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騎士の試験
三日後、モルズは王都へ降り立っていた。
「王都へ来たのは久しぶりだな」
久しぶりというか、三年前に一度来たことがあるだけなのだが。
「さて、仕事仕事……と」
当たり前だが、傭兵に仕事を斡旋してくれる便利な組織などない。ならばどうやって仕事を探しているかという話だが、それは現地民に混じってうまくやることでどうにかしてきた。それで十年持っているのだ。モルズはその道のプロである。
なので、今回もそうやって仕事を探そうとしたのだが。――どうやら、探す必要はなさそうだった。
騎士団らしい連中が、腕の立つ傭兵を募集している。報酬は一日で金貨四枚。一日の食費が銀貨二枚程度なことを考えれば、破格の報酬だ。
当然、それに群がる傭兵も多い。今、ある傭兵が騎士にやられていた。恐らく本当に腕が立つかを確認しているのだろう。それで騎士団のお眼鏡にかなえば良し、手も足も出ずに一蹴されるのもその程度だったということで。
モルズはちらりと横目でその様子を確認し、ぽつりと一言。
「いけそうだな」
手を挙げ、声を張り上げる。
「その依頼、俺も参加して良いか?」
「良いが、本当に腕が立つかテストを受けてもらうぞ。……口だけなら、何とでも言えるからな」
まるで傭兵が嘘をつくことが前提のように言っているが、はてさて。報酬のために自分の力を見誤る輩がいるのか。
「ああ、問題ない」
「なら、あっちへ行け。そこの強面のおっさんが相手してくれる」
騎士が指で示した方向を見れば、確かに中年の男性が仁王立ちしていた。
それにしても、仮にも国や貴族に仕える立場である騎士だというのに、少々言葉遣いが荒すぎやしないだろうか。
少々の疑問を覚えながらも、モルズは誘導に従って試験を受けに行く。
「武器を構えろ。行くぞ」
相手の得物は大剣か。確かにこの大きな体や筋肉から繰り出される一撃は、どれも必殺級の威力を誇るだろう。
対して、モルズの得物は短剣。リーチが短いのが難点だが、小回りの利く武器だ。大剣に対しての相性は良いと言えるだろう。
モルズは一気に相手の懐に入ろうと疾駆する。大剣使いも懐に入られると厄介だと自覚しているのか、モルズを懐に入らせまいと大剣を使って進路を妨害していく。
モルズが一歩踏み出せば、二歩先に大剣。
モルズが横に避ければ、目の前に大剣。
モルズが上に跳べば、前方から大剣。
そのことごとくを避け、モルズは大剣使いに迫る。
前方から大剣。しゃがんで躱す。風圧が髪を揺らした。
上からの振り下ろし。左右に跳んで避ければ問題ない――とモルズは考え、しかし直前に意見を改めた。
周りにはたくさんの人。無論多くの人間が、騎士団の人間か傭兵に属する者なので気を遣ってやる道理はないのだが。
それでも、無関係の人が大剣に薙ぎ払われていく様子を何も思わずに眺めていられるというわけではない。
ここでモルズが取った選択は――短剣での迎撃。
悪手だ。大剣に対して短剣。その差は歴然で、速度と重量のある大剣が短剣をはじき飛ばすのは決まり切っていたことだった。
武器がなくなった。誰もがそう思う中、ただ一人、モルズだけが口の端を少しだけ吊り上げて笑っている。
「これで武器はなくなった。まだ続けるか?」
大剣使いの男が確認する。武器がなくなったのならもう戦闘の続行は不可能だと判断したのだろう。
「ああ、続ける」
右腕を前に、左腕を後ろに。
左足は右足より一歩分前へ。
重心を下げ、重たい一撃を繰り出せるように。
モルズは拳を構えた。
「徒手空拳か。良いだろう」
モルズは無手。対して相手の武器は大剣。
リーチの差が更に開く形となったが、モルズに気負う様子はない。それどころか、先ほどまでよりもリラックスし、顔には笑みさえも浮かんでいる。
モルズが動き出すのと大剣が動き始めるのは同時だった。
大剣の刃がモルズのいた場所を叩き潰す寸前に、モルズはそこより数歩先の地点へ。当然モルズの体がミンチになることはなく、それどころか相手は自分の攻撃で自分の視界を潰す羽目になっている。
武器を失ってもなお戦闘を続行するモルズが珍しいのか、辺りには野次馬が集まり出している。
「なんだなんだ?」
「あいつ武器落としたよな?」
「クソッ、土煙で見えねぇ!」
ざり、と土を踏んでモルズが動く。
その視線の先には――短剣が。
幸い野次馬の声で多少の音はかき消されて届かない。
地面に落ちた短剣まで、あと数歩。
「なあ、確かあっちに短剣落ちてなかったっけ?」
とある野次馬の一言。
未だ土煙は晴れず、辺りの様子は窺えない。
それでも、大剣使いの男は短剣の落ちた場所は覚えていたようで――
「――――っ!」
モルズは咄嗟に体を伏せた。
頭上を通り抜けたのは大剣の刃。
ひゅん、と音を立てて大剣が戻ってくる。
土煙が晴れるまで、この場所が徹底的に攻撃されることは明白。
ここにいるのは危険だ。
更に、こうして短剣の存在を思い出させてしまった以上、もう取りに戻ることはできないだろう。
もうすぐ土煙が晴れる。早くここを離れなければ、土煙が晴れた瞬間にやられてしまう。
全力で左に跳び、大剣の攻撃範囲から逃れる。
土煙が晴れた。
「そこかぁ!」
一瞬で捕捉され、大剣が飛んでくる。
しかしモルズは意に介さず、全力で前に踏み込んだ。――正確には大剣を操る男の方に。
最短最速。踏み込んだ勢いを利用し、男の顎をかち上げる。
「俺の勝ちだ」
「…………っ、がぁ……」
男は苦悶の声を上げ、白目を剥き、地面に倒れ込んだ。
「勝った」
「……すげぇ」
「勝ちやがった!」
「おぉぉおお!!」
野次馬が盛り上がる中、モルズは、
「勝ったぞ」
大剣使いと戦う理由となった相手に勝ちを報告しに行った。
「え!? あちゃあ、気絶してる……分かった。そろそろ募集を締め切るから、少しばかりここで待っていてくれ」
「分かった」
指示通りに、腕を組み時間が過ぎるのを待つ。