、1人しか知らない。
「紫音が1番わかってるはずやで?」
四葉と絶妙に違う、関西弁じゃない訛りの喋り方。間違いなく、《《あいつ》》だ。わたししか知らない。
「…あんた、*****?」
「御名答。やけどその言葉はあかんな。わーしの本名がバレてしまうわ、伏せさせてもらうわ」
*****。
|ここ《短編カフェ》じゃない、あいつの本当の名前だ。
「…そっか、わかった。このゲームは、あんたがやりたいと思っていたこと。だって、あんたはゲーム禁止の家庭に生まれたから。あんたはデスゲームも好きだったね。わたしたちは、あんたの好みに合わせて踊らされていただけだったんだ。すべて|台本《シナリオ》通り、だってこれはあんたが書いた物語でしょ?わたしがこのことを見抜くのも、すべて」
「ふふふ、ご丁寧に説明していただいて、ありがとうね。さ、あんたはどうやって脱出する?わーしを殺すでもしたら、この物語も、いや、あんたたちの人生が終了するよ」
「…どうしたらいい?」
いや、愚問か。どうしたらいい、なんて。
「ここで好きなようにわたしたちの小説を書いて、日記を書いて、読む。それがここでの本望でしょ?」
「さすが、わーしの代理やな」
「こんな綺麗事、あんたが言うとは思わなかったけどね」
そう*****が言うと、いつの間にか消えた。
引き返す。ようやく出られる。いつもの世界に、戻る。
---
広がっていたのは、日常だった。薄暗くて、灰色のタイルばりじゃないところだった。
「…やっぱり、ゲームだけに尽きるな」
そう呟く。あいつがいるから、わたしは今、生きている。
そう思いながら、タイル貼りの画面を進む。
四葉と、紅葉と、野薔薇と、小鳥と、田菜と、三葉と、七葉と、楓と、椿と。
紫桜の画面の向こうで。