公開中
記憶を食む花が咲く
その花は、ここ数十万年、誰にも名を呼ばれることがなかった。
忘れ去られた花は、咲くたび、誰かの記憶を食み、色を変える。人が消えた今、花は忘れ去られ、色褪せた存在となった。風見の丘から南へ歩いた先、崩れかけた温室の奥に、ひっそりと咲くそれは、誰かに見つけてほしくて、背を伸ばしていた。
レイは風見の丘をでて、南の温室へと向かった。温室の奥へ行き、足を止める。
「この花は、人の感情を吸って咲く花」
ユイナは花に近づき、乱暴に触る。
「花弁に微弱な脳波あり。この花の名前は記憶草です」
ユイナの無表情な説明に、レイは頷く。それから、ユイナを手招きする。
「匂い、嗅いでごらん」
ユイナは言われた通り、花の前へ行くと、無造作に花を掴み取り、その匂いを嗅ぐ。そして、暫くの間立ち尽くした。
「レイがたくさんいました」
「それは人間だよ」
レイはにっこりと微笑む。
「瞳から透明な液体を出していました」
レイはきょとんとなる。へんてこりんな説明に少し笑うと、ユイナの頭を優しく撫でた。
「それは涙。悲しい時にでる」
「悲しいって?」
「そのうち分かるよ」
レイとユイナは知らなかった。ユイナの近くで、小さな記憶草が花開いていたのを。知らないまま、新たな場所へと旅立った。