公開中
25 もう一人の登場人物 (後日談)
設定集的な側面もあり。
前半は秘密の会合。後半から伝承を振り返りつつ、どうして〇〇〇があのようなことをしたのか、その核心に迫ります。
『風』はいつでも吹いている。ここでは無風でも、別の離れた場所では吹いている。風が無くなることはあり得ない。それはこの星が自転を覚えたころから不変になっている。
だから『風』は神様である。
――と人間たちから見られている。
たしかにそのような見方もできる。風自身、いつから存在しているのか覚えていない。長い間、風が吹いていたからか、意識を持ってしまったのはいつからなのだろう。風は自問する。この星が自転するようになった頃か、あるいは海が渇いて一部が露出した、いわゆる『陸』が出来上がった頃だろうか。
どちらにしても人間たちがこの星を埋め尽くすどころか生まれる以前の話になってしまう。それでも風にとって、神様だと思われたくなかった。だって、この世界に神様なんていないと思っているから。
人間たちが神だと思っている〝神様〟側は、自分たちは神様だと思ったことはない。神と呼ばれる次元は別に存在するだろうが、この世界にはそういった存在はいない。
だから、人と神との間に格差が生じる。……そう風は結論付けている。
★
≪やあ≫
とある日。彼はやってきた。まるで行きつけの喫茶店を見つけた感じの気安さで、呼びかける。
目の前には祠があった。その周りにはちょっとした空間。ここにはそれだけしかない。
少し前までここは湖になっていた。彼の知り合いがキレて、この地帯に雨を降らせたのだ。
またかよ、と思ったのだけれども、その原因を作ったのは彼自身だろうとは思っている。
この祠にはとある人形が住んでいる。その人形は意志を持っていて、自分としゃべることができる。あまりないタイプの不思議な人形だった。
その人形くんが燃やされそうになることを知ったため、彼の|旧《ふる》い友人である『彼女』に知らせることにした。
雨を司りし彼女は、案の定、地を震わせる勢いで怒った。それを見て、素直にやべぇなと思った。
このままだと一部が『陥没』するだろう。
水の重みで土地が陥没すれば地の底が見えるようになり、そこからめくりあがった溶岩口から火山灰のごとく地底より空高く打ち上げられ、放物線を描き、冷やされて固まった隕石群が陸地に降り注ぐことになる。
だから、一足先に人形を救いあげることにした。これは単独行動である。わざわざ知らせておいて、勝手に助けたのだから、彼女からすれば彼に〝邪魔された〟ことになる。
まあ、〝人形くん〟には、彼女を怒らせたのは君のせいだからね、と言っておいた。彼女の興奮状態からなだめる方法は数千年経っても確立されていないが、多分何とかしてくれるだろう。どうしてか彼女は人形にぞっこんだったから。
そういうわけで、彼は祠の前に現れるまで時間を要した。無論、彼女から逃げおおせたから、こちらに来ることができている。
いやー、彼女単体ならまだしも、雷は喰らいたくないからなー。痛いんだよあれ。実体がないのに、どうして貫通してくるんだろうね。これが『太古の神』たる所以か。
地球何周もかけて逃げ回ってきたので、休みたくなった。だからここに来た。いい感じの|窄《すぼ》まりに腰を下ろしたくなる。彼女はいないようだ。
風を読んだ。……なるほど、北九州にいるらしい。まあ大丈夫だろう。
しかし、あれから一か月ほどが経過している。いつもなら祠の前からひょっこりと、または鳥居の上に座ってむすっとした顔を見せるのだが、タイミングが悪かったようだ。
≪……いないのか≫
彼は落胆した。そのまま帰ろうとした。
そういえば群馬に寄らなくてはいけない。群馬には別の友達……〝炎の化身〟がいる。彼にドンマイっと労いの言葉をかけてやろう。住処が湖の底に沈んでしまってさぞかししょんぼりしていることだろう。
そう霧の濃さを薄くしようとしたとき。
「やあ」
と声が返ってきた。彼にとっては不意を突かれた感じだった。
「どうしたんだい。『やあと私が言ったら、君もやあと返す』。これが私とのルールだろう?」
彼は霧を広げた。彼には目がないが、霧がある。霧と触れるものはすべて、感知する。
その声の主は隠れていなかった。祠の前にちょこんと座っていたのだ。
声の主は、黒猫だった。ノラネコだろうとは彼には思えなかった。
≪ああ……、ようやく戻ってきたみたいだね≫
黒猫は前足で頬を掻いた。「まあね。私もここまでかかるとは思わなかったがね。どうやら『転生』の仕方をミスってしまったようで」
≪そうかい≫
「寂しかったろう?」
猫は聞き、彼は答える。≪……なわけ≫
