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第二話「慈悲の心」
ジリリリリ。
そんな音が聞こえた私はゆっくりと寝返りを打つ。
手をバタバタと動かしながらスマホを探してみるけど、全く見つからない。
「……ちぇ」
仕方なく体を起こして、ふわぁと体を伸ばす。
まだスマホの目覚ましは鳴り続けているというのに、同室の彼女は起きる気配がない。
あまり朝が得意じゃないもんな、|紅葉《くれは》。
私は目覚ましを止めて洗面台に向かう。
そして洗顔や歯磨きを済ませて戻ってくると、常夜灯では無くなっていた。
「……結衣」
「珍しいじゃん、こんなに早く起きるなんて」
おはよう、って冷蔵庫から水を出して渡す。
私はパソコンを起動して、今日の放課後にやる予定の仕事を少しでも進めたい。
時刻は七時前。
三十分後に本部を出るなら本当に少ししか出来ないな。
でも、紅葉を起こす任務がないだけマシだよね。
「朝ごはん……」
「あー、そう言えば買い出しに行けてないんだった」
共同スペースに行くしかないよな。
パソコンを閉じて、私は制服に着替えることにする。
二度寝する前に紅葉も着替えさせて、学生鞄を持った私たちは部屋を出た。
少し歩いていくとテレビの音が聞こえてくる。
誰かがもう共同スペースにいるのだろう。
「おっはよー!」
朝からハイテンションな声が響き渡った。
この人はどうしてこう、いつもテンションが高いのだろうか。
「おはようございまーす」
適当に返事をした私は柊木さんの隣に紅葉を座らせ、キッチンへと向かう。
お米は昨日の残りがあって、冷蔵庫を見てみると卵があった。
私も紅葉も、生卵は得意じゃないから何かしら加熱しないといけない。
フライパンは洗ってあるから、さっさと作っちゃおう。
「……よし」
小さな器に卵を五つ割ってかき混ぜる。
そこに少しだけ砂糖を入れて、甘めに仕上げるのが私──朝日結衣流。
混ぜ終わったら専用のフライパンへと油を注ぎ、全体に伸ばしていった。
ゆっくり卵を流し込み、プツプツしたら巻いていく。
「紅葉、早く食べて学校行くよ~」
「うーん……」
自分で起きたかと思えば、やっぱり二度寝しちゃうか。
どうにか紅葉に食べさせていると、柊木さんも何故か卵焼きを食べていた。
まぁ、その予定で卵を五つ使ったから別にいいけど。
代わりに洗い物は任せよう。
もうそろそろ出たいけど、紅葉が半分寝てる……。
「二人とも間に合う?」
「大丈夫、だと思いたいです」
「……随分と変わったよね、紅葉ちゃん」
確かに、柊木さんの言うとおりだ。
出会った頃の紅葉は壁を作って、決して誰にも本心を見せようとしてなかった。
紅葉の過去に関係している、ということは知っているけど詳しいことは知らない。
「昔なら、こんなに人前で気を抜かなかったよ。それこそ敬語の似合わねぇ奴みたいにな」
「貴方こそ気を抜いてないでしょ、現在進行形で」
げ、と振り返った柊木さんの後ろに立っていた人影。
海外出張から先日帰って来た望月さん。
この二人は幼馴染らしいけど、物凄く仲が悪い。
なんでこんなに悪いんだろう。
口喧嘩している二人の先に見えた時計を見て、私は思わず立ち上がる。
「学校!」
現在時刻、七時五十分になるところ。
つまり本部を出る予定の二十分も過ぎている。
始業まで残り一時間を切っている。
完全に遅刻ですね、はい。
もう紅葉は寝ちゃったから一時間目は諦めるしかないんだけど。
私がそんなことを考えながら座ると、声が聞こえた。
「俺のせいで話し込んじゃったからね」
メンゴ、と手を合わせた柊木さん。
本気で殴っても良いのではないのだろうか。
「ふぎゃ!」
げんこつの落ちてきた柊木さんは頭を抱えていた。
痛そうだと思ったのと同時に、ざまぁとも思ったのは仕方がないと思う。
私は紅葉をどうにか起こしていると望月さんの手元で何かが輝いた。
「送ってくよ。今日は出動順位が下の方だからね」
貴女は神か。
思わずそう呟いてしまいそうになった。
感謝を伝えた私は紅葉を背負い、荷物は持ってもらう。
本当にありがたい。
もし、望月さんが海外にいたら絶対に出来なかったことだ。
