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2-1 ギュウドン
「おはよう」
窓から入ってきた日光で俺が自然に目を覚ますのと、ルーカスが俺に声を掛けたのはほぼ同時だった。
ベッドから体を起こし、ルーカスを見る。
「おはよう」
「よく眠れたかい?」
「ああ」
寝起きで思考がまだ鈍いが、体は軽い。眠気もすっきり取れた。
「それは良かった。お腹も減っていることだろうし、食堂に案内しよう」
「頼む」
俺は、ルーカスの後について食堂へ向かう。
金髪の男が前から歩いてきて、ルーカスに向かって手を挙げた。心なしか顔が似ている気がする。
「お! ルーカスじゃねぇか。それと……そっちは?」
「先日保護した人間だ」
ルーカスの言葉に合わせ、にこりと微笑みかける。
「そうか! 俺はフィンレーってんだ。よろしくな」
「ノルだ。こちらこそよろしく」
お互いに手を差し出し、がっちりと握手をした。
「僕の方からも、改めてよろしく」
ルーカスも手を差し出し、俺と握手した。
「おっと、時間がやべぇ」
フィンレーが時計を見て言った。
「じゃあな」
軽く手を挙げ立ち去っていったフィンレーの背中に、俺も手を振っておく。
「じゃあな」
「またね」
ルーカスも手こそ振らなかったが、代わりにフィンレーの背中に言葉を投げた。
フィンレーの姿が見えなくなると、ルーカスが俺を見て言った。
「食堂はこちらだ」
ルーカスが指差す方を見る。そこには、百人が同時に座れそうな机と椅子が置いてあった。
食堂の入り口に立って、ルーカスが看板の文字を確認している。俺がそれを後ろからのぞき込むと、ルーカスは横に避けて見せてくれた。
「本日のおすすめメニュー?」
書いてある内容をそのまま口に出す。文字の読み書きは地獄で学んだ。
おすすめのメニューが毎日替わるのか。
「そうだよ。今日は牛丼だね」
「ギュウドン?」
ルーカスの言葉をそのまま口に出す。地獄では料理と呼べないようなものを食べてきた俺にとって、全ての料理は全く未知のものだ。
「うん。米と呼ばれる穀物を炊いて、上に甘辛く味付けした牛肉を載せる料理――って、実際に食べてみた方が分かりやすいね」
理解できない俺を見て、ルーカスが苦笑した。
「そうだな。俺はその『ギュウドン』ってやつにする」
「僕もそうしようかな」
幸い、食堂は空いていた。ルーカスが料理人の方へ行き、一言二言話して、代金を置き、二つの牛丼をお盆に載せて戻ってくる。
具を揺らさないよう細心の注意を払って、牛丼を俺の前に置いた。
「いただきます」
俺の糧となる牛肉に向かって言い、軽く手を合わせた。
「それは……」
ルーカスが目を丸くする。
「俺を支えてくれる命に感謝しなきゃな」
「そうだね」
ルーカスも手を合わせ、「いただきます」と言った。
俺はスプーンを取り、まずは米をすくう。白い艶のある米が、天井の照明からの光を反射していた。
一口、口に含む。ゆっくり噛んでいくと、今まで味わったことのない独特の甘みが口の中全体に広がった。
美味しい。
続けて、牛肉と米を一緒にすくう。食欲をそそるタレの香りを堪能しつつ、口の中に入れた。
瞬間、口の中に広がる美味しさ。米の優しい甘み。甘辛いタレ。脂が乗った牛肉。
全てが調和し、一つとなって、俺の舌を蹂躙する。
何だこれは。こんなに美味しい料理、初めて食べたぞ。
地獄では、生臭い肉やよく分からない草を食べていた。それと比べると雲泥の差、いや比べるのが失礼なほどだ。
俺は二口目をスプーン山盛りにすくい、一口目の倍の速さで食べて、あっという間に皿を空にした。
いつの間にか食べ終わっていたルーカスが、俺を笑顔で見ている。
「気に入ってもらえたようで良かった」
ルーカスが真剣な目つきになり、居住まいを正す。俺も背筋を伸ばし、ルーカスの話を聞く姿勢になった。
「ノルの今後についての話だ」
俺の今後。そうだ、この組織は本来魔法使いと敵対しているはず。そんな中、魔法が使える俺が、有無を言わさずスカウトされた。
ルーカスは、俺を使って何をするつもりなのだろうか。
「昨日言った通り、君には魔法使いや魔獣との戦いを手伝ってもらいたい。ああ、別に直接戦ってほしいってわけじゃない。援護とか、大気魔力を減らすとか……ノルにしかできないことは山ほどある」
ルーカスに協力するしかない。俺はルーカスたちに協力することを条件に生かされたのだから。
ルーカスに協力すれば、魔法使いに出会う機会も増えるだろう。
「だから――」
返事がない俺に、ルーカスが更に言葉を重ねる。
「良いぜ」
それを、遮った。
「ありがとう」
ルーカスが口元を緩めて言った。
「早速だが、今朝起こった戦闘の魔力処理を頼む」
「分かった」
ルーカスが立ち上がり、俺の分の皿をお盆に載せる。
そのまま皿を返しに行こうとしたのを、俺は止めた。
「持ってきてくれたんだし、俺が返してくるよ」
「そうかい? じゃあ、お願いするよ」
立ち上がり、椅子を納めて、お盆を持った。
返却台まで行き、お盆と皿を分けて返す。
「うまかったよ」
キッチンの中にいる、料理人に向かって言った。料理をする時の音で聞こえていないかもしれないが。
「さあ、行こうか」
そう言うルーカスについていき、建物の外へ出た。
「掴まって」
ルーカスの手を取り、転移に置いていかれないようにする。
光が俺の視界を真っ白に染め上げた。