猫は、にゃあとひと鳴きしてから、地面に猫の目を這わせる。
「ああ、まったく祠を粉々にしてしまって……。《《私》》の祠なんだぞ?」
≪別にいいじゃないか。腐ってて、もう持たないだろうと思ったんで、つい≫
「『つい』って、そういう問題じゃないだろ」
≪どういう問題?≫
「言わなきゃわからんようだな?」
それから彼と『猫に転生した存在』は楽しげに語りあった。積もる話はいくらでもあった。思い出す必要もないほど鮮明に浮かび上がる。それと同じだった。
軽く話すだけで半日があっという間に過ぎた。そんな最中、出てきたのはあの人形のことだった。
≪最初は君が転生した姿だと思ってたんだよ≫
猫は彼が話すことを聞いていた。
≪祠の前の鳥居の下に立っていてね。前に来た時にはいなかったから、ああ、そういうことかと思ってしまった。けれどそれはただの勘違いだったみたいだ。こんなか弱い子猫になって現れてくるだなんて、想像できない≫
「子猫で悪かったな」
≪でも似合うよ≫
猫は苦笑した。
「似合うも何も、ねぇ」
≪似合う似合う。いつも酒瓶を口にひっかけてる、赤い顔した〝天狗〟よりは、今のほうが似合うよ≫
「ふうん。まあ、誉め言葉として受け取っておこう」
しばしの沈黙。
積もる話はいくらでもあるのだが、手軽に引き出せる共通の話題としてあの人形について語るのがちょうどよかった。
「君は嘘をついているな」
彼は少し面食らった。
≪何の話?≫
「あの人形のことさ。彼女、いや彼と言った方がいいのかね。少し前に燃やされそうになったといっただろう? その時のセリフが少々気になってね」
彼は確認した。≪へえ、気づかなかったな。その時いただなんて≫
「とぼけなくていいんだよ。|人形《かれ》に〝風のいたずら〟を付けたのは、私に聞かせるためだろう?」
彼は笑った。≪そんなことないさ。ついさっき、君が猫になっていたことを知ったんだから≫
「ならどうして今日来た? 人形が今日いないことくらい、君にはわかるだろうに」
≪そこまでの力はないけどね。……まあ、そういうことでいいよ≫
先に促す。≪で、どういうこと? 俺が嘘をついているって≫
猫は話した。
「『神様は嘘をつかない』というだろう? でも、神様は嘘つきなのさ」
★
「『神は嘘をつかない』。これは神は正直者という意味ではなく、二つの意味がある。一つ目は『聞かれていないことは教えない』。嘘はつかない代わりに聞かれなければ本当のことは言わないという意味。
そしてもう一つ。『神が言ったことはすべて現実になる』。だからほかの神々は君のように話さないでいる。最低限のことしか話さなかったり、不用意な言葉を発さないように無口に徹したり、あるいは「神が言ったこと」なので自分が言ったことだとは言えないからと理由を拵えて、自らの力を人の領域までランクダウンさせたりしてしまう」
≪長々と言って。何を言いたいんだい≫
「くくく」
猫は面白そうに喉を鳴らした。
「あの時人形にこう言ったようだね。『火をつけた後、颯爽と降りる、白装束の姿』を見たと」
≪神宮寺、だったかな。ああ、そうだよ。もう一度言おうか。祠に火をつけたのは『神宮寺』だよ。これが、嘘だと君は言いたいのかい?≫
「ああ、その通り。この文にウソはない。けれど君は嘘をついている。君はこのうちの前者だと分類されると思う。『聞かれていないことは教えない』」
≪そういうことならぜひとも聞かせてほしいね≫
「――ふ、君だって心の中では気になってるのだろう?」
猫は続けた。
「『どうして神宮寺は祠を燃やすことにしたのか?』」
★
「でも、そういう君だって分かっていないんだろう? |人形《彼》に思わせぶりな態度をとってさ。未熟な神だというのに、すべてを分かった気でいる。
『どうして神宮寺は祠を燃やすことにしたか。』この言葉に嘘はない。けれど、本当のことは言っていないね? 君は」
彼は実体がない分、有利のはずだった。けれど、『|猫に転生した存在《目の前の神》』からすれば、すべてがお見通しなのだろう。
≪教えてくれるんだね、この様子だと≫
「ある程度は。……とはいえ、予め断っておくんだけどね」
猫は祠の台から降り、霧に近づいていく。
「前提を確認させてほしい。
神のみが知り、人間は分からない。それはよくある。現に人間はどんなにあがいても100年かそこらしか生きられない。神はその期間を優に超える時間を過ごしてきている。しかしゆえに逆もあるということを。
今回のように、人間のみが知り、分かり、行ったこと。それらの根本的な行動理由が神には分からないことがある。疑問を持つことがある。しかし、それを神は知ることもできる」