「シートベルトだけお願いね」
「はい!」
望月さんの車に乗り込んだ私はそう、返事をした。
---
「……眠い」
「あれだけ寝ておいて、そんなこと言う?」
眠いものは眠いのだから仕方がない。
黒板の上にある時計は午前の授業の終わる時刻から、少し過ぎた頃を差し示していた。
昼休みということで、あちこちから人の声が聞こえてくる。
仲良く昼食を取ったり部活動をしたり、それぞれが充実した昼休みを送っていることだろう。
「ほら、とりあえず食べよう?」
今朝望月さんが送ってくれたとき、コンビニに寄って買っていたメロンパン。
このお金も後で払わないとな。
そんなことを考えながら私は黙々と食べるのだった。
午後の授業が始まり、人によっては退屈な数学の授業。
窓側、しかも最後列の席だからかクラスの様子がよく見える。
寝ている人も少しだけいるようだ。
ふわぁ、と私は欠伸をする。
昨日は夜に任務が入ったから、学校だというのに早く寝れなった。
それに、中学の頃の夢を見たのも悪い。
中々寝付けなかったせいで今日の朝はいつも以上に動けず、結衣にも迷惑をかけてしまった。
計算の途中、ふとスマホを見てみると画面が光っている。
「……此方No.27、慈悲の魔法使いです」
『普通に学校の時間なのにごめんね』
いえ、と私は通信相手である櫻井さんに告げた。
最近は望月さんが帰って来たから呼び出しが減ったかと思ったけど、出動順位は別に変わってないんだよな。
因みに今日は勤務中、私、非番の順番で仕事が振り分けられる。
二年前──私が16歳の時は順位が一番低かった。
学業優先、というのがリーダーの考えだったからだ。
「すぐ向かいます」
相変わらず先生もクラスメイトも笑顔で送り出してくれる。
でも、結衣は少しだけムスッとしていた。
私の担当オペレーターとはいえ、学校があるから毎回サポートに入れるわけではない。
卒業したら今までの分も、と結衣はよく言っている。
約束を守るためにも、私は今日も無事に帰ってこなければならない。
「さて、現場の情報は──」
スマホから浮かび上がった地図を見て、一瞬だけ呼吸が止まった。
もう、決して行くことはないと思っていたのに。
『……紅葉ちゃん』
「謝ろうとしているなら、止めてください。別に私は大丈夫なので」
驚きはしたけど、そこに魔物がいるのなら私は向かうのみ。
魔法使いとしての責務を全うする。
もう見る必要のない地図を閉じた私は、現場へ向かうのだった。
---
「……悪いことしたな」
マイクがオフになっていることを確認して、私は小さく呟いた。
それが此処のやり方だったとしても、紅葉ちゃんを向かわせたことは間違いだろう。
非番の誰かに頼んだ方が良かった。
「まさか、紅葉ちゃんの通っていた学校に出るなんてね」
あの子は今、普通の高校に通っている。
しかし、元々は中高一貫校に通っていた。
クラスメイトは全員持ち上がりのはずだし、紅葉ちゃんにとって本当に酷でしかない。
新しい魔物が出たときの為に、もう非番の彼らは動かせない。
戦闘中の誰かが、少しでも早く向かってくれることを願うしかないか。
『現場に到着しまし、た……?』
「どうかしたの?」
『魔物が、人を取り込んでいます』
画面には蔦が生徒たちを捕まえている様子が映されている。
こういう場合は、魔物を傷つけると取り込まれた人も傷つく。
まずは救出が最優先にされるけど、こんなのどうやって助ければいいのだろうか。
「まずは結界で閉じ込めろ」
そう、低い声が聞こえた。
私が横を見ると、そこにはリーダーがいた。
---
『見た感じ、その魔物はまだ誰一人殺していない。何が目的かは知らないが、被害を抑えろ』
あの人の言うとおりだ。
本家には劣るけど、同じ補助魔法だからか結界はそこそこの強度で張れる。
何重かにすれば多少は時間が稼げるよね。
「魔方陣展開」
急いで結界を張ろうとするけど、視界の隅に逃げる学生の姿が映る。
魔法はそのまま、箒を上手く操ることで救い出した。
急いで作業に戻ろうとするが、予想外のことが起こった。
「──紅葉?」
夢で何度も聞いたその声。
パリン、と描いていた魔方陣がガラスのように散った。
