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二
この世界には魔法がある。
いや、正確には魔力がある。
魔力には「色」があり、その色は瞳に反映され、そしてそれらはそれぞれ人によって違い、一人一色、必ず与えられる。
魔力は魔法を使う源となる。そして、その色はその人の思考・感情・意志・言動の中核となり、それらに大きな影響を与える。
事故や闘争などで、魔力を喪うことがある。その中核を喪うことにはなるが、性格がなくなるわけではない。
しかし、魔法が使えなくなる。そして———
———瞳は色を喪い、あとには切り裂いたような傷跡が残る。
つまり、瞳にそのような傷跡がある人——レオは、もともと魔力を持っていたけど、何らかの原因で喪ってしまった、ということになる。
聞いたことはある。
『どうして、魔力がないの?』
そのとき、彼はじっと私の目を見つめて、それから少しだけ顔を伏せた。
『……わけあって失くしちゃったんだ』
訳あって、がどういうことだったのかまでは教えてくれなかった。きっと、事故か何かなんだろう。そういうことが 無い、わけではない。
でも、魔力がないと魔法が使えない。
料理洗濯から移動まで、ほとんど魔法を使って事を済ます この世界では、きっとやりづらいだろう。
そう言ったら、そんなことないから 気にしなくていいよ、と微笑まれたけれど。
「じゃあ、飛ばすよー? レオ、ちゃんと掴まっててね!」
魔力から長めの杖を作り出し、レオと二人乗りになって座る。
力を込めると、ふっと杖が浮き上がった。空に向かって加速していく。ビュウ、と頬を吹き抜けていく風が心地いい。
「どこに行くんだよ?」
呆れたようにレオが聞いてくる。行き先を告げていなければ、決めてすらいない。当然だろう。
「んー。ちょっと杖に乗って空を回って見たいの!」
レオの方を見ずに答える。
空を飛んで回る時間が何より好きだ。小さくなっていく街並み、人影、頬を吹き抜け髪を撫でつける風、落ちてしまうかもしれないスリル。全部が私をわくわくさせる。
ああ、そう、とテキトーに反応するレオの声が聞こえた。
「ところでさ、」
握っている杖の先端を傾けて、グイインと旋回しながら、話しかける。
「何?」
「レオは、どうやって普段暮らしてるの?」
魔法が使えないのに、とまでは言わなかった。旋回するのをやめ、杖を水平にする。
「……何でそんなこと気にするんだよ?」
魔法が使えないのにどうやって暮らしているの、という意図であることはきっと、気づかれている。
「だって、大変そうだなって……。……手伝えることある?」
恐る恐る答えると、後ろから特大のため息が聞こえてきた。
「お前さぁ、ぶつかって出会って、行き先でよく会うだけの人間に、よくそんなお節介焼けるよな」
今だって一緒に飛ぼうとしてくるし。そう言ってレオは再び特大のため息をつく。
「だって、気になるのは当然でしょ? 魔力がない人なんて、珍しいし、———それに。」
———私たち、どっかで会ったことがある気がするんだよね。
後ろ、レオのいるほうから声はしなかった。息遣いも感じない。
「……レオ?」
何か良くないことを言ってしまっただろうかと名前を呼ぶと、
「え? ……ああ、」
いかにもハッと我に返りましたというような、少し慌てたような反応が返ってきた。
「なんでもねぇよ」
「ほんとに?」
聞き返しながら、杖の先を少し下に向けて、着地姿勢をとる。墜落しないように、スピードを出しすぎないように気をつけながら、地面に立てるように足を伸ばした。
「そろそろ着地するよ」
私がそう言った十数秒後に、私の足が地面についた。バランスを崩さないようにしっかり立ちながら、杖から降りる。
後ろを見ると、レオはとっくに降りていた。慣れているようだ。きっと、———魔力があったときはこうしてよく飛んでいたんだろう。
「なんで俺を乗せようとしたのかよく分からんが、久しぶりで楽しかった。ありがとう。」
ポケットに手を突っ込みながら、レオが礼を言う。
礼を言うときの態度かどうかは置いておいて。
———久しぶり、か。
切り裂かれたような傷跡を見るたびに、言葉の端々を聞くたびに、レオがもともと魔力を持っていた人なんだと思い知らされる。
「……ねえ、レオ」
去ろうとするレオの後ろ姿に、そっと問いかけた。
「あなたの瞳は、何色だったの?」
歩こうとしていた彼の動きが止まった。私のほうを振り返った。じっと私を———というか、私の瞳を見つめる。
なんとなく落ち着かない。初めて会ったときのようだ。
ふ、と彼が曖昧に笑った。答える気がないんだって分かった。
「……お前の、《《黄金色》》の瞳も綺麗だよ。」