公開中
ジェネリック・グラス
「は」
白い息が口から漏れた。
自分でもわかる。さぞ呆れに呆れた、腑抜けた声が聞こえたことだろう。
けれども目の前の人物は、外のきりりとした空気にも負けぬ冷たいあしらいを気にすることもなく、言った。
「ですから、当選おめでとうございます! あなたは『シンデレラ・ストーリー』に選ばれました!」
草臥れた布を纏いながらも、にぱーっと明るく笑った怪しい人物は、見た目通り可笑しい人物なのかもしれない。
シンデレラ。
誰もが知る、美しい少女の出世を描いた一代期。
美しく、優しく、謙虚で真面目、そして少し夢見がち──いわゆる『女子』らしい子供。
分かりやすく華々しい物語は、あらゆる子供を虜にしたことだろう。
そこから転じて、華々しい出世を遂げた芸能人や登場人物のその経緯を『シンデレラ・ストーリー』とも言うが。
それに私が選ばれたと言うのはどういうことか。
シンデレラは、継母や義姉に虐げられ、父からは見て見ぬ振りをされ、召使と同じ扱いを受ける、という両家のお嬢様にとっては耐え難い仕打ちを受ける。
つまり、シンデレラ・ストーリーに選ばれる人物には過酷な幼少期や苦労話が付き物だ。
しかし、私はどうだろう。
にこにこと食えない笑みを浮かべる人物を視界に入れないようにしつつ、自らの容姿を顧みる。
別に特徴のない顔立ち。
健康的に伸びた手足。
平均的な家庭らしい服装。
これといって『シンデレラ・ストーリー』の少女には当てはまらない。
実際、何不自由なく過ごしてきて、順当に高等な教育も受けさせていただいている幸福な人間だ。
シンデレラらしいシンデレラ、と言うのはもっと、世に好かれ、儚げで、悲哀を誘い、そして適度に阿呆な人ではないか。
毎度思うが、あの主人公は突然現れた老女兼自称仙女を信用しすぎなのだ。
普通詐欺や誘拐、身代金や強盗を気にするべきなのである。
そもそも、偶然出会った貧しそうな人にパンを渡す、など付け込まれても仕方のない行動だと思う。
そんな、疑いと日頃の疑問と鬱憤の八つ当たりを込めて、目の前の『当選発表者』を見つめる。
「もう少し詳しく言ってください。意味がわかりませんよ」
「ええ、ほんとうですかぁ? 仕方ないですねぇ」
腹立つ喋り方をするものである。いちいちチラチラとこちらを見るのが鬱陶しい。
によによと笑いつつも、目の前の人物は語り出した。
「私は、まあ所謂魔法使いです。おや、信じていらっしゃらない? えぇ、信じてくださいよぉ。
とにかく、魔法使いは社会の中でも陰の中を好んで暮らしているのですが、決まりがありまして。非魔法使いの長との契約ですよ。定期的に、民に幸福をもたらすこと。そうすれば日陰者という一生を約束しよう──というものです。
けれども幸福をもたらすには色々と方法がある。全体に細やかな祝福をもたらしたり、特定の国に幸を願ったり。けれどもそうすると、人々はその幸福に慣れてしまうのです──」
魔法使いの話は、いやらしいほど筋の通ったものだった。
幸福は慣れる。
これほど、人間社会の根幹に根差した条理があるだろうか。否、ないだろう。
一時の幸福を知り、慣れ、其れが奪われた時。
奪われた瞬間、力づくで取り返す、という暴力手段が姿を表す。
日本史や世界史でよく聞く話だ。
顔を顰めつつも大人しく耳を傾けている私を見ると、魔法使いは目を細めて続きを唇に乗せた。
「──なので考え出されたのが、『シンデレラ選考』。非魔法使いの御伽話に準えて、選ばれた一人に多大なる祝福を与えるということです。中でも、幸福を与える人物は苦労や過酷な経験があればあるほど、『神に選ばれた』という修飾語がつきやすくなり、印象も良くなります。
そして人は、人の幸福に同調したり、羨んだりする傾向が有る。つまり、集団の中に幸福な人を含めれば、全体には幸福と羨望、僅かな妬み──感情と行動のエネルギーが生まれる。
それをもたらすのが、我々魔法使いの、非魔法使いに対する役割なのです。
お分かりいただけましたか?」
「……なるほど」
私は顎に手を添えつつ頷いた。
しかし、軽く挙手しながら問う。
「少し、質問をしても良いでしょうか?」
「どうぞ」
私の置かれている状況は理解した。
けれども、この話には穴がある。
「何故私が当選したのでしょう?」
それは、当選者の主観だ。
『可哀想』な。
『過酷な幼少期』を過ごし。
『天才ゆえの孤独』を抱え。
これら挙げた言葉たちは全て、他者からの評価に過ぎない。
その人にとっては?
それは、『チャンス』で『幼少期の挑戦』で『合う人が居なかっただけ』かもしれない。
なんとも馬鹿らしく、そして仕様のないものだと思う。
人は主観でしか物事を測れないのだから、仕方のないことではあるのだ。
けれども『しあわせ』までも測ってほしくはない。
そんな苛立ちを込めて問うた言葉は、薄っぺらい笑みに砕けた。
「あなたが『可哀想』だからです」
目の前が赤く染まった。
握りしめた手が震える。
「本気で? 本気で言ってるわけ?」
声までもが小刻みにぶれたようだ。
ドアから入った冷気のせいだ。そうに違いない。
はて、けれども。今、寒いだろうか。
ああ、どうしようか。今、私は怒りを抑えられていない。
「? はい」
悪びれる様子もなく、頭上から降り注いだ声に殴りかかりたくなった。
可哀想?
其方が決めてんだろ?
昔言われた言葉がリフレインした。
『偉いわねえ、中学受験なんて。遊べないのも我慢して。本当に偉い』
『お父さんを支える為って、すごすぎ。めっちゃ良い子じゃん』
『親は一人なの? 可哀想に。お父様もあなたも苦労したんでしょうね』
許せなかった。どうしても。
此方は自分を憐れんだことなんて無い。
憐れんだら負けだ。悪夢だ。
私にだって、自分なりの矜持がある。
けれども、私は顔を上げて絡んだ視線に息を止めた。
澄んだ双眸。
真っ直ぐな笑み。
ああ、此奴は。
此奴は。
自分が正しいと信じているのだ。
この人は可哀想で、この人は幸福。
それが正しい、間違ってない。
そう思っている。
そう悟った瞬間、全てが馬鹿らしくなった。
ここまで出来るだけ真摯に対したことも、話を真面目に考えて受け取ったことも。
この人も、私を型にはめているのだ。
ガラスの型にはめている。
不幸という名の灰を被った『シンデレラ』の型に押し込んで見ている。
「さあ、当選しましたが、どうなさいますか?」
億万長者にもインフルエンサーにも成れますよ、と。
固められた笑顔で、固形にされた言葉を吐く人物が、私には歪んで見えた。
ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と、明日分の幸運を!