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奇病患者が送る一ヶ月 十日目
ちゃんと、あげたお。
今日の天気はどんよりとした曇りで、気温はそれなり。
「ん、あれ?おーいシエル。」
「何ー?」
「睡眠薬って、もう無かったっけ?」
「あー、昨日丁度なくなっちゃった。」
「マジか、んー…了解。」
「そう言えば、いつもより睡眠薬の減りが早いんだけど…、なんでか知らない?」
シエルは不思議そうな顔で問うと、
「あ、それ、ジブンがこの間落としたからっす。」
さっきまで防犯カメラの確認をしていた菱沼が答えた。
「えー⁉昨日私、眠れなくてめっちゃ困ったんだから気を付けてよー?」
「いや、俺からしたら、正しい用量で正しく服用して欲しいんだけど。」
まるで呆れたような口ぶりの彼女に、俺はさらに呆れるように言う。
「ハハ、流石奇病もどきって言われるだけあるっすね。」
「うっさい。
そんな事より菱沼さん、落としたなら睡眠薬のおつかい言って来てよ。」
「えー、嫌っすよ。街まで行くのに疲れるっす。」
「運動運動、頑張ってー。」
菱沼とシエルのやり取りをある程度聞き流す。こいつらも仲良いなぁ…。
「あぁ…いや、精神安定剤も少なくなってきたし、俺が行ってくるよ。」
オレは二人の間に入るように話に加わる。
「またそうやって菱沼さんを甘やかす…。
そんなんだから菱沼さんが成長しないんだよ?」
「まだ菱沼は子供だから良いんだよ。こういう時は甘えろって、子供達。」
「少なくとも私は子供じゃない。
というか、菱沼さんはただでさえごぼうみたいなんだから…。」
「確かに、筋肉は無いし体力も無いのに身長だけは高いけどさ。
俺は嫌だって時にそれをやってほしくないんだよ。」
「そういうのを甘やかすって言うんでしょ?このチビ!」
「なッ、誰がチビだ!俺はまだ伸びるんだよ‼」
「バーカバーカ、この中学生‼
あなたと菱沼さんでお子様コンビとしてやっておきなよ。」
「だーかーら!中学生じゃねぇって!せめて高校生にしろ‼」
「あの…、灰山サンだけならともかく、
いい加減ジブンを子供扱いするの止めてほしいっす。」
菱沼は、俺達の見苦しい言い合いに若干苦笑いしていた。
---
あの後、結局俺が行くこととなった。
本当はさっさと行かせてほしかったんだけど、なんて言ったら怒られるだろう。
いつもとは違う真っ黒の深いフードがある服を着て、
若干早歩きで、俺は街を歩く。
街は、森とは違い、よく賑わっていた。
人の笑い声に話し声、遠くからは微かに泣き声や怒鳴り声が聞こえる。
俺は四年前から、その時からこの空気が嫌いだった。息が詰まるような、この空気が。
昔は好きだったのに、今では嫌いでしかない。時間とは、怖いものだ。
俺はフードを深くかぶり直し、目的地を目指して歩き出す。
やっぱり人目が気になるな…、さっきからジロジロと見られている。
見ない顔だとか、森の方から来たとか。
ひそひそと話するにはいいけど、
せめてもう少し聞こえにくいように言ってほしいな…。
その時、運悪く丁度、強い向か風が吹く。
まずい…、そう思った頃にはもう遅かった。
「おい…、あれ、灰山君じゃないか…?」
誰かがそう言うと、辺りは瞬く間にわっと、一層賑わった。
「灰山さん!久しぶりー!」
「一体今までどこに行ってたんだよー。」
「おやまぁ士門君、見ないうちに大きくなって…。」
「おにぃしゃーーん、元気だったぁ?」
「でもさっき森から出てきたわよね…?大丈夫かしら…?」
「灰山士門って…、あの?うわぁ…、生きてたんだ!スゲェ‼」
「お前がいなくて寂しかったんだぜー?」
「森の噂はどうなんだ…、やっぱり嘘なのか…?」
「俺らの事、覚えてる?ほら、あん時にお前に助けてもらった…」
それぞれが俺の周りを囲い、一気に話し出す。
あぁぁ…、もう無理だ、うるさい…、頭が割れる……‼
まるであの日々に戻ったようだ。今じゃもう思い返したくない、日々。
胃は捻り上げられたかのように、キリリと痛んだ。
こんなんじゃ、胃がいくつあっても足りない。
俺は賑やかな人々の話し声にどうしても耐え切れず、耳を塞ごうとした。
「ねぇ、お母さんは元気?」
途端にそんな声が一つ聞こえた。
俺は一寸だけ、息をすると言う事を忘れた。
しかしすぐに呼吸の存在に気づき、思いっきり息を吸おうとする。
でも、いつもより、うまく吸えなかった。
声は出ず、膝はしきりに震えて立っていられない俺に、
彼らは心配を覚えたのか、また周囲は一層不穏な空気を漂わせる。
不意に誰かに腕を引っ張られ、やっと人目が付かない場所まで走る事ができた。
良かった…、…本当に良かった…。
俺は腕を引っ張ってくれた人にお礼を言おうと、顔を上げる。
そいつの顔を見るなり、俺は思わず目を丸くしてしまう。
「天童…‼」
そいつは俺が名前を呼ぶと、彼はどこか怒ったような表情を見せた。
「はぁ…。本当にお前は能天気だな…。
あんな風になるんだから、一目は避けろって言ったばかりだろ?」
天童は静かに怒りながら俺の胸ぐらを掴む。
「ごめんッ!ごめんってば‼話してっ!マジ、で、苦しいからッ、!」
俺が息も絶え絶えで足をバタバタしながら必死にそう言うと、
天童は俺に睨みを利かせてから、なんとか下ろしてもらえた。
死ぬかと思った……‼俺、何回胸ぐら掴まれんだよ…!
