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灯-最終章-〜灯し続けるもの〜
最終章:灯し続けるもの
春が過ぎ、夏の風が街を通り抜ける頃。
「灯プロジェクト」は、地域の図書館や学校、さらには他の児童施設からも声がかかるようになった。
子どもたちが描いた物語は、ページを離れて人の心に届き、
まるで静かな焚き火のように、広がりながら、周囲を少しずつあたためていた。
陽菜は忙しくなった日々の中で、ふと、自分の手帳にこう書き記していた。
“わたしは、誰かのために灯をともし、
やがてその灯を、そっと手渡す役割なのだと思う。”
■蓮の旅立ち
夏休み前、蓮が陽菜の元へ来て、小さな包みを差し出した。
「これ、陽菜さんに。」
開けると、そこには一冊の手製の絵本が入っていた。
タイトルは——『ぼくが火をともしつづける理由』
描かれていたのは、
「ひかりの人」が去ったあとも歩き続け、
やがて“誰かに火を渡す人”になる少年の物語だった。
「……すごいね、蓮くん。ここまで描けるなんて。」
「うん。……そろそろ、ここを出ることになったんだ。」
「……そう。」
蓮は小学6年生になっていた。
長くはなかったが濃密な時間を、陽菜とともに過ごした。
「新しい場所でも描きたい。
まだ全部終わってないから。」
「大丈夫。あなたの中に、もう“火のつけ方”はあるもの。」
蓮は静かに頷き、いつものように言葉少なく教室を出て行った。
でもその背中には、もう“迷い”の色はなかった。
■陽菜の物語
蓮を見送ったあと、陽菜はひとり、かつて彰人と暮らしていた部屋に立った。
長らく閉めていた引き出しの中から、古い日記を取り出す。
それは彼が亡くなる数ヶ月前まで綴っていた、断片的な言葉の集まりだった。
“陽菜は、自分のことを弱いって思ってる。
でも本当は、人の痛みに敏感すぎるだけだ。
その痛みを物語にできたら、きっと誰かを救う側になれる。”
陽菜は日記を抱えたまま、しばらくその場に座っていた。
涙は出なかった。ただ、深く、心が満たされていった。
「私の物語は……まだ、続いていいんだよね。」
そして彼女は、その夜、初めて自分の物語を書き始めた。
“愛する人を失い、でもその灯を受け継いだ女の話”を。
■数年後
「灯プロジェクト」は、地域に根付いた文化支援団体として成長していた。
創作教室は定期開催となり、出版した子どもたちの絵本が本屋に並ぶことも増えた。
そして陽菜は、自身の経験を綴ったエッセイ集を出版した。
タイトルは——『あなたが残してくれた火』
中には、蓮の手紙の一節や、彰人のノートから抜き出した言葉も添えられていた。
イベントの読み聞かせでは、
今では中学生になった蓮が、弟の手を引いて参加していた。
■エピローグ:夜の光
夜。
陽菜は、ひとりベランダで空を見上げていた。
かつて彰人と語った星の話。
未来なんて信じられなかった、あの頃。
でも今、ようやく信じられるようになった。
「あなたの“死”で終わったんじゃない。
私は、あなたの“生き方”を生き続けてる。」
そして静かに、胸の奥で小さくつぶやいた。
「わたしは、ちゃんと、生きてるよ。」
風がやさしく吹いた。
夜の空に、ひとつだけ光る星があった。
その光は、弱くとも確かに、そこに“灯って”いた。
──完──
灯完結です!リクエストありがとうございました!