≪分からない、ということを知ることができる……だろう≫
「ああ、その通り」
猫は話し始めた……
「軽く時系列を遡ってみようか。君と話していた頃、人形が連れ去られる前のことはあまり関係がないから置いておこう。出番がなくてすまんね。肝心なのは連れ去られた後のこと。『スタジオ』と呼ばれる所と、『じゃらくだにの伝説』、そして『霧にむせぶ群馬と人形供養』、『神宮寺という存在』。この四点だ。まあ『スタジオ』のことは……」
少し見る。
「なにかきな臭さがあったのは事実だろう。現に『殺人事件』が起きたことだし。はっきり言ってこの辺りのことはよく分からない。だからあとでさわりだけ触れるだけにして、今は置いておこうと思う。
さて、どこから話をつけようか。なにせ人間社会とは複雑すぎて手に取るのは気が引けるのだが」
≪いいよ、気にしないで。好きなだけ話したらいい≫
「なら、お言葉に甘えて。『じゃらくだにの伝説』からいこうか。『風のいたずら』によって、当然|君《・》も知っていることだしね」
---
※ ここからさき、設定集的文章になります。
途中まで作者が降臨し、地の文が手抜きになります。
---
・『じゃらくだにの伝説』
結論から言えば、大事なのは|諸相《しょそう》という坊主が出てきた辺りからです。そこからガラリと物語の雰囲気が変わります。前半はご神体は人形であるという説明的なものです。
登場人物は主に二人で、諸相という坊主とその親の神主(諸相の父親)がいます。あとは人ではありませんが寺のご神体「人形のしゃらく様」です。
諸相は寺から盆地の集落と隣の村を見下ろし、隣の村のほうが干ばつにあえいでいると誤解しました。
実際は父親が何度か外に出て、隣の村にある地下水を分けてくれと頼んでいるようで、実際に困っていたのは自分たちの村の方だったのです。だから父親は離れにあるご神体「人形のしゃらく様」に念仏を唱え、雨を降らせるように願っていたのです。
……それを息子の諸相に見られていたとは気づかずに。
そのため諸相は、なお勘違いをし、隣の村に雨が降らないのは人形のせいだと思い、人形を壊そうとしました。
結果、天罰が下り隣の村ともども雨に流されてしまいます。ご神体「人形のしゃらく様」は自由の身となり、行方が分からなくなりました。
『じゃらくだに』とは、ご神体である「しゃらく様」からきており、そのまま地名にもなっている「しゃらく地方」が、天罰により雨の重さにより沈降していってできた「しゃらく谷」がなまって『じゃらくだに』となっています。
一応言っておきますが、『じゃらくだにの伝説』はすべてAcrossの創作・一から生み出されたフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ないことをここに付言しておきます。
※作者的補足
「じゃらくだに」の由来は、広島県にある「|八木《やぎ》 |蛇落地悪谷《じゃらくじ あしだに》」から来ています。
https://ameblo.jp/dewisukarno/entry-11915531683.html
---
・『霧にむせぶ群馬と人形供養』
ご神体「人形のしゃらく様」がお怒りになったことで、寺は流され、離れもなくなりました。残ったのはご神体があったとされる空箱だけ。諸相はこれを悔やみ、すべての財産を使って箱を祠へと改造しました。天井から格子戸の裏に至るまで、すべてに金箔が張られている。その内装の豪華さが諸相の|忸怩《じくじ》たる思いが如実に表れています。
諸相が没し、現代へと時は進みます。ある人物が人形供養を始めることになりますが、その人物こそ物語で出てきた『神宮寺』となります。『神宮寺』は諸相が生涯にわたり遺したとされる書物を漁り、「人形のしゃらく様」が日本のどこかにあるのではないかと思い至ります。そして人形供養をすることで、過去の汚れた清算を図り、そのまま行方知れずとなった「人形のしゃらく様」が手に入るかもしれないと思うようになります。
人形供養とは、要らなくなった人形を各地から募集し、それを供養することになるのですが、『神宮寺』は自分だけの力だけでは「しゃらく様」には会えないと悟り、今まで番組出演を拒んでいたテレビ局へと足を運ぶことにしました。『神宮寺』は40年もの間人形供養をし続けて、どんな呪いの人形でも供養することができるとされる伝説の人物と化していました。
---
・『スタジオ』
