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駅
君は僕の2歩先を歩いている。足音が、半歩合わない。腰まで流れる栗色の髪が風に靡く。スーツケースを引く音がやけに大きく感じた。大きなスーツケース。僕が持ってあげたらよかっただろうけど、君は多分嫌がるだろう。一刻一刻と時間が過ぎていくようで、歩くのをやめたいが、着いていくと言い出したのは僕だ。最後くらいは格好良く終わりたいな、なんて考えながら歩く。刻々と色を濃くしていく夕焼けを見つめた。背中から押されるように風が吹く。
「ねえ」
僕は、目の前の君に話しかけた。
「なあに」
君は振り返らずに答えた。
「また、会えるかな」
悲しさをを混ぜないように心掛けた。君は立ち止まらない。でも、楽しそうに笑った。
「またいつかは会えるんじゃない?」
でも会えたときはもうお互い大人だね、と付け足しながら君は歩く速度を速めた。僕は置いていかれないように足を動かす。
「また会いたいな」
小さく呟いた。余りにも小さかったから君には聞こえないものかと思ったが、君も嬉しそうにそうだね、と答えてくれた。本当に言いたいことは、ずっと言えないままだ。風は変わらず僕の背中を押すように吹いているが、何度背中を押されたとしても言えそうにない。たったの二文字が、僕には言えない。でもきっとこれは、遠くに行くきみの重荷になるだろうな、なんて言えない理由を探す。自分が最後に傷つかないように。
「またこっち戻ってきたらさ」
君は急に立ち止まって振り返りながら言う。栗色の髪が空の朱色に照らされながら靡く。
「君に会いに行くね、一番最初に。」
意地悪な顔をして君はにっこり笑った。綺麗だと思った。世界で一番。君が。
陽は既に山の稜線に呑まれ、反対側の濃紫の空は暗黒に変わりつつある。急に周りが暗くなったように感じた。景色が流れていく。先程まで田んぼや畑だらけの田舎だったが、駅に近いからか建物が増えた。
「じゃあ、ここまででいいよ」
立ち止まって君がこっちを見た。
「駅まで送るよ」
君はそういうと思ったと言いながら笑った。どこか寂しさを感じた。
「離れたくなっちゃうから、駄目」
君は俯いたまま顔を上げずにそう言った。その顔には影が深く落ちていた。立ち止まっていてスーツケースを引いていないからか、沈黙が大きい。
「そっか。」
なんとかそれだけ答えた。出来るだけ長くいたかったけど、長くいればいるほど、自分の胸の底の想いを口にしたくなるだろう。
「じゃあ、またね」
君はスーツケースを押し出した。一歩、また一歩と君の影が遠ざかっていく。もう、僕には届かない。
「いってらっしゃい」
君に聞こえるように大きくそう言った。君は振り返って笑った。
「うん。いってきます」
僕は、君が見えなくなるまでずっと手を振った。