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第八話「癒えぬ傷跡」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
あの痛ましい戦争から、はや一ヶ月が経とうとしている。
あれからシイさんは、フーゾさんのことを一度も話題に出すことはなかった。というより、あの素振りからして…
(多分シイさんは、フーゾさんのことを忘れてしまったんだろうな…)
フーゾさんの葬儀の日、シイさんが放った「フーゾって誰?」という言葉。初めは彼なりに立ち直ろうとしているのかと思ったが、様子を見に来たリンくんから「アイツは本当に忘れてる」と言われてしまえば、それを信じるしかなかった。
すっかり短くなってしまったシイさんの髪の毛が、視界の端で揺れている。忙しなく動く彼は、久々の休暇に浮かれきっていた。
「ね~零くん、ホントにおうちで過ごすの?オレと一緒に繁华街行かないの?」
「何回も言ってるでしょう…また今度一緒に行ってあげますから。今は気分じゃないんです」
「え~?もう、零くんのいけず~!いいもんね、オレ一人で満喫しちゃうもんね!」
「はいはい、楽しんで」
シイさんはむ、と口を膨らませたが、すぐにいつものニコニコとした顔に戻る。フーゾさんがいた時と何一つ変わらない、太陽のような笑顔だった。その笑みに、一人置いていかれたような、寂しい気持ちになる。
古い記憶だが、昔に本で「解離性健忘」というのを見たことがあった。確か、強いストレスやトラウマから心を守ろうとする症状で、いつか記憶が戻る…とあったはずだ。
ただ、それがシイさんに当てはまるのかと言われてしまうと…正直、よくわからない。彼はあの出来事ではなく「フーゾ・ギディオン」に関する"全ての事柄"を忘れてしまっているようだった。
何よりただ忘れているだけでなく「記憶のすり替え」も起きている。シイさん自身は自分の記憶に違和感を持ってはいないが、記憶を失くす前の彼から聞いた話と違うものが幾つかあった。それも、フーゾさんに関することだけ。
それは健忘というより、まるで《《誰かが意図的に記憶を改竄した》》ようで、それが少し引っ掛かる。だが、それだけだ。手がかりも何も、掴めやしない。
(僕にできることは、何もない。…いつもそうだったし、これからもそうなんだ)
今も鮮明に思い出せる、シイさんの悲痛な叫びと、何もできずただ眺めていた、フーゾさんの最期。シイさんと最期に言葉を交わした彼は、安らかな顔をしていた。それはシイさんにしか引き出せないであろう顔で、僕にはできっこないことだ。
肝心な時に何もできない自分が嫌だった。だから変わりたいと思って、シイさんの善意に甘えてここに来た、はずだったのに。
「…やめよう。考えても、変わんない」
ふ、と息を吐く。シイさんの誘いを断った手前罪悪感はあるが、気分転換のために外に出掛けることにした。別に、見つからなければいい話だ。
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「あら、アンタこの間は大丈夫だったかい?死にそうな顔して、ふらふら~って歩いてたけども」
「あ、はぁ…ご心配をおかけしました…?」
「お~い、一昨日はありがとうなぁ。お嬢ちゃんが運ぶの手伝ってくれなかったら、ウチは潰れちまってたよぉ!」
「おじょ…?!…いえ、お気になさらず…?」
「あれ、アンタこないだの子だよな?髪の毛切ったのか。三つ編みも似合ってたが、今のショートカットも良いね」
「ありがとう、ございます…?__三つ編み…?__」
なんか、今日はやけに声をかけられる。しかも、ことごとく人違いだった。初めは妙なこともあるものだと思っていたが、さすがに5回目を越えてからはそれが違和感へと変化するのも無理はないはず。
しかももっと奇妙なことに、人違いだと説明すると、皆口を揃えて「顔も声も同一人物レベルでそっくりだった」と言うのだ。…そしてその後、思い出したかのように「確かに、今よりも背は高かったかも」とも。
(身長に関しては余計なお世話だけど…そんなにそっくりなのは、逆に見てみたい)
好奇心が疼く。ドッペルゲンガーかもしれない、世界中の三人はそっくりというが、ここでもそういうものなのだろうか、もし鉢合わせたら、死ねるのだろうか。
凄く気になる。うん、気になって仕方がない。であればまずは、情報収集からだろう。
(別に、双子を探していると言えばいい話だし。暇潰し程度にやれば、良いよね?)
