#41　迷宮𝟑

「俺はね、昔から煌が大嫌いなんだ＿＿＿」 1人の青年、悠餓はそう言った。 「琇は、馬鹿すぎて哀れになってくるよ」 紫雲が見たことのないような悠餓の笑顔。 「悠餓＿＿＿＿＿＿＿＿＿覚えてろ。お前が病気で死ぬ前に、俺が必ずお前を殺す」 と紫雲は言ったとさ 「できるものならやってみなよ。実際は俺よりも実力が低い、"偽の裏社会のトップ"くん」 と悠餓は言ったとさ 心の迷宮が、永遠に繰り出される --- 氷夜という少年は、小さい頃から何も感情を持っていなかった。すぐになんでも出来てしまい、みんなにはすごいすごいと褒められる。自分を利用しようとしか考えていない大人たちの、表向きだけの笑顔の褒め言葉に、彼は何の感情も持ち合わせてなかった。人間はただの「動いて喋る物」。生き物だとは感じていなかった。ただの物なのだ。そんな時、彼に芽生えた感情があった。何かをこの手で潰してみたい。そう思いついた彼は、道を歩いていた大量の蟻を石で潰してみた。必死にもがいている姿、それが氷夜の目に残る。 「綺麗だな＿＿＿」 まだ小学生にもなっていない小さな少年の、初めて芽生えた興味は、生き物を殺すことだった。それに美しさを感じるようになっていた。しかし、彼の楽しい時間はすぐに終わってしまう。氷夜の母親が、彼の本性に気付いたのだ。母親はすぐにそれをやめさせようとした。それが発展してしまうと、いつか人までも殺してしまいそうだったからだ。氷夜はここで、初めて人間に感情を抱く。 『邪魔だな。コイツ』 氷夜はすぐに自分で自分の身体中に傷をつけ、親戚の人にそれを見せて言った。 「お母さんにいじめられてる」 まだ小1の可愛い少年の言葉を、その傷を見て嘘だとは思わないだろう。「違う！私は何もやってない！」そう叫ぶ母親の声を楽しそうに聞きながら、氷夜は次は何を潰すかを考えていた。 親戚の家に預けられ、氷夜は少し遠くの小学校に転校することになった。新しいクラスに入った時、氷夜はひとりの少年を見つける。透き通るような綺麗な朱色の髪の少年だった。顔は整っており、穏やかな笑顔を浮かべていた。氷夜はすぐに興味を持つ。この子を殺したら、どう喚くんだろう＿＿＿？氷夜のその疑問は、氷夜にワクワクを届けていた。 「はじめまして。伊集院孌です。転入してきたばっかで、何か大変なことがあったらいつでも相談してね氷河くん」 孌という名前の朱色の髪の少年は、氷夜＿＿＿当時は氷河の胸に響く。リンとした鈴のような綺麗な声だった。氷夜は、次の日、早速孌を罠に嵌めようとした。けれど＿＿＿ 「ダメダメだよ氷河くん。僕に気づかれちゃったね」 うまく行かなかった。孌が先回りして氷夜にそう告げる。氷夜は初めて負けという概念を味わった。それは、今までとは比べ物にならないくらい衝撃的で、それでいて何か悲しくて、何か嬉しい。 「氷河くん。僕を嵌めようとした罰として、これからは僕の友達ね！」 そう言ってふんわりと笑い、氷夜に手を差し出す孌は、氷夜にとってのはじめての友達だった。 数年後 氷夜は気がつけば裏社会で氷夜という名を使って活動していた。人を殺し、騙し、奪っていく。それが彼にとっての生き方だった。仕事をしていく上で、出会った雲珠は、一つしか歳が違わないくせに、氷夜のことを随分とお子様扱いしてくる。それが最初は気に入らなかったが、気づけばそれも当たり前になっていた。 「ねぇねぇ氷夜。最近さ、なんか失楽園っていう所がめっちゃすごいみたいだねぇ」 楽しそうに話している雲珠を氷夜は無表情で眺めなら聞いていた。 「けどさ、実力者って言っても所詮は人間だよ。限界がある。