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共に生きゆく。
『共に生きていく。』
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『古文に変換する』
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--- 満開の桜が風に揺れき。 ---
「ふおう……」
折節は春。
清げなる白や桃色にうつろひし山。
その奥なる小さき神社。
鳥居に居れる小さき影小さくあくびせり。
少女の名は|雅《みやび》。
明らかに人のものならぬ獣の尾を風に揺らしつつ麓の村を見下ろせり。
ただに申し訳なけれど、人は並やうに九尾と呼ばるる物なりき。
少しばかりことわらむ。
九尾とは、名表すべく九つの尾を持つ狐の物。
されば狐の物といふものは、尻尾の数にこはさ分かる。
多くば多きほど長生きしており、知識も妖力も桁外れなりき。
「うぅ、ねぶたし……」
因みに雅の尻尾の数は一本。
ここに疑ひに思ひし人もあらむ。
何故、九尾なれど一本のほかになしや。
いらへは簡単、先程もことわりし通り妖力が多ければ。
妖力といふは物の使ふ『妖術』に要る力。
魔力や霊力、呪術などのあやしき力と同じものと考へさせ安穏なり。
使ひ量の多きほど強力なる妖術使ふべく、みづからの妖力をいつはることも可能。
「……!」
ピクッ、と雅の耳動く。
かくて高き高き鳥居の上より飛び降りき。
物といふは、人より何倍も体の作りがふつつかなり。
その料、怪我一つなく雅は着地せり。
「あらましよりほどが掛かりすぎにはあらずや?」
「雅」
頬を膨らませつつ怒れる雅。
されど、名を呼ばれし露の間に背筋を伸ばす。
「……かへりたまへ、|叶《かな》」
「あな、ただいま」
鳥居を抜けし嫗は家へと足を向く。
嫗の正体はこの神社の巫女──叶。
半世紀より上も巫女にてアメフラシの舞などをたばかりきたり。
物退治もしおり、その実力は業界最強と呼ばるるほど。
一人さながらやりぬる者は、人より外ならず。
--- こは、元来ならば敵なる人と物の物語 ---
---
境内の掃除しする一つの影。
それを|妾《わらは》──雅は鳥居の上より見下ろせり。
掃くとも掃くとも、桜の花弁は落ちく。
日ごろ、さほど体調わろしといふに|彼奴《かれ》は押して。
また腰を痛めまし。
そせば叶も、久しぶりにやをらふるべし。
「……待て。妾は今、何を考へたりき?」
物としたり得ず。
人の、さるは|物《妾ども》を倒すことに生計を立てたる巫女の身を案じたりき。
これには九尾失格なり。
「あだっ」
さる声のきこえし妾は下を見る。
躓きにけりや、地面に伏せたる叶。
「安穏か?」
「……あな、憂ひいらず」
何なり、今の間は。
ようせずは擦りむきて血や流れぬ?
されど、さる匂ひはせねば足首を捻りしには?
せむかたなければ、妾が背負ひて護符を売れるかたまで運ぶ。
「とく跡継ぎ見つけ引退せよ」
「我もさせまほしけれどかしぃ……」
掃除を止めし叶は、お茶休憩に入ることにせり。
話題は、後継者につきて。
元来ならば数人に行ふ巫女の営み。
一度ばかり、叶は倒れしためしありき。
おのづから訪れし旅する医師に診させしすゑ、なほ年ごろの無理がえいかざりけむ。
巫女のいとなみばかりならず物退治も続けば、その命は長く持たず。
されど一人営みすべかりき。
この神社を心とせる数十キロメートルに巫女はもとより、神社とてなし。
かくて巫女になるにも題目が厳しかりき。
「我が死にしあとはなんぢが継ぎたまへ、雅」
「はぁ!?」
物なる妾に頼むなどをこならずや。
さ説法のごときことしたらば、夕方になれり。