キラキラ輝く破片は、まるで雪のように消えていく。
呼吸が止まったような気がする。
上手く息を吸えない。
『紅葉ちゃん!』
蔦が背後に迫っていた。
どうにか避けた私は落ちるように地面へと距離を縮めていく。
ギリギリ止まることは出来たけど、最悪だな。
箒が今すぐにでも壊れそう。
「紅葉! 何で《《まだ》》魔法使いを──!」
パリン、と蔦が簡易的に作った障壁を破ってしまった。
まるで生きているようにうねる蔦は、私たちを捕らえようとしてくる。
取り込まれた人がどうなるか予想がつかないから、今すぐにでも結界を張りたい。
でも今のままだと、彼女たちを中に閉じ込めてしまうことになる。
結界を張り直すまでに必要な時間は五分前後。
それまでに逃がすだけではなく、一人でコイツを相手しなければいけない。
「無視するんじゃないわよ!」
「魔法使いは私たちを守るのが仕事じゃないの!?」
「早くアイツを倒して!」
三人の声が、頭の中で響き渡る。
ただでさえ焦っていることで思考がまとまらないのに、集中出来ない。
目に涙が浮かび、今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
《《あの時》》もそうだった。
中学校入学。
受験はとても大変だったけど、沢山勉強をして無事に合格することが出来た。
同じ学年にはテレビで見ない日は無いほど有名で、万人に愛されているアイドルたちがいた。
もちろん学校でもそれは変わらない。
いつも中心にいて、勉強も運動も出来るし人柄も良かった。
「赤松さん、だったよね」
二年生になって彼女──|上村奈々《ウエムラ ナナ》がリーダーのアイドル三人組と同じクラスになった。
ハイレベルな学習に付いていくにはしっかりと勉強をしなくてはいけない。
その為、私はあまり彼女たちと関わらなかった。
「紅葉ちゃんって呼んで良い?」
「……大丈夫」
「ありがとう!」
突然に話し掛けられ、下の名前呼び。
最初は驚いたけど、誰にでも同じ接し方だからそこまで気にしてなかった。
「……。」
二年生になった私は魔法使いになる素質があることが分かった。
別に隠しているつもりはなかったけど、自分から話してはいない。
クラスの人たちにバレたのは、以外と早かった。
リーダーが学校側に一応言ったらしく、歴史の教師であった担任からその話を振られた。
現代社会の授業で魔法使いが出てくるのは仕方がない。
「私が魔法使い嫌いなの知ってるよね」
「……まぁ」
テレビでも良く言ってるし、魔法使いを嫌う人は意外といる。
特に対応が遅くて命を落としてしまった被害者の家族。
魔法が使えても、全員を救えるわけではない。
この日をきっかけに、私と話す人はいなくなった。
特に目立ったイジメは行われない。
けど、彼女たちより勉強も運動も出来るようになった。
少しずつ私は孤立していく。
別に悲しくはなかった。
でも思った以上に心は傷ついていた。
「──紅葉?」
ピクッ、と肩が一瞬上がる。
私は顔を上げて、笑顔を作った。
両親を心配させるわけにはいけない。
あの学校に入りたい私のために、今も仕事を頑張ってくれている。
「もし何か困っているなら話してちょうだい」
「大丈夫だよ」
「自分では気づいてないと思うが、顔が暗いぞ?」
そんなことない。
言葉を紡ごうとしても、喉に詰まって声が出なかった。
「……そうだ!」
お母さんが立ち上がって二枚の紙を持ってくる。
職場の人に貰った遊園地のチケット。
もう昔みたいに純粋に楽しめる子供じゃない。
「紅葉さえ良かったら、久しぶりに家族でどうかな?」
でも、魔法使いとして私は休日は前線に立つ予定だ。
魔物もいつ現れるか分からないこの世の中、日々を大切に過ごしたい。
思い出を沢山作りたい。
そう思った私は、次の日曜日に行くことにするのだった。
「……。」
そこまで天気は良くなかった。
でも、この時期にしてはちょうど良い温度で過ごしやすい。
「お化け屋敷!」
「ジェットコースター!」
お母さんとお父さんが何処に行くかで言い争っている。
私的にはどちらも行けば良いと思う。
面倒くさいからホラー要素のある室内のジェットコースターに乗ることにした。