どうせどいつもこいつも対して変わらないクズだよ」 氷夜には、雲珠の感情を読み取ることは出来なかった。いつも陽気で穏やかな喋り方で、のんびりとした雰囲気だが、突然恐ろしいくらいの殺意を出す時もあった。 「でねぇ氷夜。一緒に失楽園潰してみない？」 「ハ？」 突然すぎる言葉に氷夜は絶句する。何言ってんだコイツという目で雲珠を眺めていた。 「さ。そうと決まれば善は急げだねぇ。ほら。早く行こうよ」 「いや、おい、俺は行くって言ってない＿＿＿＿＿＿＿＿＿‼︎」 雲珠に引きずられるがままに氷夜は暗闇に連れていかれる。 「ここ、失楽園がよく現れるらしいよ。どんな人か楽しみだね＿＿＿＿＿＿！」 「あれ？君たちもしかして、俺を探してる？」 雲珠の言葉に被せるように、氷夜からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。気配を感じ取れなかった後ろを振り向くと、青年が立っていた。 「孌＿＿＿＿＿＿＿＿＿？」 「あれ？氷河くん＿＿＿＿＿＿？」 2人の間に軽く沈黙が走る。久しぶりに会った孌朱は、髪を長く伸ばし三つ編みをしており、一部を黒色のメッシュという独特な髪になっていた。小2になった時、急に孌が転校してから会うのは初めてだった。 「ん？氷夜。もしかしてその朱色の髪の人、知り合い？」 雲珠は首を傾げてそう呟く。 「あぁ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿っ⁉︎」 氷夜はそう答えると同時に体を伏せる。容赦なく孌が発砲してきた。 「氷河くん。今は氷夜かな？改めて名乗ろうか。失楽園の孌朱です。探してるのは＿＿＿失楽園だろう？」 氷夜は反射的に理解する。まだ、孌朱の方が実力が上なんだと。何年経ってもきっと、孌朱には届かないと。ただそれを理解した上で氷夜は孌朱に発砲する。 「孌朱＿＿＿＿＿＿今回は、君に勝ちたい」 困った顔をする雲珠をよそに、2人はぶつかるのだった。 「氷河くん＿＿＿＿＿＿強くなったね」 少しして、路上に座り込んでいる氷夜に孌朱はそう手を差し出す。 「いや＿＿＿圧勝した孌くんが言うと嫌味にしか聞こえない」 氷夜は苦笑しながらもその手を取った。 「そうそう。後ろの青年も一緒にさ、失楽園に来ない？」 突然の誘いに、雲珠も氷夜も目を見開く。 「氷夜とまた一緒にお話したいな」 昔となんも変わらない満面の笑みで孌朱はそう言った。そして2人は失楽園に入ることになる。失楽園の屋敷に行った時、氷夜は言葉が出なかった。失楽園のうち、半分が自分たちより年下だった。氷夜よりも年下の綺麗な黄色の髪の少年は、すぐに氷夜と雲珠と仲良くなった。最年長の黒髪の青年は、氷夜と雲珠に色々なことを丁寧に教えた。氷夜と同い年の水色の髪にピンクのメッシュが入った青年は、雲珠のことはなぜか避けていたが、氷夜とはすぐに仲良くなった。最年少のオレンジ色の髪の少年は、雲珠と氷夜と関わる機会が少なかったが、話せる時には沢山のことを教えた。そして、全員が行動時は主様と呼んでいた同じく最年少の仮面をつけた紫の髪の少年は、恐ろしいくらいの実力を持っていた。それはいつか、氷夜の尊敬の的となっていた。しかし、氷夜にとって紫雲は、ただの尊敬の的だった。孌朱に向けてのような好意は抱いていなかった。悠餓に向けてのような弟のように可愛がるという感情は抱いていなかった。それがなぜかは本人でさえもわからなかった。 けど＿＿＿＿＿＿ 「今思えば、それ当たり前なのかな」 祐練荘の屋敷で氷夜はふと昔を思い出していた。戻ることなど一生ない過去。全員に埋め込まれている複雑な過去が、複雑な関係を生み出していく鍵なのだった＿＿＿