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嘘と沈黙
放課後の校舎はいつもより静かで、夕暮れの光が長く廊下を照らしていた。
私は授業の終わりに教室の隅でぼんやりと窓の外を見ていた。
永遠に感じられるような時が一瞬な事は私が1番知っている。
永遠を終わらせたのは遠くから聞こえてきたいつもと違う瀬野先生の笑い声だった。
けれどその声は、どこかぎこちなく無理に作られたように聞こえた。
胸の奥が苦しいくらいにざわつくのを感じ、自然と廊下へと足を運んだ。
遠目に見た先生は校舎の片隅で無理に作った笑顔が貼り付けてどこか遠くを見つめていた。
「ねえ先生、彼女とかいないの?」
「いないよ」
「えー!意外かも!元カノは?何人?」
「…1人、かな」
「高校時代、同じクラスに1人」
「そうなんだ〜。先生かっこいいし優しいからもっと元カノいっぱいいると思ってた」
「そんな事ないよ、今までもこれからも恋愛するつもりは……ない、かな」
クラスの1軍達だった。
想いがバレバレすぎる。先生の笑顔は引き攣っているのにふと過去を思い出すような痛々しい顔をする。
私、ほぼ毎日のように先生と会って、週の半分くらいの放課後を先生と部室で過ごしているのに。
私、何にも知らない。私、何にも知れない。
なんでそんなに無理してるの?
心の中で問いかけるだけで、言葉にはできなかった。
それが私の精一杯だった。
彼の嘘のような笑顔の裏には、きっと隠したい沈黙があると感じさせる苦しい笑顔だった。
「茉音さん、どうしたの」
私は聞こえなかったふりをして、廊下を小走りに走り去る。
きっと私が見えたのだろう。
1軍達を置いて私の方に駆け寄ってくる先生にまた私は苦しめられるのだろう。
知らず知らずのうちに私の目には涙が滲んでいた。
瀬野先生は、何を隠しているんだろう
その想いが胸に重くのしかかる。
先生のことを一つでも多くもっと知りたいと思う一方で、
その秘密を暴くことが自分を傷つけるのではないかという恐れもあった。
笑顔の裏にある沈黙を、そっと抱きしめてあげたい。
私にそんな優しさがない事は自分が1番わかっているのに、想いも気持ちも私が1番知ってしまっているのは皮肉なことだ。
先生の沈黙に隠された嘘を知るのはまだ遠い未来の話のように感じられた。