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一、家出
三年前、自作小説の外伝というか過去編として作った話です。本編は収集ついてないので、一区切りついたコレだけ載せてます。本編ありきの外伝なので、よくわかんねーよってところがあるかもです〜
舞台は室町後期、架空の国・統和国です。日本の旧国があった時代の話。
のちの細谷小町‥‥‥細谷壱、十六歳。代々刀職人である、細谷家の一人娘。
父は今日もまた、鉄を打っている。音が響く。十六年間聞いてきた、慣れた音だ。
壱は部屋の壁にもたれかかるように座る。目の前には、輝く刀の山。
父の作る刀は傑作だ。美しく反った曲線、その先にはつんと尖る鋒。それが、刀に沿った形の鞘の中に収められる。これが世に出れば、いい値段がつくであろう。
だが然し、刀の山は減る様子を見せない。増える一方。
売れないのである。父の作る傑作の刀は、売れない。
「壱や」
不意に、横から声をかけられる。
母だ。母は、父の師匠の娘だ。彼女は厳しい家計の為、街に働きに出ている。だが話によれば、どれも上手くいかず職を転々としているらしいのだが。
「おかっさん」
「壱、何をしとるの。暇があるなら街に出て働けばどうや」
「つまらんものはしたくない」
「そうか? おとっさんの作業見とる方が退屈やと私は思うてる。あの人の作業は私の父よりも凄いもんでな、どんだけ集中してんか話しかけても何も応じん」
母は嗤った。
壱は父の姿を見遣る。作業部屋の戸は乱暴に閉めて跳ね返ったのか、何故か中途半端なところで止まっている。
「街に出て働くといっても何をするわけ」
「さあな‥‥‥」
「さあな、って何」
「何、じゃない。考えとる」
そう言いながら母は壱の横に腰を下ろした。背を壁につける。
暫くして、母はやっと口を開く。
「のう壱。やりたい事はあるか」
「何を、急に」
「言葉の通りや」
やりたい事?
「ない」
「即答か」
「じゃあ何」
「私みたいに刀職人の娘に産まれ刀職人に嫁ぐ人生は嫌じゃろう。一生刀職人から離れられん。然しお前には未だこの人生から逃れることのできる時間がある」
何故、今この話を? 急に人生の話をされても困る。
別に今死ぬ訳でもあるまいし。
母はそんな壱の心を読んだかのように続けた。
「壱、私はな、遠くで働きに出ていく。もう帰れんかも知れない、今生の別れや」
「え」
壱は、自分は毎日刀の音を聞き、父と母そして後を継ぐ兄と刀職人一家として暮らし、死んでいくものと思っていた。それでいいとも思っていた。
楽しくないわけでもない。
陽気な母と話すのは面白いし、職人の父から聞く刀の話も興味深いし、修行の辛さを延々と語る兄の愚痴も聞いていて何故か苦にならず寧ろ暇を持て余す自分にとってはいい暇潰しだ。
だが、これから母が居なくなればどうなる。
「壱。ちと早いやも知れんけど、夜飯にせんか。おとっさんの作業も一区切りついたようや」
いつのまにか、刀を打つ音は聞こえなくなっている。
「おにっさんは」
「多分直ぐくるさ」
兄は、軈て家業を継ぐのだろう。既に、父を師匠として修行を始めている。
壱は考える。
彼は、やりたいことがあるのだろうか‥‥‥。
壱はない。もし兄にやりたいことがあるなら、譲ってやりたいくらいだ。
母は既に、竈門の前に立っている。多分、今日の夜飯は雑炊だ。積んだ食べることのできる草を小さく切って入れ、少量の米を煮炊く。つまらない料理だ。
然し、今の自分達の食べることのできるものはこれくらいだ。
壱は立ち上がり、母のいる台所に向かった。
布団の中で、壱は目を覚ました。起き上がり、台所の方へと向かう。
そこには、兄が立っていた。母の姿はない。
「おかっさんは?」
「もう仕事に行ったらしい。当分は帰ってこないだろう‥‥‥いや、当分処ではないかもしれないな」
壱は、兄の前に立ち尽くす。
もう行ったなんて、早すぎるだろう。
最後くらいは、何か一言、あってもよかった。それとも、最後の別れが嫌だから、敢えて言わずに去った?
「壱。兎に角‥‥‥朝飯は」
「今日は要らない」
壱は兄に「御免」と呟きその場を駆け出す。なけなしの小遣いを持ち、刀の山から一本刀を取る。黒くなめらかに光る鞘を握りしめて、壱は玄関を開けた。
2022/7/16 作成
文面がなんか変なのは小6のときだからです👍いまもおかしいけどな👍