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大罪
🦇
幸せを願うのに,幸せでいる価値がない。
初めから何もなければ誰も…………僕さえも,傷つかずに済んだのに。
あの事件から,1ヶ月が経った。あの時,蛇遣い座によって12星座はほぼ壊滅状態になった。いや,壊滅状態になったのは12星座だけではなかった。公正公平な裁判長の天秤座を継いだ盾座。輝きの眼差し放つ蟹座を見失ったいるか座。皆の活動から覇気を失うと同時に,世界も活気を失った。それだけ,12星座は信頼や人望が厚く,希望の光であった。
蛇遣い座は,そんな皆の希望の光を奪った。自身の鬱憤を晴らす,ただそれだけの理由で。……あまりにも身勝手だ。許されざることだ。止められたからには,本来死んで詫びるのが償いというものだ。だって誰も蛇遣い座が生き続けることを望んでいないから。………だが,それが出来ない。
蛇遣い座は,不死身であるから。
そもそもあの事件は,12星座が半壊しても尚,諦めずに喰らいつく者たちによって解決された。ドス黒い感情に蝕まれ,半ば洗脳されていた蛇使い座は,正気に戻った。そして,殺された星座達は蛇使い座によって蘇生された。失われた希望の光は再び世界に舞い降りた。
あの時,皆の表情が絶望から安堵に変わり,世界に再び活気と覇気が取り戻されたあの瞬間は一生忘れることはないだろう。忘れてはいけない。再びこの世界から活気を失わせてはならない。
あの日のことを再び夢で見た。法廷に立ち,天秤座が判決を下すあの瞬間の夢。判決に納得の行かない者達に囲まれ,罵声や石を浴びたあの日。僕だって,死んで詫びられるならそうしたかった。
さて,先ほどから話す蛇使い座という大罪人とは即ち僕のことだ。今,被服師様の住まう中枢の宮殿でお手伝いとして雇われている。雇われているというより,匿われていると言った方がいい。元々は砂漠で医者をやっていたが,あの世界にはもう僕の居場所はない。見かねたのか気まぐれなのかはわからないけれど,そんな僕を被服師様が手を差し伸べた。
僕のことを許し,以前と同じように親しく友好的に接してくれる星座も中にはいる。が,蛇使い座を許さず,それ以上に死を望む星座も少なくはない。一人で道を歩けば背後から刃物を突き立てられるのもよくあること。時折宮殿外にお使いに行くが,その度に一定数の星座達からは敵意と殺意,そして恐怖の視線を受ける。僕が完全に無害である証明ができない以上は,仕方のないことだ。
ただ,僕も皆と同じ,88の星座のうちの1星座だ。今の僕とみんなの間には巨大な壁が作られている。その壁の中で僕は,独りぼっち。独りになることには何ら思うことはない。当然であることも理解している。……ただ,世界が違えば,今頃僕はみんなから心から愛されたのだろうかと,選択が違えば,僕もみんなと一緒に心から笑うことができたのだろうかと,ささやかな幸せを望んでしまう。許されざる,取り返しのつかないことを仕掛けた僕に幸せが訪れるはずがないことは十分承知しているはずなのに。笑顔で手を握ってくれる蟹座ちゃん。一緒に望む世界を築こうと手を差し伸べてくれる天秤座ちゃん。酷い事をしたのも許して話しかけてくれる子犬座くん。僕さえも救いの対象としてくれる被服師様。他にもいっぱい,僕を許してくれている星座は沢山いる。だが,幸せになりたい,愛されたい,そう心から思うはずなのに,許され愛され幸せになる自分に僕はひどく嫌悪感を抱く。なんて,わがままなんだろう。視線を移すと,戸愚呂を巻いて目を覚さない|相棒《へびざ》が視界に映る。
「僕も,みんなと一緒になれたらなぁ………」
叶うはずのない小さなぼやき声と想いが溢れて出た涙は,星が瞬く美しい夜の世界へ溶けて消えていった。
幸せでいたいのに,幸せでいる価値がない。初めから,何もなければ誰も……
僕さえも,傷つかずに済んだのに。
優しさ……か。今の僕にとっては毒塗りのナイフみたいだ。