「年甲斐もなく楽しんじゃったわね」
「本当にな」
「二人とも楽しそうで何より」
あ、と両親は顔を見合わせる。
私を元気にするために、と遊園地のチケットをわざわざ仕組んだらしい。
職場の人に貰ったという嘘をついてまで、私のことを一番に考えてくれている。
それがとても嬉しい。
「あ、あのさ」
「ん?」
「……チュロスが食べたい」
少し恥ずかしいけど、二人が嬉しそうだからいいか。
そんなことを考えていると、地面に何かの影が映っていた。
屋台を包み込むほどの巨大な影。
上を見ると、そこには緑色の何かがいた。
ファンタジー小説とかでよく見る、プルプルとしたその姿はまさに《《スライム》》。
「……そんなことを考えている場合じゃない」
「ここで待ってろ、紅葉」
チュロスを買うために並んでいたお母さんの所へ走っていくお父さん。
落下してくるスライム。
通報しようとスマホを取り出している間に全てが同時に進んでいく。
お父さんがお母さんの手を引いて此方へ向かってくる。
間に合うように爪の痕が残るほど、グッと神に願う。
「紅葉!」
逃げろ、というお父さんの声が最後まで聞こえることはなかった。
目の前に緑色の壁が現れて、地面は赤く染まっていく。
「──ぁ」
お母さん、お父さん。
涙がポロポロと溢れて止まらない。
辺りからは悲鳴が上がって頭が痛くなってきた。
『紅葉ちゃん、皆が向かってるから負傷者の手当てを頼める?』
「さ、くらいさん……お母さんと、お父さんが死……」
『──!』
どうしたらいいか、分からない。
思考停止した私に追い討ちを掛けるように上村さんたちが現れて、魔物を倒せと言う。
どうやらロケ中だったらしく、三人とも衣装を着ていた。
「で、出来ない……」
回復しか出来ない私じゃ、魔物退治なんて出来るわけがない。
どんどん責められ、目に涙が浮かぶ。
「戦えないなら、魔法使いなんて辞めなさいよ」
もう、限界だった。
私はその場から逃げ出して、ずっと瓦礫の影に隠れてこの日をやり過ごした。
翌日に教室へ行くと、イジメは酷くなった。
あの後、三人は魔物によって怪我をしたらしい。
学校には来れるが、暫くはアイドルとしての活動は停止。
「……。」
イジメの内容は物が無くなったり、机に花瓶が置かれていたりなど。
よく漫画とか小説とかで見るやつだった。
それから私は中学部を耐え、魔法部隊を理由に全く違う高校へと入学した。
全員、そのまま高等部へと進むので顔を会わせる心配はない。
そう思っていたのにな。
『やっぱり、今からでも他の人を──』
櫻井さんの声が聞こえてくる。
私の返事を聞くことなく、近くにいるであろうオペレーターへと指示を出していた。
現在待機中の魔法使いは何人いるのだろうか。
『赤松』
「……何でしょうか」
『過去を振り返っても構わない。だが、今しなくちゃいけないことは何だ?』
リーダーの言葉に背筋が伸びたような気がした。
私は涙を拭って、深呼吸をする。
そして、しっかりと目の前にいる魔物を目で捉えて告げた。
「魔法使いとしての責務を、全うすることです」
『……上出来だ』
魔方陣を幾つも展開して、結界と避難の準備を始める。
あの三人組は壊れかけの箒に乗せた。
結界の外になるところまで飛ぶようにして、他の人は風魔法で送り届ける。
この魔物は根を張っている可能性がある。
つまり地下まで結界で覆い、地面から外に出ることを防がなければならない。
「スゥ……ハァ……」
後ろから声が聞こえてくる。
でも、余計なことは考えなくて良い。
私は結界を張るなり、次に重ねる結界の準備を始めた。
何重にしても破られるだろうから、一瞬も気を抜くことは出来ない。
『真下からの反応あり。紅葉ちゃん、今すぐ移動して!』
「了解」
数歩下がると、先程いた場所から根が出てきていた。
地上と地下からの攻撃か。
探知のお陰で根の場所は指示が貰えるから、蔦だけに集中しよう。
箒がないと避けるのは大変。
だけど、また壊したら面倒だからこのままやるしかないんだよな。
「……頑張るとしますか」
---
「櫻井、例の物は使えないのか?」
「……無理ね」