とりあえず、次から話しかけてくる人に聞いてみよう。そう思い、一歩踏み出した。
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モヤモヤする。寂しい。まるで、大事な忘れ物をしているような感覚だ。
別に、零くんに構って貰えないから寂しい訳じゃない。元からそう言うものだったし、そこが可愛いから、良いのだ。そうじゃなくて、何かもっと大きくて、大切な何かを忘れてしまっている気がする。…あ、零くんも大切だかんね!!勘違いしないでね!!!
はぁ、と息を吐く。久々の休暇なのに、気分はどこか上がりきらないままだった。なんだか、ひどく虚しい。
そう思うようになったのは、多分、オレが髪を切った日からだった。ふとした瞬間に_例えばソファが広いであるだとか、皿を多く出してしまうだとか_そういった時に、どうしようもなく寂しい気持ちになる。ここ数週間のオレは、オレらしくなかった。
オレがそんなだからだろうか、零くんもリンも、軍の部下達も皆、ここ最近はやけにこちらを伺うような視線を向けることが多いのだ。心配して貰っている対して、喜びもあるが…何より、申し訳ない気持ちになる。
これも全て、オレが何かを忘れているような気がしているからなのだ。その"何か"さえ分かれば、きっと元に戻るはず、なのに…
「"それ"が中々思い出せないんだよなぁ……」
はぁ、と大きなため息を吐く。ぼんやりと繁华街を眺めていると、大きな龍の看板が目に入った。あれは、ここらで信仰されている自然の…
「…あっ、師匠だ!!」
(そうじゃん、あの人ならきっと何とかしてくれるよ!そうでなくとも、話くらいは聞いてくれるはず!オレってば冴えてる~!)
天才的な自分の思い付きに称賛を送りつつ、あの看板を出していた知らん店に心の中で感謝をする。あの店が何なのかは知らないし、そもそも店かどうかすら分からないが、とにかく助かった。
善は急げという零くんの言葉のように、思い付いてからすぐに、師匠のいるであろう場所へと向かう。
師匠というのは、オレが昔研究所にいたときに引き取ってくれた人だ。といっても、ただのヒトじゃない。
(たぶん)彼の名前はリー。ただのリーだとあの人は言っているが、その正体はここらで最も有名な神様の一柱である「自然の神リー」だ。まぁ、あの神話では彼は一貫して龍の姿で描かれているが、実際はヒトと同じ形をしている。オレといっしょだ。
師匠は偉い自然の神様だからか、同じ神様同士での交流がとても多い。彼らの縦の繋がりではなく横の繋がりといった感じの雰囲気が、オレはとても好きだった。
そんな師匠から、前に「記憶の神」という友達がいると聞いたことがある。確かに神話にも登場していたし、そこでは記憶を消したり逆に甦らせたりと、自由自在に操っていた。なのでオレは、記憶の神様なら自分の記憶も甦らせてくれるのではないか?という仮説を立てたのだ。
もし駄目でも、まぁ、その時は悩みを聞いて貰って、ついでに豆知識か何か教えて貰えばいいなぁ、という逃げ道も作りつつだが。
道すがら、幼少の記憶を甦らせる。師匠はなんだかんだ言ってオレには甘かったし、優しかったし、おしえてって言ったら大体のことは教えてくれた。確実に愛されているに違いない、とオレは思っている。
何回か愛弟子って言ってくれてたし、多分何とかしてくれるだろう。だって、師匠だし。頼れる物には、頼れるうちに頼っとかないと。
「駄目じゃ、教えられん」
「そ、そんな~…!!」
開始早々、凄い勢いで断られてしまった。さすがにアポ無しで行ったら断られちゃうか、と少し反省する。これはオレが悪い。ならば、とりあえず話でも聞いて貰おう。
師匠はいつでも話しにおいでって言ってたし!これなら別にオレが悪くなることはないよね!
「じゃあししょー、ちょっと聞いてほしいことがあんだけど…」
「駄目じゃ、聞けん。悪いが帰ってくれ」
「えっ…?!!!」
完膚なきまでに断られてしまった。いや、これに関してはおかしいだろ…?!!
「な、なんでぇ???だって、ししょーオレにいつでも話に来いって…」
「こればっかりは駄目なんじゃ、すまぬ」
「そ、そんな…そしたらオレ、どうすればいいの…?!!」
◇To be continued…
【次回予告】
「どうせなら、覚えときたいんだよね。恋人のこと」
「…愛しく想っている者がいないというのは、辛いのじゃぞ…?」
「僕もまた、あなたと同じ落安零だからですよ」