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第7話:逆鱗、あるいは静かなる修羅
「……ははっ、見ろよ。風鈴の軍師様が、進学校の鞄持って歩いてら。滑稽だな」
放課後、風鈴への帰り道。蒼は他校の不良数人に囲まれていた。彼らは蒼が「風鈴の脳」と呼ばれていることを知り、その鼻を明かそうと待ち伏せていたのだ。
「……どいて。あんたたちの筋肉量とIQを演算したけど、私と関わるのは時間の無駄。効率が悪すぎる」
蒼は無表情で通り過ぎようとするが、一人の男が彼女の鞄を蹴り飛ばした。中から、蘇枋にもらったばかりの茉莉花のハンカチと、古い喘息の吸入器がこぼれ落ちる。
「おっ、なんだこれ? 喘息持ちかよ。……へぇ、そんな欠陥品でよく風鈴に居られるな。師匠に捨てられたのも、その弱っちい体のせいじゃねぇの?」
その瞬間、周囲の空気が凍りついた。
蒼の瞳から、それまでの冷徹な理性が消え、深い闇が底からせり上がってくる。
「(……心拍数、臨界点突破。リミッター、解除)」
「……今、なんて言った?」
「あぁ? 欠陥品だって――」
言い終わる前に、蒼の体がブレた。
重力を無視したような低空の踏み込み。医学的に最も効率よく「骨を砕く」角度で、蒼の|掌底《しょうてい》が男の顎を跳ね上げた。
「がっ……!?」
「……一撃。|下顎骨《かがくこつ》骨折。……次」
蒼の動きは、もはや人間のそれではなかった。壁を蹴り、空中で体を捻りながら、敵の関節、急所、神経の集まる場所だけを的確に、そして容赦なく破壊していく。
「ヒッ、化け物……!」
「……化け物でいい。……私の過去を、師匠との時間を、その汚い口で汚した罰。……全身複雑骨折で、死ぬまで後悔しなさい」
そこには、桜たちが知る「優しい先生」の姿はなかった。5歳から地獄の修行で叩き込まれた、焚石直伝の「殺しの技術」。
最後の男の首を絞め上げ、地面に叩きつけようとしたその時、背後から強い力が蒼を抱きしめた。
「……もういいよ、蒼。……演算が、壊れてる」
蘇枋の声だった。彼の腕の中で、蒼の激しい呼吸が、次第に苦しげな喘鳴(ぜんめい)へと変わっていく。
「……は、……ぁ、……離して、蘇枋……。あいつら、殺……」
「ダメだよ。君の綺麗な手は、僕たちの傷を治すためにあるんだから」
蘇枋は蒼の手から血が滲んでいるのを見つけ、優しく、けれど拒絶を許さない力で彼女を包み込んだ。
蒼は、自分の肺がヒューヒューと悲鳴を上げているのを感じながら、蘇枋の胸の中で意識を失った。
その夜、蒼は寝言で何度も「師匠」と呼び、涙を流していた。
5歳の頃から自分を守り、鍛え、そして消えたあの男。
焚石。
その名前が、まもなく風鈴高校に嵐を呼ぶことになる。
🔚