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2-2 合鍵
「ん?紗絢、なんか言った?」
「…ううん。何でもない」
「ふーんそ、じゃ行こ」
夜ももう遅いしさ、と歩いていく桔梗の後ろでそっと振り返るも、彼がこちらを向くことはなかった。
1週間ほど経った、桔梗とシフトが被ったある日。
紗絢は桔梗にあるお願いをするつもりでいた。
「桔梗、今日これから時間、ある?」
私から粗相事に珍しさを感じたのか、少し不思議に思っているのが顔に出ている。
「良いけど…急にどうしたの?」
「…うん、まあちょっとね」
その言葉で桔梗はどうやらただ事ではないと察したらしい。
「あんま人いない場所のほうが良いんだったら、うち来る?」
「…良い?」
「はい、牛丼。召し上がれ」
家に着いた途端、ちょっと待ってて、と二十分程で作ってくれた。
「ありがとう。態々ご飯まで。今度なんか奢る」
「いいよ。私が作りたくて作っただけだし。彼氏は美味しいよ、しか言わないんだもん。紗絢だったら完璧な食リポ聞けるかなぁって」
「…はいはい。美味しい美味しい」
「えぇ、何それ。可愛くなぁいの」
「可愛くなくて結構」
話しやすいように、と考えてくれているのかわからないが、場を和ましてくれることをありがたく思う。
「…その、長いし暗い話だけど、聞いてくれる?」
「うん、聞くよ。何でも、どんとこい」
いつか隼人が言ってくれたその言葉に、胸が少し軽くなる。
「実は、親ともう十年は会ってないんだよね」
そこから全てを話した。
ベランダに閉め出されたとき、横の部屋で幼馴染の隼人が助けてくれたこと。
そこから何回も助けてくれて、母親に刺されそうになった時も、隼人が呼んでくれた警察に助けられ、児童養護施設に保護されたこと。
施設もある程度慣れて、外出許可が下りたとき、隼人はもう、どこかへ行ってしまっていたこと。
涙は出なかった。きっと、とっくに慣れて、涙が枯れたんだろう。
「だから、桔梗の家族の話、ちょっと羨ましかったりする」
顔を上げると、桔梗は泣いていた。
「え、なんで?」
「だってぇ、そんな話聞かされたらぁ、泣くしかないじゃん!今まで家族の話の時無理させてたかなとか考えたら申し訳なくなっちゃうし…。…ヤバい。人生で一番泣いてるかも」
ボロボロと溢れる涙にそっと手を伸ばし拭う。普段ならそんなことするはず無いが、なぜだろう。自分のことでここまで感情を動かしてくれることに喜びを感じているのだろうか。
「ちゃんと話したいのここからなんだけど、大丈夫、二日に分ける?」
「これ以上悲しい話はキャパオーバー…でも二日に分けるのもしんどい…?」
と桔梗は頭を抱えた。
「いや、多分ここから悲しくはない。最近の話だし」
そう言うと、少し安心したのか、じゃあ聞く、と再び真剣な表情に。
「この前家来させてもらったの覚えてる?カレー食べた時の」
「うん、憶えてるよ。隣だか、隣の隣だかの人とすれ違った…」
そこまで憶えているなら話が早い。
「そのすれ違った人、隼人かもなの」
「…へ?」
桔梗から発された言葉はそれだけだった。発した、というよりも、漏れたというのが正しいような弱い声。
「絶対、とは言い切れないけど、多分そう」
「…マジ?」
「大マジ。だから、ここからはお願い。また、あのぐらいの時間に家来てもいい?」
流石にピンポンはハードルが高い…と伝えると、
「良いよ良いよ、十年振りに再会できるお手伝いとか、感動的すぎるし!あ、合鍵要る?いつでも来ていいから渡すよ」
ちょっと待ってて、と立ち上がり部屋の奥の方へと行き、何やらゴソゴソする。
いつでも来ていいよ。その言葉で隼人のことを思い出し、これから会えるかも、と胸が高鳴る。
「良いの?鍵とか申し訳ない。彼氏も来るでしょ?」
そう鍵を返そうとする。
「あぁ、それは大丈夫。私の部屋基本来ないし。友達も外で遊ぶことが多いから。マジでいつでも来てくれて大丈夫」
と鍵を握らせてくれる。
「…ありがとう」