《《アレ》》の存在は、まだ魔法使いたちに教えていない。
開発途中なだけではなく、試してすらいないのだから使わせるわけにはいかない。
リスクが高すぎるというのが本音だ。
「今の魔法使いたちは繊細な魔法を使うのが苦手だろう。柊木や望月だってそうだ」
それは、私も分かっていた。
倒すだけならまだしも、あの魔物に取り込まれた人を助けることは不可能に近い。
尊い犠牲、だなんて言って生徒たちを見捨てるのは許されない。
許されないけど、助ける方法が見当たらないのだ。
「アイツは何をしてる」
「私が聞きたいよ、本当に」
私はため息を吐きながら電話を掛ける。
『はーい、木葉でーす』
「おいテメェ、今まで何していやがった」
『え、もちろん神の意思に従い──』
電話に出ようと思った途端、リーダーにマイクを取られてしまった。
とりあえず彼──時風木葉《トキカゼ コノハ》はいつもと変わらないことが分かる。
「お前の出番だ。さっさと準備しやがれ」
『了解』
ハァ、とリーダーはため息を吐いた。
殆どが彼の言うことを素直に聞くのに対し、木葉くんは自由人。
魔法使いとしての自覚が足りない。
というよりは、世界を守ることに興味がない。
「赤松、暫くしたら時風が向かう」
---
「時風──って、木葉さんが!?」
『あぁ。それまで耐えられるか』
あの木葉さんが来るなんて、何時ぶりだろうか。
私は高い高い植物型の魔物を見上げながら返事をした。
「もちろんです」
結界を私がどんどん張り直していることに気がついたのか、結界を破るのが面倒になったのか。
魔物は私を狙って蔦や根を伸ばしてくる。
箒がないから魔法で補助しているけど、体力の限界が近づいてきているのが分かった。
先程までなら簡単に避けれた攻撃もかすってきており、動きが遅くなっているのだろう。
「……ツラいな」
木葉さんが現在どこにいるのか。
それによって私が耐えなくてはいけない時間が変わってくる。
早く来てくれると良いけど、もし地球の裏側とかにいたらと考えると絶望しかない。
『紅葉ちゃん、背後に反応あるよ!』
「え、嘘でしょ?」
横から来た蔦を避けるのに下がってしまった。
伸びてきた根に足を掴まれる。
そして魔物の中へと取り込まれそうになっていた。
ヤバい、とは思いながらも魔法の準備をしている間に取り込まれるのがオチだ。
中で暴発でもすれば被害が半端じゃない。
「間一髪、ってところかな?」
耳元から声が聞こえたかと思えば、私は落下していた。
地面まであと少し、というところで謎の浮遊感に襲われる。
目の前にいたはずの魔物は、もうただの植物へと化していた。
取り込まれてた人たちもゆっくりと地面へ下ろされている。
「君はやはり、神に愛されているのではないか?」
トン、と木葉さんは私の目の前に着地した。
攻撃を表す黒と、風を表す若草色の隊服が風で揺れる。
「私がすぐ近くにいたこともそうだが、君は色々と運が良い気がする」
「そう、なんですかね」
「とりあえず結界を解いて、この植物型を本部に送ろうではないか」
《探知中=全魔物ノ討伐ヲ確認シマシタ》
《魔物ノ転移ガ完了》
《本部ト通信中デス…本部ト通信中デス…》
『お疲れ様、二人とも』
「本当に疲れました」
私は木葉さんから差し出された手を借りながら立ち上がる。
校庭、ということもあり隊服がとても汚れた。
払っているうちに、被害の報告が終わったらしい。
『紅葉ちゃんは学校に戻る?』
「そうですね。もう授業は終わってますけど、荷物が置いたままなので」
『時風、お前はさっさと本部に来い』
「行かないとダメですか?」
相変わらず木葉さんは自由人だな。
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「……紅葉」
私はゆっくりと、声のした方を振り返る。
そこには上村さんたちがいた。
今すぐにでも帰ってよかったけど、私は覚悟を決めた。
「私は、この仕事を辞めないよ。時の流れと共に魔法技術は発展して、色んな魔法を使えるようになった」
「そんなの見れば分かるわよ」
何とも言えない空気が暫くの間この空間を支配した。
少しすると、上村さんが口を開く。
