公開中
風鈴が飛ぶ
「いやー、トウヤがいなかったらいまごろどうなってたか!」
大量の夏休みの宿題を持ち帰ることになったオレは、トウヤに手伝ってもらって
なんとか家の前まで全部運び切ることができた。まじトウヤにカンシャ。
「そもそもちゃんと持って帰れよ。」
トウヤのつめた〜いドクゼツが飛んでくる。
「…ごもっともです…。」
さすがになにも言い返せなかった。今度からちゃんとしよ…。
すると家のとびらいきなり開いて、見てみるとそこにはかーちゃんがいた。
「あ、かーちゃんただいま。」
「あら、お友達?」
かーちゃんはトウヤを見るなり、ささっ、上がってとトウヤを家に入れた。
「おじゃまします。」
トウヤはオレのかーちゃんとボンサイをかんしょうするほど変に仲がいい。
ていうかどうしてボンサイなんだろう。
「スイカ切ったから2人で食べんさい。」
とかーちゃんはオレとトウヤにスイカを出してくれた。
しかもカルピスまで。
「かーちゃん、カルピスなんて。ケイキいいなぁ。」
しかもちょっとこいめだ。なんてぜいたくな。
「そんなこと言うんだったらおかーちゃんが飲むぞ?」
「なんでもないっす。」
オレはスイカを持って、トウヤと横ならびになりながら、じゃくっと果肉をかんだ。
「「うんめぇ〜。」」
ふいにカブって、あってなって、たがいに大きく笑った。
少し強い風がふく。
チリーンと、ふうりんの音が鳴った。
スイカは2人で3切れずつあったけど、あっという間になくなっていて、
コップにあったカルピスも、いつのまにか飲みほしていた。
「そういやさ、アキ。」
トウヤがふいに話しかけてきた。
オレは何?とトウヤに問いかけた。
「明日、あそこの川行かね?」
いきなりだったので、オレは思わず首をかしげてしまった。
「あそこの川って?」
オレが問いかけると、トウヤは言った。
「ほら、あそこだよ。ナツと会った川。」
「あ〜!あそこか!」
あれはオレとトウヤが小学1年生のころだった。
オレがムリやりトウヤをさそって川に連れてったとき、
そこに1人の少年がいた。
オレたちよりも背はちょっと高く、ボウズで、麦わらぼうをかぶっていた。
名前を聞いても教えてくれないし、だけど、夏の間だけしかいれないって言うから
オレら2人がかってに''ナツ''ってよんだ。そしたらなぜか気に入って、
ソイツは自分のことをナツって名のるようになった。
「でもなんであそこの川なんだよ。」
初めて会ったからと言って必ずいるとは限らない。
そうギモンを持ってトウヤに聞いてみた。
「なんか、そこにいそうな感じがしてさ。」
「またカンかよ。」
だけど、トウヤのカンはフシギと当たりやすい。
ケイバの結果も当てちゃうし、ガムが当たりつきかも当ててくる。
ゆーいつ当たらないのはおみくじぐらい。
「それじゃ、決まりだな。」
そう言ってトウヤはいつもより元気な声で言った。
「明日の朝、あそこの川でな!」
オレも負けじと
「うん!」
大きな声で返事をした。
---
ふうりんがまったく鳴らなくなってきたころ、トウヤは帰って行った。
オレも夏休みの宿題を部屋のすみにかためて、えんがわで横たわった。
「アキ、腹出してると冷えるぞ?」
夜のつめたさに心配してか、かーちゃんがそう言ってきた。
「暑いからしゃーないやん。」
「風邪ひいても困らんってこと?」
「やっぱしまうー。」
明日はトウヤとの約束がある。やぶったらナツとも会えんくなるかもしれんから…。
Tシャツを少しのばし、はらをかくし、またねそべった。
時々ゆかのたたみのスジに指をなぞらせて、せいいっぱいごろごろした。
しだいにカエルがやかましくなっていった。
「あー、カエルー、昼間に鳴いてくれたらなぁ。」
「あんたが持ち帰るからかーちゃんは夜がええわ。」
えぇー、と言ったりして、するといきなり、げんかん前の
黒電話がヂリリと鳴った。かーちゃんがもしもしと電話に出る。
「とーちゃん、明後日帰ってくるって。お土産に何欲しい言うてる。」
「えっ、ほんと?」
とーちゃんは今はうんと遠いところにえんせーに行かされていて、なかなか帰ってこれない。
久しぶりにとーちゃんが帰ってくる。
「あんた何が欲しいん?」
「何個でもいいん?」
「3つまでやって。言ってみ?」
「えっと…ひまわりのピンと赤いスカーフがほしい。」
「あらまぁ、あんたらしくないわぁ。」
ふふっとかーちゃんが小さく笑って、とーちゃんと電話をし続けた。
---
「あー、いいなぁ。」