けふの営みの終はりたらぬ、と立ち上がらむとする叶はなほをこならむ。
かつがつ居らせ、妾が境内の清掃しすることに。
叶には建物に護符書かせ、守りを作らすることを優先させき。
「……いかでこのボロ神社はいたづらに広きなり」
日ごろ一人あしたより夕方まで、叶はすがらに掃除しせり。
殊に頼まば、妾も少しほどは組みきといふに。
少し妖術を使ひて掃除しせるとよき匂ひしきたり。
いま日は暮れ、清げなる月が桜の木を照らせり。
「雅、夕餉にせむ」
「けふはなになり?」
「報酬金に買ひし米と、頼む人より貰ひし川魚ぞ」
魚かぁ……。
殊にいとひといふよしならねど、揚げが食はばや。
あれは、人にせばめでたきものを作りきと思ふ。
「……雅なり」
「とみにいかがせり?」
いつもと違ふけはひの叶に、少し緊張走る。
ようせずは、何かゆゆしきが起こることを予知しもこそ。
巫女の力の一つに、ゆくすゑ予知あり。
それが今、発動せりと考へし妾は箸を置く。
「いや、事なし」
さ笑ひし叶は、今にも泣きいだしさうに見えき。
「昔に話しし友と、幸せに生くるぞ」
問ひ詰むとも心のなきことを知りたればわざと案ぜず。
されど、妾は後悔せむ。
この時にあながちにされど吐かすべかりし、と思ふことになる。
次の日。
雲一つなき空が、そこにはわたれり。
久しぶりに心地よくおどろくべく、いと心地良し。
せむかたなければ、境内の掃除は妖術に終はらせおく事にせり。
「……?」
数刻経けむや。
全く叶がおどろきくる気色なし。
「いまだ寝たる、か……?」
ねやの襖を開きし妾は、少し違和感ありき。
とひうよりは、ここ年ごろは感ぜざりし気色が室より感ず。
恐る恐る足踏み入れ、叶の元へと向かふ。
布団に眠れべく見えき。
されど、すなはちおどろく。
「叶!」
死の気色。
信ずまじけれど、叶より死の気色を感ず。
呼吸も、心臓も止まれり。
命の灯火はいまだ全く消えたるよしならず。
今より麓の村へと急がば、医師が助けもこそ。
さる淡き頼みを胸に、妾は抑えを外して獣のさまへとうつろふ。
叶を咥え、一番のとさに山を下る。
されど負荷掛かるまじくねんごろに運びき。
「ひっ、物なり!」
「九尾が山を降りくるぞ!」
村よりはかたがたなる声きこえきたり。
雅は叶を下ろして、みづからに抑えかけ人とよく覚えしさまになる。
「助けよ。これのことを、いかでか……!」
その言の葉遮るべく、雅の頭に石当たりき。
投げしは、村にゐる男なり。
近くなりし男どもも投げ始め、女わらはも石を持ちそむ。
雅は驚きも、反撃もせず。
幾度か後ろに倒れさうになるを必死に忍びつつ、かたがたなるかたより血を流す。
「いでゆけ!」
「巫女の仇よ!」
いひあらがふ雅の言の葉は、いづれの村人にも及ばず。
いまだ、叶は助かる可能性あり。
なのに誰も物語を聞かぬには、よしありき。
巫女になるために要最低限のこと。
そは霊力の有無なりき。
霊力を持たぬ常のわたり──この村人どもには雅の言の葉はただの雑音。
砂嵐のごとき、ごちゃごちゃとせる音のみきこゆるなり。
「……ッ」
及べ。
いづればかり雅が願ふとも、声の及ぶことはあらず。
この村の住民どもは幾度も叶に助けさせたり。
なのに、今は雅追ひいだすことに夢中に誰も石の当たれることにおどろかず。
(人など憎し)
そう雅は心に呟きき。
思ひ込みがあららかに、一時の心地にふるまふ。
今、この露の間にも叶の助かる可能性低くなれり。
ポロポロと、涙溢れ落つ。
雅は大粒の涙を流し、膝をつきて頭を下げき。
「叶を、助けたまへ」
願ひたてまつる、と言ふとも攻めの手は止まらず。
わたりの心なるは《《怒り》》ばかり。
物が何したらむと、縁なしに石を投ぐ。
いま、無用なり。
「妾がためにかく傷つきにけりな」
さ言ひて妾はやはら抱き締めき。
石の当たりしかた痛し。
