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氷とガラスが擦れ合う音
氷とガラスが擦れ合う音で私は顔を上げる
あなたの顔に焦点があったとき
私はどうしようもなく幸せになる
朝、耳元で鳴り響くアラームに起こされる。アラームなんていう人工物に一日の幕開けを任せるのは癪に触るのだが、小鳥の囀りで目が覚める、だなんてファンタジーがないことくらいとうの昔に理解している。
何度もアラームを設定し直し、これ以上先延ばしにすると急がなくてはいけなくなる、というギリギリまで起き上がるのを拒否したあと、時計の表示する数字を認識し、和室の畳の感触を足に感じる。そのままずり落ちるようにして、私を恋しそうにして離さないベッドに別れを告げ、押し入れの中から服を取り出す。着替えが済むと、襖に手をかけ、リビングを通り、トイレまで行くところで彼の部屋のドアが開き、彼と目が合う。彼はまだ寝ぼけかけた顔をくしゃっと崩してから、神妙な面持ちになる。
私たちは同じことを考えているのだと思う。そう、どちらが先にトイレを使うか。
彼が私の横をすり抜け、早足でトイレへ駆け込んだ。そんな彼に呆れながらも私は私で洗面所に立て籠もり、洗顔、歯磨き、メイク、ヘアセットなど諸々を終わらせ、スマホを軽くタップすると、6:28という数字が表示される。
いつもより2分、身支度の時間を巻けたということに満足しながら洗面所を開放する。扉を開くと毎度のように私の横をカサカサとすり抜ける彼。こいつは虫か何かなのかと心の中でツッコミながら、台所で朝食の用意をする。朝食といっても、レトルトの味噌汁を温め、コンビニに売っている鯖の味噌煮と昨日の残り物、保温してあった白米を並べ合わせただけの至極質素なものだ。
炊飯器を開けると、
ほんの少しの湯気が私の顔を湿らす。
若干乾燥して硬めになった米をほぐして二人分の茶碗に盛り付ける。
鯖の味噌煮をレンジで温め、昨日の残り物の野菜炒めを少し盛り付ける。
二人分のガラスのコップに大きめの氷二つと麦茶を注ぎ入れる。
彼と朝食をダイニングテーブルに運んでいる間、「ゴミ、出しとくよ」と彼が言う。
それに短いお礼を伝えながら席に着く。
手を合わせて私はボソボソと、彼は若干間延びした、「いただきます」を。
彼が麦茶に手を伸ばす。
氷とガラスが擦れ合う音で私は顔を上げる。
彼の顔に焦点があったとき、
私はどうしようもなく幸せになる。
これから満員電車に乗り込み、大量の人々に揉まれながら会社へ行く。そんな疲弊するような毎日を繰り返すだけ。小説のように、私の人生に奇想天外な展開を望んでいるわけでもない。彼といる、という事実だけが今、そしてこれからも私を幸せに感じさせてくれるのだろう。
私はそんなありふれた生活を愛していく。