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プラトニック・ラブ
息抜き
岩本 日和:花巻女子高等学校の1年。ハツラツな女子高生。口癖は「芸術は爆発だ!」キャンバスと共に服を汚すこともしばしば。
藤野 チヨ:花巻女子高等学校の1年。ひそかに日和に思いを寄せている。部活は日和と同じの美術部。生粋の運動音痴。
「チヨってほんと絵うまいよねぇ…同じもん食べてんのになぁ!」
「食べ物じゃなくて、神経系の出来が違うのよ、いいなぁ」
(いつものこと、いつものこと。)そう意識を紙に向けようとしても、喚くクラスメイトのせいで、あまりうまく行かない。名前もしらないクラスメイトは確か中学のころから一緒で、いわゆる”陽キャ”である。私が最も苦手な部類の人間なのは言うまでもない。
私の横でぺちゃくちゃしゃべるクラスメイトをよそに、紙ともう一度向き合う、でもやっぱりだめで、また音楽祭のクラスのポスターの絵を押し付けてくる気だろうか、とうつろに考えながら筆を動かしていると、あっという間に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。今日は午前授業だから、きっとこの後帰りの会が終わって、部活に行って__。
「じゃあねー」
そういいながら、私の肩をぽんぽんとたたき、知らないクラスメイトは自分の席へ戻っていった。まさか、今ので私を輪に入れて話したつもりなのだろうか。だとしたら頭がおかしいという以外にたとえようがない、まったく意味が分からない。
--- 『んはー…疲れたー!外あつすぎー!』 ---
頬杖をついてうなだれていると、よく通る高らかな声が聞こえた。|彼女《日和》の声は嫌になるほど聞いているから、すぐにわかった。それから彼女の声に同調する声が聞こえた。その声はうまく聞こえない。
「チヨぴ、何書いてるの?」
チヨぴ__。彼女が私に付けたあだ名。私がひよこのように小さな声でしゃべるから。それをチヨチヨ、と鳴き声にたとえて、ぴ、は、ぴよぴよの意味らしい__。
「動物」
「わかんないよ、手どけてよ」
私が必死にスケッチブックに書いた猫の絵を隠していると、ぐいぐいと彼女は体を押し付けてくる。
「ひよ、汗臭い。」
「ひっどーい、チヨぴはいいにおーい」
そういいながらすんすんとにおいをかぐような、鼻を鳴らす音が聞こえる。気持ち悪いと言ってはねのけると、「ぐはっ」とわざとらしく声をあげて、それから肩をがっくり落とし、ぺろりと舌を出した。
日和が近寄ってきてくれたことは少しうれしかった、そんなことは口が裂けても言えない。汗臭いといったけれど、においのことはよくわかんない。嘘ばっかりはいけないけど、うそをつかなければ、今にでも心臓が口から飛び出してしまう。
そして、彼女__。岩本日和に淡い恋心を抱いているのは言うまでもない。ここは女子高で、同性愛はいくらでも見てきた。最初は特別気にすることはなかったけれど、彼女が現れてから、私の心はすっかり虜にされてしまったのだ。
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それからまさに夢見心地、といった感じで帰りの会を終え、チャイムと共に廊下に小走りで出た。後ろから日和がついてきて、部活行くの?と質問を投げかけてくる。日和は美術部にしては珍しい、運動神経抜群な生徒で、クラスメイトや先生からも一目置かれている存在だ。
そんな人に私みたいな陰キャが話しかけるのは憚られるわけで、質問に答えるのはある程度クラスから離れてからになる。
「部活、行くけど」
「チヨぴが行くなら私もいこーっ」
「約束あるんじゃないの、友達の…だれだっけ」
「野沢~、あいつプリしか撮んないからつまんないんだよね。どうやったって私の方が可愛いのにさ~。」
「上には上がいるっていうよ」
「まあいいや、チヨぴ、明日家来る?」
『いいの?』そんな質問がのどまでせりあがってくるのをこらえ、私は意志の強さを表すために、強めの口調で「いい、行かない」と言い放つ。それでも日和はしつこくて、私の周りをぐるぐる回った。まるで犬だ。
「来てよ、暇だし。」
「いい、行かないってば」
「明日の放課後、16時くらいね、約束。」
そう日和は言って、むりやり約束を取り付けてくる。約束って言葉は何よりも嫌いだ。なぜなら〈約束は守る〉という私の無駄に律儀な精神が、勝手に『はい』とうなずいてしまうから。
「…わかったよ」
「チヨぴわかってんねー、約束だよ」
「うん、約束」
強引で無理矢理。それが日和。私がなよなよといじけていても、だれよりも一番に引っ張ってくれる。頼れるのは日和。信じられるのは日和。私だけを信じてほしいのは日和。
このころには”手遅れ”と言っていいほど、私は酔っているみたいだった。クラス一のマドンナと呼ばれるような日和と関われる様な関係に酔っているのではなく、恋に酔っていた。日和と関わることで、私の恋という薄暗い、どろりとした”欲望”は、ぶくりと膨らみ、この日を境に、輪郭を帯びていったのだ。
単発
希望あれば続きを書きます