かくて、胸のきはもわりなし。
知るべきなかりし、人の温もり。
それを教へし叶はいま、いつものごとく笑はざりき。
「……なぁ、叶」
ゆめゆめ返りくることのなきかへりごと。
されど、頼みぬ。
「今まで、ありがとぞ」
人のさまのまま、妾は走りいだす。
かくて、一度も振り返らざりき。
軽き足取りに我は獣道を進みゆく。
ピタッ、と足止めやをら顔を上ぐと、そこには赤き鳥居が。
早く無かりきや、この世を去につればか。
神社といふに結界張りたらず。
「……お、ありしありき」
賽銭箱の前に居れる人影。
されど、彼奴は人ならず。
早くこの辺には名の知れたれど、最強の巫女を殺しきとしなほなにしおひなりき。
やぁ、と声を掛くと顔を上ぐ。
その顔は白く、さほど体調の良かるべくは見えず。
我は来るほどと同じ軽き足取りに、その者へと近づきゆく。
「妾は今、凄まじくけしき悪し。命があたらしくばすなはちこの場立ち去ね、霊術使ひ」
尋常ならぬほどの殺気に、温度が幾らか下がらむ気せり。
されど、我はさることを気には留めず。
「君さそひにきたり」
さ、一言ばかり告ぐと目の前に露の間に運べり。
首絞められ、そのさまよりはえ思ひやらぬほどの力掛けらる。
「……とく消えよ」
かくて殺されぬるやと思へど、はたげに随分と丸くなりけむ。
咳き込みつつ床に伏せる我放り、早く居れるかたへと腰を下ろしき。
されど、顔は空を見上げたり。
「物語ほどは聞くともわろしや?」
「……。」
ふむ、いかがせりものか。
ここに退くよしにもいかねど、いまいらへまじ。
一人淡々と話すべからむ。
少しあらまし外なれど、せむかたなしや。
「叶殿のかくれしよりの君の働きはめでたし。抑制力消え暴るる物ども倒し、我ら《《退治屋》》のいづる幕がなかりき」
霊術使ひは大きに二つに分けらる。
一つは、我がごとく物を退治するための攻めやうなる霊術を使ふ『退治屋』。
かくていま一つは結界や祈祷など、補助やうなる霊術を使ふ『巫女』。
双方を使ふべかりし叶殿を失ひしは、なほ憂し。
「物を退治する物。さるのいづればかりとぶらふとも前例なからむ。されど、我はよしとぞ思ふ」
元来ならば、人のごとき物は即座に倒すべし。
人も物もすずろに、多くの命を奪ひくればなり。
されど、我は倒さず。
正確に言はば、《《え倒さず》》のなり。
『我が死なば雅を、かの子を頼む』
叶殿は日ごろ、さ言へり。
もし契りを守らずは、かの世に何をさるるや分かれるものならず。
死にしあとにまた殺さるるなど、うたてければぞ。
されど、我自身もこれのことを気に入れり。
人の優しさに、温かさに触れし物はここまでうつろひき。
我が理想の叶ふ可能性も、零ならずといふことなり。
「物と人が手取り合ふ天下」
「──!」
「汝の望むものはさる天下ならむ、|響《ひびき》」
驚きき。
この物は、|響《我》のことを知れりや。
「あながちなり、成るまじ。今までの妾どもと汝らがそれを明らめたり」
「いや、定めて叶ふよ」
我はニッコリと笑ひき。
「君とかの人のふりし年月が、それを明らめたり」
彼奴とふりし年月、か……。
すがらに昔、一人前の巫女となる早く妾は敵はざりき。
幾度も挑まば負け、挑まば負けて。
いつの間にか肩揉みなど境内の掃除などやらさるべくなりし。
「……ハッ」
思はず、笑ひ溢る。
口惜しかりき。
されど、楽しかりし思ひ出ばかりが脳裏に浮かぶ。
「つひに、お主の言ふとほりになりなずや」
叶のいとなみ。
人と話すべからぬ妾には、巫女にて人どもを守ることはあたはず。
物を退治することならば、いまだ引き継ぐべしな。
彼奴の言へる《《果報》》の心は、分からず。
ようせずは、叶や果報ならざりし?
「……ふん」
妾はなどをこなることを考へけむ。
果報ならず?
さしも楽しく、笑顔の溢れたりし日々が?