「行くぞ、どうせ薬だろ。」
彼はそう言うと、俺の事なんて見向きもせず、つかつかと歩いて行った。
---
そこはこの街に一個しかない、大きな病院だった。
天童はそこで医者…いや院長として働いている。
相変わらず中は綺麗で、俺も昔ここで働いていた頃が懐かしい。
俺達の住むあの奇病病院も、ここを真似して造ったんだよな…。
「それで、何の薬が欲しい?」
「あぁー…えっと、いつも通り睡眠薬と、あと精神安定剤を多めに欲しいな…。」
「……ほら、これでいいだろ。」
彼は睡眠薬の小瓶一つと精神安定剤の小瓶を二つを俺に投げる。
うお、あぶねぇな。反射的にキャッチはしたけど、下手したら割れるかもしんねぇのに…。
「分かってるだろうが、桃色の錠剤は精神安定剤で薄紫色は睡眠薬だぞ。
間違えるなよ。」
「応。…あとさ。」
「分かってる。これだろ?何に使うかは知らんが、扱いには気を付けろよ。」
俺の言葉を遮り、天童はまた小瓶を投げてくる。
俺は念のため中身を確認すると、小瓶の中には確かに朱色の錠剤だった。
「さっすが、いつもありがとな。」
「……顔色悪いけど、ちゃんと食事とって寝てるか?」
天童は俺の顔を覗き込むように見る。
「え?あぁ…、うん。」
「くま…、出来てるぞ。」
「は⁉マジかよっ‼えー…噓だろぉぉ…?」
「忙しいのも分かるが、お前からちゃんとしないと乱れんぞ。」
俺がかなり傷付いているのを横目に見ながら、彼はコーヒーを淹れ飲み始める。
「そういや、どう?仕事の方は。天童も病院長になってもうじき二ヶ月だろ?」
「…そこそこだよ。」
「にしてもスゲェよな!院長になる、とか!」
「まさか、お前の代わりだろ。」
天童は鼻で笑い、まるで自傷するような物言いで言う。
「んなことねぇって、全部お前の実力じゃんか。
俺よりも天童の方が仕事出来るし…、それが認められたんだろ?」
「掟破りが何を言ってんだよ。」
「…掟破りって言い方、どうにかなんねぇ?」
「事実だろ。本来医者ってのは早くても26歳からなれるもんだ。
でもお前は医科大学を飛び級で学び、医師免許を取得。
前期研修も1年で済ませ、結果お前は22から医者になった。
本来は有り得ないはずなんだ。だがそれをやってのけたお前が何を言うんだ。」
「いやほら、俺の年って確か医者になる確率が低かったじゃん!埋め合わせだろ!」
「………………。」
「…天童?」
「…オレの気持ち、考えたことあるか…?」
「え?」
彼は静かだが激しく怒りを持つような口調で言い、
思わず俺も、マヌケな声が出てしまう。
「ずっとお前よりも努力したのに…‼
それでもお前とオレは似た者同士だって思っていた!
スタートラインも、全部同じだったはずなのに!
お前よりもまだ優れていたオレがお前に置いていかれたんだ!
