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ホムンクルス
欧州、某所。
暗黒の森の中に、不気味な要塞があった。
いつ、誰が、どうやって造ったのかはっきりしていない。
木、草、あらゆるものが|茫々《ぼうぼう》と生え、要塞の外壁は朽ち、昼でも薄暗く、そのせいかそこはかとなく異様な雰囲気を放ち、よもや巨大な廃墟と化していた。
いつしか、そこは禁忌の場所として語り継がれるようになった。
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某日。
そんな要塞の前に、一人の若い男が立っていた。興味本位で来たのである。
なんだ、よくある心霊スポットではないか。何も問題ない、今までもそうだったんだ。
男はそう考えた。何度も、このような場所に足を踏み入れたことがあったのだ。
木、草をかき分け、男は要塞の前に立った。
間近で見ると、なんとまあ朽ち果てた壁なのだろうか。錆びて変色し、まるで腐った食い物のようである。
ぞわり、と背筋が粟立つ。間違いない。ここは《《ホンモノ》》だ。
男は心の臓が高鳴るのを感じた。
外壁、男は扉の前に立つ。押すと、見た目の重々しさに反してさらりと開いた。拍子抜けするほど。
中はさらに薄暗い。ひっそりと日の光が差しているくらいだ。
男は手に持っていたライトをいつでも点灯できるように構えた。
足を踏み入れて入ると、そこは迷路のようであった。
通る道は細く、遊園地の巨大迷路を思い出させた。
入り口から壁伝いに進むと、必ずゴールに辿り着くと聞いたことがあった。迷わぬよう、男は右手で壁に触り、左手でライトに光をつけた。
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迷路は長く続かなかった。
五分も歩かぬうちに、大きな独房のようなところに出た。ぬらり、と何かがぼんやりと光ってゆらめく。
———あれは、何だ?
電気も通っていないであろうこの廃墟に光るものに、男は好奇心を膨らませた。
背中がひやりと冷たくなり、脈はドラムのように波打つ。
薄い青紫を放ってそこにあったのは、大きな水晶のようなものだった。
どこかの漫画で見た、ファンタジーものに出てくるのが魔導具もこのような形をしていたかもしれない。男はそう感じた。
中は水のような液体で満たされていて、時折泡が立ち|上《のぼ》って水晶の上部に溜まる。
ほう、と男は息を吐いた。左手に持っていたライトを下げた。
ひらり、と一枚の紙が男の隣に舞い、下げたライトに照らされた。まるで、見計らったかのように。
男はそれに気づいた。腰を|屈《かが》め、舞い降りてきた紙を手に取った。
何らかの図のようであった。
見知らぬ言葉、単語、縦に棒線、横に二重線。時折取り消し線、何かの血縁関係でも書き取ったのだろうか。
男は首を傾げた。
ここは要塞、しかしここに住んでいた一族がいたかもしれない。
胸が高鳴った。さもすれば、これはちょっとした大発見である。
じゅじゅ、と焼きつけるような音がした。
男はハッと顔を上げた。
音の先は、あの大きな水晶のようなものだった。
先ほどと打って変わらない、薄い青紫を放ってそこにあった。
しかし、違う。
変わっている。
中央にあるのは、あの《《人のような形をした》》物体は、何なんだ。
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パキ、と音がした。
ひ、と男が息を呑んで後ずさった。その拍子に男の手から紙が離れ、地面に落ちる。
水晶の上部が音もなく割れ、開いていく。タプン、と中の液体が踊る。
人のような形をした物体———いや、《《ヒト》》が、ゆっくりと水晶の中を動いた。
男の足がもつれた。その場に尻もちをつく。
手が割れた水晶の端を掴んだ。
ゆっくりと、《《それ》》は水晶の中から這い出る。その体は、赤ん坊のようだった。
男は初めて、その顔を見た。
落花生のような頭、異様に間隔の離れている目と目、潰れた鼻、耳まで裂けた口———。
それはゆっくり、ゆっくり、水晶から地面に降りてきた。
きらり、と落ちた紙に稲妻のような光が走る。
それは男のほうに目もくれず、そのまま独房の奥の扉に向かった。
男はこっそりと息を吐いた。
音を立てぬよう注意を払い、男はゆっくり立ち上がった。
赤ん坊のような体には似つかわしくなく、それは奥の扉を押し開けた。
瞬間、目を刺すような光に独房の中は包まれた。男は思わず目を|瞑《つむ》った。
すぐに光は霧散して、男は目を開けた。
───目の前に、|夥《おびただ》しい数の、それ、それ、それ、それ………
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数世紀前、欧州。
某所で、錬金術師を|生業《なりわい》とする男があった。
ある日、男は用があると言って、家を出奔した。
男は山奥に入った。小屋を建てた。
《《実験をしてみたかったのだ》》。
何度も何度も男は実験を繰り返した。何年も、何十年も……。
そして、ようやく一つ、《《それ》》は出来上がった。
男が小屋に持ち込んだ──薄い青紫を放つ大きな水晶の中に、それは確かに在った。
男は歓喜に浸った。
そして、二つ目のそれ、三つ目のそれ、と作り出していった。時には、それとそれを掛け合わせ、男の手で直接実験することなく それを作り出すこともあった。
累乗で掛けていくがごとく、それらは急激に増えていった。
間もなく男は姿を消した。
残されたのは、大きな水晶と、男が実験の記録を記すのに使った紙、そして———
———ひとつの異様な血縁で結ばれた、|人造人間《ホムンクルス》たちであった。
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欧州、某所。
暗黒の森の中に、不気味な要塞があった。
いつ、誰が、どうやって造ったのかはっきりしていない。
木、草、あらゆるものが|茫々《ぼうぼう》と生え、要塞の外壁は朽ち、昼でも薄暗く、そのせいかそこはかとなく異様な雰囲気を放ち、よもや巨大な廃墟と化していた。
いつしか、そこは禁忌の場所として語り継がれるようになったという。