おほかた、彼奴が夕餉の時に見しゆくすゑは自らのかくるることなりき。
なれば泣かむ顔せり。
『昔に話しし友と、幸せに生くるぞ』
遺言なり。
ゆめゆめ一人死ぬまじく。
叶を失ひきいと、妾昔めくまじくするために遺しし言の葉。
ギュッと、胸締め付けられむ気せり。
「危ふし!」
さる声のきこえしやと思はば、一体の物が妾に爪を向けたりき。
とけれど、殊にえ避かぬよしならず。
されど神社に被害のいづるは、少しばかり胸痛む。
「この妾に傷を一つ負はさむなど、百年疾し」
「糞ッ」
脇腹に蹴を入れば、直横に飛びゆきき。
半ばにかしこく着地すれど、骨を折りし感覚がすれば暫くは向かひこじ。
物は人より体が丈夫とはいへ、おこたるにもほどは掛かる。
おこたりついで、逃げ帰らば一番よけれど。
「──まぁ、さ易くはいかずや」
はた妾が気に入らずめり。
まぁ、巫女のまねび事と言ふともひがごとならねばぞ。
きしかたに誰彼構はず殺せりといふこともあり。
怨みは人一倍買へることならむ。
されど、かかるさるほどに負けいられぬ。
「せむかたなき、全力にあひしらはむ」
「なあなづりそ!」
「誰も下に見などあらずよ」
体術をもととし、妖術は体才の上がりか。
ただの突きに見ゆとも、下手せば心臓ごと潰されもこそ。
低級物ならば、露の間に倒されたりもこそ。
されど、五大物の一人なる|九尾《妾》には効かぬ。
かたきぞ悪しかりし、|中級物《童》。
伸びこし腕をひしと掴み、背負ひ投げを定む。
「糞、が……!」
いまだ思ひ絶えたらずや、童は立ち上がりき。
これより上やらば其奴は命を落とすことにならむ。
妖力の尽きしほど、代はりに使ひぬるは《《命力》》。
敵討ちか何か知らねど、ここに死ぬるにはあたらしき気せり。
いかがせりものか。
さることを考へたるとその物は倒れき。
呼吸は浅く、いま指一本動かすまじく見ゆ。
すでに命を犠牲にせりや。
「殺せ」
小さく其奴は言ひき。
ふむ、と妾は近づきてゐ込む。
「情けなどいらず。敗者は死ぬるが定まりならむ」
「いなぶ。とく帰れ」
「……はぁ?」
妾はただ攻めらるれば応えしばかり。
それに、いま殺しはせず。
彼奴は極楽にも行くらめど、そこより霊術を使ひていま一度死を知らせらるる気す。
故に、彼奴の願ひは聞き入れられず。
「……響」
「いかでかせるや?」
「お主も知りての通り、妾どもの言の葉は常の人に及ばぬ。さほどならず、物といふはさほど群れずみづから中心的なる案をもつのみあり」
つひに、物も|自分勝手なる《さいふ》ところは人とうつろはぬなり。
いかでかし其奴らを統一せぬことには、共存などあながちなり。
「──魑魅魍魎の長」
響はいと驚けべく見ゆ。
きしかたの妾よりは、げにえ思ひやらぬ言の葉なり。
全ての物をまとむるなど、共存と同じほど難し。
されど、不思議と覚えありき。
「物どもはいかでかすれば、人どもをいかでかせよ」
「うまじ!」
「妾どもは、人と違ひて長き命を持てるなり。|響《彼奴》の意志のおこたらぬ極み、定めてうたてし成らせみせむ」
「我が生きたるうちには無理りて断言せるぞかし?」
さは言ひたらぬ、と口元を隠しつつ笑ふ。
響も文句を言はばあれど、笑みを浮かべたりき。
地に伏せたりし物は、呆れたるやうにも見ゆ。
妾は妖力を分けてやとて手差しいだす。
先程、かかることを言ひてけべきことを思ひつきき。
敗者の命は勝者奪ふ。
「すなはち、お主の命は妾のものぞな?」
「……よも」
はた考へたるが分かりけむ。
響に助けを求めむとせる物。
されど、今まで人とおどろきしやいと驚けり。
をこかな、と思へると妾を壁にせり。
「などか退治屋がここなるぞ!」
「お主こそ、何故壁にす」
「我はなんぢと違ひて低級物なれば、すなはち退治されんぞ!」
あ、げにをこなり。
とひうよりはみづからの実力を心得たらずや。
低級と分かりて妾に挑みしためしもあやなすぐ。
「……名乗れ、童」
「楓ぞ!」
「さりか。よく聞くべき、楓。お主は中級物ぞ」
風に草木の揺るる音ばかりきこゆ。
やはら楓の顔覗き込むと、思考止めたべかりき。
「まぁ、さることはあだなり」
「いかがにもわろしよ!」
突然の大声に頭がキーンとせり。
なのめに煩し。
かつがつ驚けることは十分伝はりき。
「楓、妾の手伝ひせよ。かくて自由に死ぬることは許さず」
「拒否権はあらぬかな、うん」
さても、雅は初めてのかたへを手に入れき。
