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「マリーゴールドを君に捧ぐ」二話
Novelist and Blue Rose
「何でこんなところにいる?ここ、治安が悪いって有名だろ?もっと気をつけなきゃ。恵斗、ちっちゃいんだから」
高校生の頃から変わらない恵斗の姿が、この歓楽街の路地裏にはあまりにも似合わない。
「ちっちゃいは余計だけど…。僕だって、こういう場所に来ることくらいあるし!」
昔、恵斗が「榎本くんの体と入れ替わりたい。小さいのが嫌なんだ」と言っていたのを思い出す。あの気持ちは今でも変わっていないんだろうか。
俺の体一つで満足できるなら、いくらでもあげたいくらいだ。
「恵斗も、やっぱり男なんだな。まさか風俗でも行くの?俺さ、ここじゃけっこう顔が利くんだよ。うちの会社がやってる店があってさ、案内してあげようか?なら、サービスするよ」
そんな冗談を言いながらも、胸の奥から塩辛い水が滲んでくる。それが、昔の傷口に触れて、鈍く痛んだ。
「会社って、どう見ても組でしょ。それに、風俗じゃないし」
あえてその言葉には触れず、もう一度尋ねる。
「じゃあ、どこ?送っていくよ。恵斗、すぐ絡まれちゃいそうだしぃ」
そう言うと恵斗は、からかわないでとでも言いたげな表情で俺の方を見る。
その顔は高校生の頃から変わらなくて。この顔が見たくてついからかってしまっていたことを思い出す。
「ネットカフェ。雨漏りがひどくて修理することになってさ。ここを通ると近道なんだよ」
「修理って、どれくらいかかる?」
思わず、これはチャンスかもしれない、なんて思ってしまった。
「明日、業者に見てもらうけど、調べた感じだと、少なくとも二週間はかかりそう」
……でもごめん。許してほしい。ただ俺は、恵斗が好きで、そばにいたいだけ。それの何がいけないんだ。
「それならうち来れば?工事費用とネットカフェ代まで払ってたら大変だろうし、だったら、うちに泊まればいい」
「……やだ」
「え、なんで?」
わりと自然に言えたと思ったのに。うちに来ることに、何のデメリットもないはずなのに。
「だって僕、高校の頃から榎本くんのことが好きだったんだよ。そんなの……気持ち悪いでしょ?」
「……え?」
「あ……ごめん」
言ってからすぐに背を向けて立ち去ろうとする恵斗の腕を、思わず掴んでいた。
「別に、気持ち悪くなんかないか。だから……うちに来ればいい」
「……なんで?そんなの…」
恵斗の目には、涙がにじんでいた。
「俺がただ、と一緒にいたいだけ。ダメ?」
昔付き合ってた女の子は、こういうときの俺の顔に弱かった。恵斗も、そうだったらいいけど――。
「榎本くんがそう言ってくれるなら……お世話になります」
振り返って、ぺこりと頭を下げた恵斗のつむじを、ぼんやりと見つめる。
「こちらこそ、よろしく」