オレがあの日何を思ったのか、お前は一度でも考えた事はあるか⁉」
我慢のならない憤激を抱くような声で、彼は言う。
彼の顔は、どことなく殺気が漂っている。
「……ッ、ごめん。安易な発言だったな…。」
俺が自身の発言を謝ると、
天童は目を見張り、サーっと顔色が青ざめていく。
「あ…す、すまん…!最近残業続きなもんだから、ついカッとなって…。」
「大丈夫大丈夫。そういう事もあるよ。忙しいところ悪かったな。もう帰るよ。」
---
「んじゃ、今日はありがとな。」
俺はそう言い、帰ろうとすると
「なぁ。」
不意に彼の口からそんな声が聞こえ、思わず振り返る。
「どうした?」
「また明日にでも、飯行かないか?」
予想もしなかった言葉に、俺は思わず目を見開く。
「…へ?飯?」
「あぁ、随分と行っていなかっただろ?
だからたまにはどうかなと思ってな…。」
「…明日か。分かった、用がなかったら行くよ!」
「ぜひとも来てほしい。お前に会いたいって言う奴がいるんだ。」
会いたい、という言葉がよく耳に残った。
誰だ。街の人か?それとも彼の医者仲間だろうか。
「俺に…?」
「そうだ。…あぁ、変な奴じゃない。お前も知ってる奴だ。」
「…分かった。念のため、連絡先だけ教えてくんね?」
「お、おおおお俺のか⁉」
「当たり前だろ…。もしも無理だったらそれで伝えれるだろ?」
「あぁ…、そういうことか…。分かった。」
天童は頷くと、メモ切れに電話番号を書いて、それを俺に渡してきた。
「ありがと、出来るだけ行けるようにするよ。」
俺は、再び帰ろうとする。
「お前、たしか奇病病院って言うやつ、やってるんだろ?」
不意に独り言のように小さな声が聞こえ、俺はまた足が止まってしまう。
それはこいつにだけ教えたこと。
奇病病院の事を教えたのは、天童だけだった。
奇病病院と言うものを否定しなかった有一の友人。
だからこそ誰かの口から『奇病病院』と言う言葉を聞くと、胸がどきんとなる。
「…応。」
上手く笑えず、睨むような形になってしまった。
だが彼は目を合わさず、
「オレも手伝おうか?何人かそっちに派遣する事も出来るが…。」
彼に似合わないおどおどとした口調で言ってくる。
「せっかくだけど、いいよ、大丈夫。」
俺は彼の誘いを断り、次はちゃんと笑って見せた。
断られた途端、天童は予想外だったのか顔をあげてまた口を開く。
「オレだって一医者だ、戦力にならない訳じゃない。だから__」
「お前も立派な院長様なんだから、そっちで頑張れよ。
お前はお前で俺は俺、全然違うんだ。それぞれの適した場ってもんがある。
それに、それじゃあ街の皆に秘密にしてる意味がねぇだろ?」
「そもそも、悪い事をしてる訳じゃないんだ。内密にする必要はないだろう?」
「いや、奇病を気味悪がる人がいるのは事実だ。この街にも必ずいる。
患者だってロボットじゃない。そういうの、結構傷つくんだよ。」
「………。」
「その上、あんまり患者に刺激を与えちゃまずいからさ。ごめんな。」
「いや…、分かった。でも、何か手を貸せる事があれば必ず言えよ。
お前に死なれちゃ、皆が困るんだから。」
天童はそう言うと、一つの紙切れを渡してきた。
「ハハハ、死なねぇって!まぁもしもの時は、葬儀に出てくれよ?じゃ、またな!」
俺は天童にその場逃れの事を言い、
先ほどの紙切れに、自分の連絡先を書いて彼に渡してから、
俺の居場所である奇病病院に向かった。
---
天童淳一。
俺と同い年だから…、27歳。
彼は高校の時からの同級生だった。
高校卒業後は同じ医科大学を進んだ仲。数少ない信頼できる友達。
しかし、俺とはまるで真逆のような人。
彼の家は大豪邸で、言わば金持ち。
教育熱心な親を持ち、完璧になるために必死で頑張っていた姿は俺も見てきた。
当然俺よりも勉強は出来るし、何から何まで天童の方が優れていた。
彼が言った事は自意識過剰でもなく、紛れもない事実だった。
勉強もできて、努力もできて、金持ちで、それなりにモテて、あと優しい。
俺が持っていないものを全部持っているようにも思える。
だからこそ、俺は彼が「似た者同士」と言った事が何故かが理解できなかった。
…分からない事を考えても仕方がないか…。
俺は、過ぎた事じゃなく、目の前にいる患者と向き合おう。
きっと、そんな所も真反対なんだろう。
それ以上は何も思わず、ただ黙々と足を進めた。
████まで、
あと20日。
いつも通り誤字脱字はご割愛‼
やっと十話出せた…。
あれから、長かったな…。
参照笑⇓
https://tanpen.net/blog/4fec5caf-fe30-4a14-bf08-fe81db1e9a36/