響と別るなり、|同じ五大物なる四体《叶に話しし友ども》の棲まふかたを訪る。
よしをことわると力を貸しき。
物によらば題目いだしすれど、雅はわざとものならず共存に向け進みゆく。
されど、退治屋を心とせる人どもはいと順調とはえ言はざりき。
なほ年ごろ積み重ねこしものは、さ易く崩れず。
「……ここまでか」
さ、小さき声に妾は呟きき。
腹にポッカリと空きし大いなる穴。
年ごろの無理や悪しき、絶えて自然おこたり働けるまじかりき。
止血などすることはあたはず、体温が下がりゆくがおのれにも分かる。
彼奴が治癒を使ふ物どもを集めけめど、一向に傷は塞がらず。
「心をひしと持て!」
昔と同じ、頭にキーンと響く大声。
声やうに視界の隅なるは楓ならむ。
いま、目よく見えず。
「明日はやうやうなんぢらの夢の叶ふ日なり。死ぬるにはいまだ疾からずや」
「さは言ふとも……」
妾は無用なり。
いかでか妖術を使ふことやめさせ、ひしと指示をいだしゆく。
霊術に傷負はせきべく見せたれど、こは妖術なり。
犯人とぶらひはいまだせで構はず。
明日の式典ばかり、史を変ふる第一歩はさらにやり遂げずと。
「楓、妾の代わりを頼む」
彼奴は、誰よりも移ろひの術かしこし。
式典程度ならば、たやすく乗り越ゆべし。
「あな、いと口惜し」
叶の死にしより三百九十六回目の春来たり。
桜を見るたびに、彼奴らを思ひ出す。
叶の遺言なりし『友と幸せに生く』ことは達成せり。
響の死後も、意志を継ぎしものがここまでこころばみき。
半ば、幾度も憂くわりなけれど楽しかりき。
年ごろぶりに桜が清げに咲きて祝へるやと思はば、道半ばに命を落とすことになるとは。
つたなしとしかいはむかたなし。
「四大物になりてなしまひそ。されど、すなはち楓が妾の席に入らむぞ」
「そ、んぞ……我など、なほなんぢには及ばず……」
すすり泣く声きこえき。
いかでか妾は腕持ち上げ、声のする方へと手を伸ばす。
優しく手は握られ、いと安心せり。
「後は任せき。それに悔いず生きたりより死なずと、かの世に殺して……やるや、ら……」
覚悟しおけ。
--- 果ての言の葉や伝へられし、分からず。 ---
妾が地獄に堕つることは定め。
人救ひ続けし彼奴らと会ふことなど、うまじ。
「……ハッ」
いづればかり妾は会はまほしきなり。
地獄への道を歩みたらば遠くに幻覚見えきたり。
巫女服を着し嫗と、見慣れし和装の翁が道遮るべく立てり。
「──。」
声きこえき。
長きほどをふりくれどゆめゆめ忘るることはなく、夢にまで出てくた優しき声と生意気なる声。
思はず、妾は駆けいだす。
転びさうになりつつもゆめゆめ止まらず。
飛びつきし妾を其奴らは、ギュッと抱き締めつつ後ろへと倒れき。
「久しぶりかな、雅」
「死にたればものなれど、すくよかさうに何より」
涙溢れき。
よも会ふべしとは思ひたらざりき、そこはかとなく温かく感ず。
「叶、響、妾はむげなり。彼奴らにさながら任せにけり」
「託しけむ、君は」
「されど明日はやむごとなき日なりしに……」
「グズグズするなど、なんぢはうつろひきかしぃ」
こちたき、と妾は顔を叶へと埋む。
かく喜怒哀楽のしるかりにけるは、人めきしはお主がためならめど。
響は妾見大笑ひせり。
本気に燃やさむやと思へど、辞めおく。
今は再会にいまだ浸りたらばや。
「幸せなりきや?」
さ、叶聞ききたり。
妾は涙を拭ひつつ、精一杯笑ひてみす。
「もとより!」
満開の桜が風に揺れき。
今我──楓は、数百年前ならばゆめゆめ足踏み入るるがなかりし都に来たり。
けふより人と物が手取り合ふ史始まる。
かれの死にしためしはわびしく、犯人憎し。
されど今はその心地をさながら押し殺すべきなり。
さ、幾度もおのれに言ひ聞かす。
我は《《魑魅魍魎の長》》演じ切るべし。
何あふとも動ずべからず。
この式典を、我は任されければ。
「雅様」
「……今行く」
木の床を下駄に歩む音の静かなる都へ響き渡る。
ピタッ、と足を止めし我が目差の先には響の意志を継ぐものありき。
きはより感ずる霊力やうに、放送はうまく行くらむ。
放送といふは、式典のけしきを天下の人と物に見するためのもの。
我は一度深呼吸ししたりより云ひき。
「始めむ」
満開の桜が風に揺れき。
木のてっぺんに、すがらに見こし一体の物のさまが露の間見えし気す。
幻覚なりとも、おほかたかれは何処からかぞ見るらむ。
響と、最強巫女ももろともに見守れば思ふ。
さ考へば肩の力の抜けし気せり。
--- 完 ---