「私は魔法使いが今でも嫌い。でも、今日はありがと」
その一言で何か救われた気がした。
でも、この傷が癒えることは決してない。
私は特に返事をせず、木葉さんのところへ行くのだった。
「そういえば君、箒はどうしたんだい?」
「……。」
学校からここまで箒で飛んできたけど故障した。
そして、現在財布も定期も何も持っていない。
電車に乗って帰ることも出来ないってことだよね。
もしかしなくても、詰んでいるのではないのだろうか。
「あれ、もう終わっちゃった?」
空からそんな声が聞こえて来た。
見上げると、そこには黒と深紅の魔法使いが。
「珍しいじゃん、木葉くんがいるなんて」
「どうも」
「……無いな」
今、私の中で一つ思い浮かんだものがある。
でも柊木さんにだけは、絶対に話したくない。
後で、というより今すぐ馬鹿にしてくるような気がする。
前回箒が壊したときだって一週間は弄ってきたし、今だってたまに弄られてる。
「なーにが無いの?」
「何でもないです。さっさと帰ったらどうですか?」
私は今すぐにでも帰らそうとする。
でも、木葉さんが止めた。
そして洗いざらい話してしまったのだった。
「木葉くんはこれからどうするの?」
「神の導く方へ──」
『帰ってこい』
「……ハーイ」
状況を理解したのか、柊木さんは私の方を見て苦笑いを浮かべていた。
「それじゃ、送ってあげるよ」
「……え?」
一瞬、なんて言ったか分からなかった。
あの柊木さんが全く弄らず、しかも送ってくれるって?
「流石に泣くよ?」
声に出ていたらしく、木葉さんは笑いを堪えていた。
柊木さんと言えば相手のことなど関係なしに弄り倒す悪魔のような人。
なのに、学校まで送ってくれるという。
驚くのは仕方がないと思う。
「ほら、乗りなよ」
箒に乗った柊木さんが手を差し出す。
私は手を取った。
---
キャー、と歓声が辺りに響き渡った。
六時間目は体育で、今日はフットサルをしている。
チームの人数が少ないから観戦の人たちは普通に楽しんでいた。
「よっしゃ!」
相手チームはとても防御が上手くて、中々点が入らなかった。
でも、最後の最後でシュートが決まって安心した。
もし紅葉があのチームにいたら、私は一点も入れられなかったかもしれない。
そんなことを考えている間に授業の終わりを告げるチャイムがなり、私は更衣室へと向かった。
「紅葉、荷物を取りに戻ってくるよね?」
放課後になり、私は一人教室で宿題をしていた。
本部に帰っていたらどうしようかと考えていると、窓がノックされる。
スマホから顔をあげると、そこには紅葉と柊木さんがいた。
とりあえず中に入れて今回の任務についての話を聞くことにする。
現場は紅葉が通っていた中高一貫校。
中学時代のことをあまり話したがらない紅葉だけど、任務については話してくれた。
「そういえば私、まだ時風木葉さんには会ったことがないな……」
放浪者であり、唯一オペレーターのついていない魔法使い。
リーダーの言うことも殆ど無視する、ある意味最強の人という噂だけは知っている。
「まぁ、今日も紅葉が無事に帰ってきてくれたから良かった」
「……木葉さんが居なかったら、もう会えなかったかもね」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ!」
私が頬を膨らませていると、柊木さんが窓から飛び立とうとしていた。
珍しく箒は壊れていない。
「それじゃあ、一足先に戻っているね」
「お気をつけて!」
そう手を振って見送り、私たちも電車で帰ることにした。
---
次回予告。
過去と決着がついたのか、少し表情の明るくなった主人公である赤松紅葉。
その様子を見た朝日結衣もいつも以上に笑っている。
二人が本部へ戻ると、正座させられている時風木葉の姿が真っ先に目に入った。
どうやらリーダーに怒られているらしく──?
今回、情報が殆どない彼の正体も明かされる。
異世界研究所魔法研究開発棟魔法戦闘部。
第三話「魔法部隊の長」
魔法部隊-通信
『慈悲の魔法使い』
回復魔法を使う赤松紅葉を表す。隊服は白を基調とし、翡翠色が入ったもの。中学生の時から本部に住んでおり、最年少の魔法使いだ。