オレはふろもハミガキもすませ、特等席でラジオを聞いていた。
オレの家にはテレビがない。だからゆーいつ、ラジオが1番の楽しみになっている。
「やっぱケンケン最高やわー。」
ケンケンは、オレが毎日欠かさず聞いてるラジオ番組「カイジンのディナー」のMC。
とにかく声がいいしギャグセンもある。オレが1番好きなMCだ。
コミミにはさんだていどだけど、ケンケンがもう一つ持ってる「ワルの溜まり場」で酒を飲みながら質問に答えるコーナーがあるらしい。しんやだから見れないのがザンネンだが。
「あんた、そんな声だけのどこがいいん。」
「声だけちゃうし。オレちゃんとケンケンの写真も見たもん。」
「どんな顔なん?」
「ソース顔イケメンってとこかな。」
「ふーん。」
ケンケンの声を聞き、質問を聞いていると、ある一つの質問がきた。
『ペンネーム、チャウネンさんからのお便りです。
ケンケンこんにちは。私は今年で70にもなろうかというジジイです。』
おどろいた。「カイジンのディナー」は、こういう年のいったじいさんはあまりいないのだ。
オレは気になって、ケンケンの声より、質問の方を集中して聞いてみることにした。
『私は今も、悔やんでいることがあります。それは友人に会えなかったことです。
私が学童の頃、とても親しい友がおり、よく遊んでいました。しかし、父上の仕事の関係で地元を離れることとなり、友人と別れを告げたんです。ですがその時私は、盆には帰ると伝えました。』
スラスラとした声がつづられる。
『友人はわかったと返してくれました。ですが、約束通り盆に帰ると、友人の姿はどこにもありませんでした。友人の家族でさえも、ずっと行方が知らずとのことで、ただこのまま帰ってくるのを待っていると言うのでした。私は待つのではなく、友人を探しに、よく行きそうな場所を探しました。しかし友人はどこにもおらず、そして今日に至りました。どこにいるのか、生きているのかは今もわかりません。ケンケンもこんな経験はしたことありますか?』
質問はここで終わり、ケンケンは質問に答えていた。
なんだかじいさんがかわいそうに思ったオレは、ねることにした。
「もうねるん?」
「うん、用事もあるし。」
「そうか。」
そう言ってしんしつへ行き、しきぶとんをしいてねた。
だけど明日、ナツに会えると思うとシンゾウがバクバクなる。
最初なに話そうとか、トウヤどんな顔するんだろとか、色々楽しみになってきた。
だけどその反面、あのじいさんの質問がのうりに出てくる。
『どこにいるのか、生きているのかは今もわかりません____。』
どんな顔して書いたんだろーなとか、色々思うようになった。
だけどいつのまにかねむたくなって、ねむってしまった。
---
ピュピュッ、チュンチュン…
元気な鳥の鳴き声が聞こえる…。
ハッと目を覚まし、時計に目をやった。
時計は8時をさしている。
「あーっ、やばいやばい!」
朝からうるさい声を出して、顔を洗って、急いで着替えた。
オレはきのうの約束をぜったい守るって決めてたのに、まさかねぼうしてしまうとは…。
「あんた、何急いどるん?」
「だってきのうさ、朝に川に行こうってトウヤにさそわれたからさ!」
「まだ5時やで。」
「えっ…?」
よくよく見てみると、オレがタンシンだと思ってたところはチョウシンで、
どうやらねぼけて間違えたらしい。
「あんた、まだ時計の読み方もわからへんの?」
「わかるしっ…たまたま間違えたんだよ。」
そう、とかーちゃんはこのまま朝食を作りにいった。
ジョワジョワと何かを焼く音がする…。
「朝メシ食ったら遊び行くから。」
「いつ帰ってくるん?」
「夕方までには。」
コト、と置かれた音とともに、いかにもおいしそうな朝メシが並んだ。
ヤキジャケにひややっこ、みそ汁、ご飯。
うちはぐりるっていうものがないので、かーちゃんがいつもシャケを焼いている。
口の中に入れると、どれも下におしつけてくるほどおいしい。
みそ汁をのみ、ご飯をかきこみ、シャケをかじり、ひややっこを食べる。
いわゆる''三角食べ''ってやつ。これができるとけんこうになるらしい。
「ごちそうさまでしたー!」
大きい声でそう伝えると、かーちゃんはぱっと明るくなって、
「そうかい」と返してくれた。
---
げんかんから出てすぐ、ちょっとはなれたところにトウヤがいた。
「あっ、トウヤ!おはよう!」
「おはよ〜。」
トウヤのとなりにならび、オレたちは歩き始めた。
トウヤの持ってた紙ぶくろがゆれている。
「トウヤ、そのふくろは?」