テレビ局では昨今のテレビ離れにより視聴率が芳しくありませんでした。スポンサー企業も今はいてくれるが、コンプラ、コンプラと過激なことはできないし、どうすればいいのか考えていました。そんな時、『神宮寺』がテレビに出たいと考えていることが伝わります。上層部は歓喜に荒れ、連日連夜ビールで祝勝会をするほどになります。しかし、OKを出したはいいものの、肝心の心霊ものは視聴者には刺さりません。特定の視聴者には刺さりますが、数字が撮れるかと言えば微妙なところ。
手足のように使うスタッフたちには、呪いの人形にふさわしいものを探し出してこいとは言いましたが、それで若者の心がつかめるのかといえば、これも微妙な所。
というわけで、若者にも人気な「ハイランド」をゲストブッキングすることにしました。しかし、彼は平気で大金を使う代わりに横柄な態度をとるということで、テレビ業界のみならず芸能界のつまはじき者として半ば干していたわけでした。ハイランド側はというと、すでに後退の一途をたどっていた自分にこんな番組にオファーが来るなんてプライドが許さなかったのです。しかし、上層部からハイランドのマネージャーに多額のギャラを振り込まれると知り、ハイランドは出てきました。
「言っておくけどな、俺は|お金儲けのため《・・・・・・・》にこの番組に出たわけじゃない。そこの、マネージャーの口先で仕方なく、だ」
というセリフは、現状回復の手段として取ってしまった心の裏返しの言葉となります。
さて、ハイランドをゲストブッキングしたのと同様に、『神宮寺』にも出演条件として交換条件がありました。それが
・呪いの人形を差し出す代わりに「ハイランド」を殺す手伝いをしてほしい
というものでした。殺す動機については省略します。ハイランドに多額のギャラって、それってどこからのお金なんでしょうね、ハイランドを干すと決めたのは一体誰なんでしょうね。その金がある種の『手切れ金である』と思っていただければと思います。
『神宮寺』は「人形のしゃらく様」を手に入れられるのであれば別に些末なことであると考え快諾。作者にもよく分からない技法で殺してしまいます(ミステリー小説じゃないのですみません…)。
こうして『神宮寺』は人を殺す手伝いをしたということで「人形のしゃらく様」と思われる人形を手に入れ、改心した諸相の代に贅の限りを尽くしたような金箔の祠に戻したのですが……
---
・『神宮寺』という存在
以上のことを踏まえて、『神宮寺』について考えてみます。
傍から見ると今の『神宮寺』は「人形のしゃらく様」のためなら血を汚してもよいと考えているようにしか思えませんが、事実諸相が遺した書物を読んで、その遺志を継ぎたいと考えているのも事実です。人形供養を始めたのはその書物を読んだことがきっかけでした。それで神社・寺が繁栄し、参拝客が現れるようになった。群馬の山奥です。普通来る場所ではありません。これは『神宮寺』の功績にほかなりません。
ある時『神宮寺』はテレビに出ると言ってきました。そしてカメラを連れて、撮影をした。人が変わったかのようだ。
人形も連れ帰った。これがご神体であるとする。今までご神体は無かったが、今戻ってきたのだ。そう『神宮寺』は言ったのだと巫女たちに厳命しました。しかし、その事実を巫女と一緒に聞いた、今までまったく|知らなかった者《・・・・・・・》からすれば、どのように思うでしょうか。
まるで諸相が父親のことを誤解していたように。
身近にいながら、近くでいながら『神宮寺』のことを見て育ったものが、祠に近づき、火を放ったとしたら?
そして同じく、その者に天罰が下ったとしたら?
「呪」にて、このようなセリフがあったと思います。
「あなたの愚行は、信心深い父親に免じて水に流してあげる。でも、そんなに平等な雨が欲しいのなら……」
これは、誰に向けての言葉でしたか?
★
「つまり私が思うに、『神宮寺の息子』が火を点けたのではないかと思うのだよ」
猫は長台詞を言いきり、顔を洗うようにこすった。霧が目の中に入ったように目元をこする。
「だから君も見間違えた。そもそも君は神宮寺を見ていないからね。姿は分かるだろう。服装も分かる。でも顔の細部までは分からない。それを逆手にとって、人形に言ったのさ『神宮寺が火を放った』のだと」
猫は身体の伸びをして、それから去ろうとしていく。「さてそろそろお暇するとしようかね、今の私は『飼い猫』なもので。また会おうか」
≪……ああ、そういうことにしておこうか≫
それで秘密の会合は解散となった。
霧は晴れていき、霧散していく。風の音すらも聞こえない|満目蕭条《まんもくしょうじょう》たる祠の雰囲気が立ち戻っていく。
静かになりゆく祠の前で、かつての人間が昔話をし始めた。これは霧の残渣が魅せる幻想。
朗読する。今は昔、祠と参道在りけり……
――。
末尾になりますが、追っていただいた方々、本当にありがとうございました。