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2話 画面越しの放課後
第2話:画面越しの放課後
1. 浮遊する教室、一人の不在
キーンコーン……と、水晶を叩いたような涼やかな鐘の音が、宙に浮く学び舎「蒼天学院」に響き渡る。
ここは、人々が心に持つ「魔力の種」を育てるための学校。
午後三時半。放課後を告げる合図とともに、生徒たちが一斉に動き出す。
ある者はホウキにまたがり、ある者は光る石を操ってノートを片付ける。その賑やかな喧騒の中心に、サインはいた。
「サイン! 今日も『光術部』の練習行くでしょ? 新しい光の矢、見せてよ!」
クラスメイトの女子たちが、サインの周りに集まってくる。
「もちろん! 今日こそ、的の真ん中を射抜いてみせるよ!」
サインは短く切りそろえた髪をかき上げ、眩しいほどの笑顔を返した。
サインはこのクラスの「光」のような存在だ。彼女が笑えば周りも明るくなり、彼女が動けば空気が弾む。
けれど、サインは知っていた。自分が見せているこの明るさは、精一杯「光術師」としての期待に応えようと、自分を奮い立たせている姿だということを。
ふと、サインの視線が、教室の隅にある「主のいない席」に向かった。
そこには、主の魔力が結晶化したような小さな青い石が、机の上に寂しく置かれたままになっている。
(……るりさん。今日も、席は空いたままだ)
るりは、半年前に「心の光」を失ってから、学校へ来られなくなった女の子だ。
サインは、彼女と一度もしゃべったことがない。けれど、あの透き通るような青い瞳を一度だけ見たとき、なぜか胸が締め付けられるような気がしたのを覚えている。
2. 「ピーナッツサイン」の隠れ家
部活で光の矢を何百本も放ち、魔力を使い果たして帰宅したサインは、自室のベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……。今日も『完璧なサイン』でいられたかな……」
学校での彼女は、みんなを照らす太陽でいなければならない。
弱音を吐くことも、暗い顔をすることも許されない。そんな重圧から解放される唯一の場所が、魔力ネット上の交流場『コトノハ・ガーデン』だった。
彼女は使い魔の小さなフクロウが差し出す水晶版(クリスタル・タブレット)を開く。
ログイン名は、「ピーナッツサイン」。
由来は、彼女が唯一苦手な食べ物である「ピーナッツ」のように、自分も少しだけ殻にこもっていたいという密かな願いからだ。
画面を開くと、真っ先に「このは」の投稿を探した。
あった。一時間前に更新されている。
このは:
「今日は、部屋に迷い込んだ小さな光の粒を見つめていました。外の世界は、あんなに綺麗な光で溢れているのに、私はそれを受け取るのが怖くて、すぐに追い出してしまいました」
サインの指が、冷たい水晶の画面をそっと撫でる。
このはさんの言葉は、いつも少し震えていて、でも、誰よりも「本当のこと」を言っている気がした。
3. 言葉を編む、二人の夜
サインは、今の自分の正直な気持ちを、文字に託す。
ピーナッツサイン:
「光の粒、追い出しちゃってもいいんだよ。暗いところにいたい時だってあるもん。私は今日、学校でずっと太陽みたいに光ってたけど、本当はちょっとだけ疲れて、今、真っ暗な部屋でこれを見てるんだ。このはさんの隣なら、光らなくていい気がして」
送信ボタンを押すと、ほどなくして「既読」の魔法陣が光った。
このはさんが、今、世界のどこかで私の言葉を受け取ってくれている。
その確信だけで、サインの心に溜まっていた「光の澱(おり)」が消えていく。
このは:
「ピーナッツサインさん。……光らなくていい、なんて。そんなふうに言ってもらえたのは、初めてです。なんだか、少しだけ息がしやすくなりました」
「よかった……」
サインは水晶版を抱きしめ、天井を見上げた。
この広い世界で、顔も知らない「このは」だけが、自分の本当の姿を知っている。
画面の向こうにいる彼女が、まさか自分のクラスの、あの静かな「るり」だとは夢にも思っていない。
そして、るりの方もまた、クラスの人気者である「サイン」が、夜な夜な自分に寄り添ってくれる「ピーナッツサイン」だとは気づいていない。
二人の距離は、蒼天学院の教室の端と端よりも遠いけれど。
コトノハ・ガーデンという優しい夜の中では、魂のすぐそばで、手を取り合っていた。