見た感じ、どこかの店のイイモノっぽかった。
トウヤは答える。
「ハルにぃからもらったまんじゅうのふくろ。ナツといっしょに食べたくって。」
ハルにぃとは、トウヤのお母さんの妹の息子…いわゆるいとこってヤツだ。
トウヤになぜかベタベタして、だけど変にケチだって、トウヤがグチをはいていた。
このまんじゅうは、きのう食べる分を3つかくしていたやつらしい。
「オレも食っていい?」
「何のために3つ持ってきたと思ってんだ。」
クスっと小さく笑って、オレらはあそこの川を目指した。
目新しい橋がかかって、川をまたいでつないでいる。
セミが鳴いて、川が早く流れる音がする。
すると、橋の下の方に、誰かがいた。
「なぁ、あれって…。」
「…間違いねぇ、行くぞ。」
オレらは橋の下の人物の方へと向かった。
とたんに、それがナツだとわかった。
「あっ、おーい!ナツ!」
オレがナツに話しかけると、ナツはくるっとこっちを見てきた。
麦わらぼうに、ボウズ。せたけも去年と変わっていない。
ナツはあの時のままだった。
すると、ナツはニカっと笑った。
「おーい!元気してたかー!」
ナツのでかい声がオレらをぶちやぶってくる。
負けじとオレらもでっかい声で返事した。
---
「オレさ、ナツにあったらいろいろ聞こうと思っててさ、いいかな?」
オレはコウフンをおさえられないまま、ナツに聞いた。
ナツは気前よく
「おう!どんどん聞け!」
と返してくれた。
オレはトウヤと何を聞こうか少し話し合って、ナツに聞いた。
「ナツって、本当はなんて言うの?」
「…名前か?ナツだよ。」
どうやらナツはナツだったらしい。
おどろいてしまって、つい、えーっと声を上げてしまった。
「いやさー、名乗る前にお前らに当てられたからさ、このままでいいやってなっちゃって…。」
「えーっ、それってアリかよ。」
「アリだよ。ほら、他にもあるか?」
何ともはぎれがわるい感じがして、オレらはもっとナツにいろいろ聞くことにした。
「そんじゃ…。」
するとトウヤが何かを聞いた。
「好きな食べ物は?」
あまりにベタな質問だったのか、ナツはふふっと笑った。
「ガキっぽいなー!」
ナツは大きな声でトウヤをからかい、トウヤも恥ずかしそうにやめろと言っていた。
「好きな食べ物はカニだよ。たまにしか食えないけど、すんげーうまいの。」
とくいげに語るナツは、オレたちにも、食ったことある?って聞いてきた。
「カニかぁ、オレ食ったことないなぁ。」
「ぼくはある。じーちゃんからもらったの。」
へー、と感心したようにナツはうなずいた。
他にも、オレらはいろいろナツに聞いた。
生まれはどこだの、どこ住みだの、好きな季節はなんだの…。
あまりにもたくさん聞きすぎてしまったが、ナツはイヤな顔一切せず、全てに答えてくれた。
「お前らやっぱガキだなぁ!」
笑いながらナツは、精いっぱいの息をはいて、少しきゅうけいとあおむけになった。
「ナツもガキだろ。」
トウヤがナツにそういうと、ナツは、
「オレはお前らとはちげーんだ。」
とどこが悲しそうに言った。
いきなりそうなるもんだから、トウヤとオレはナツを心配して、少し目を合わせた。
だけどいきなりナツは起き上がって、オレらの方にがしっとうでをのせ、
ケラケラと笑った。おかしくてオレらもつられてわらった。
「ナツ、これ。」
「わっ!まんじゅうか?」
トウヤが持ってきたまんじゅうを3人で分けることになった。
夏の時期に似合わない、雪みたいにまっしろなまんじゅうが3つちょこんとならんでいる。
「うまそ〜!」
ナツはキラキラと目をかがやかせ、まんじゅうを手にのせた。
オレもトウヤからまんじゅうをもらい、橋の下で、川を見ながらオレらは食った。
まにまにとした食感がくちびるとか口の中に当たって、思わずほっぺが落ちた。
ざぁぁぁと流れる川の音は、ふうりんよりもすずしくて、ぼーっとしてしまいそうだった。
ナツは食べながらもうめぇうめぇと言って、
オレは思わず笑ってしまった。
「どうしたんだよ、アキ。」
「いーや、何でもねぇ。」
夏休みの初日、オレらはナツと遊んだ。
夕方になって、オレらは明日も遊ぼうと言う話になった。
だけど次の日は、オレのとーちゃんが帰ってくるから遊べないとオレが伝えると、
2人はそうかぁと、悲しそうに笑ってくれた。
ふと、ラジオのじいさんの質問を思い出した。
『私は今も、悔やんでいることがあります________。」
ラジオのあの質問は、一文一句間違えることなく、オレの頭が読んだ。