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私は罪、あなたは罰、街は夏色
暗黒童話唄の阻止さんの夢小説です。佐野さんは一切出てきません。
※殺人事件などのショッキングな表現やストーリー展開などを含んでおります。レーティングをPG12に設定し、グロテスクな描写はせず、詳細な表現はなるべくぼかしておりますが、一部の心理描写などにはそれらを連想させる強い表現が含まれておりますので、充分ご注意ください。
※阻止さんが登場するのがちょっと遅いです。申し訳ないです。
※作者がミステリーを書けないので、阻止さんの推理シーンがありません。こちらも申し訳ないです。
蒸し暑い夏の日、私は人を殺した。後悔はしている。
刃物で一思いにしてしまった後、縁側の向こう側から蝉時雨の音が聞こえてきて、それがやけにうるさくて、私の後悔や感情を燻ったのを覚えている。
それから同じ刃物で自分も、とは思ったものの、それはできなかった。人を殺す勇気はあったのに、それだけはできなかった。
私は、目の前の罪の遺産を隠した。痕跡を、薄められるだけ薄めていった。
計画的な犯行だったので、それはすぐにできた。あれをこっちに、これをそっちにと、浮くような体はやけにてきぱきと働いていた。
最終的には、その隠し方も見破られてしまったが、とにかく私は遺体を隠した。誰にも見られないところまで。
あの夏の日、家の中で私は、ずっと嫌いだった母親を手にかけた。
母親は、私の鎖だった。私の人生の重しだった。私はずっと、あの人のことを憎んでいた。
私の人生の道を自分勝手に決めて、それに沿わなければ罰を下される。そもそも、罪なんてないのに。
殴られ、蹴られ、罵声を浴びせられていた。それは珍しいことではなく、日常茶飯事だった。
日に日に増えていく痣は、いつまで経っても消えることはなかった。一つの痣が治る前に、五つの痣ができるから。
すごく痛くて、つらい日々だった。この家には父親がいないから、私には味方が全くいなかった。
親戚はいたが、全員この家のことなんて見ていない。私たちのことなんて、見て見ぬふりをしていた。
そう考えると、もういない母の気持ちも分かるというもの、かもしれない。
父親に捨てられ、親戚は自分を見ず、おまけに娘はこんな体たらくとなってしまって。
居場所がないように思えて、私に八つ当たりをするのも、理解できる気がする。
でも、これを理解できる時点で私は、母親そっくりだ。そこが、嫌いだ。
--- *** ---
私の犯罪は、数日後に街の人によって暴かれた。正確には、街の誰かが名探偵なる人を呼んだらしい。
母親が数日も街にいないことに気づいた人が、私が捨てた母の遺体の一部を見つけたという。なんともまぁ余計なことを、と少し思う。
それから街の人間が集まり、誰かが探偵を呼んだらしい。
探偵は、警察とともに現れた。
「やあどうも、こんにちは。金田一耕助と申します。以後お見知りおきを」
勝手に名を名乗ったあと、玄関先でまたもや勝手にこう言われた。
「あなたのお母さんが行方不明らしいですが、なにか事情は知りませんか?」
探偵の言い方は、やけに芝居がかっていた。
でも、それが様になる格好と顔立ちをしていた。長い前髪から覗く月のような黄色の瞳は、あのときから私の全てを見透かしていたと思う。
でも、探偵はおそらく風呂に入っていないのか、夏の暑さも相まって少し厳しい臭いをしていた。不謹慎だが、ああ、あのときの母親もそんな臭いだった。もう少し鉄のようだったけど、大体は合っていた。と、思う。
でも、そんなことをこの探偵に見つかるわけにはいかない。私は母の教育のおかげかせいか、自分を偽るのは得意だった。
夏に似つかわしくない涼しい顔を、と心がけながら、私は口を開けた。
「さぁ……実は、私も分からないんです。母がどこに行ってしまったのか」
被害者ぶるようにして答えると、探偵が続ける。
「そうですか……なぜ探さないんですか?」
「悲しくて……ここにこもっていました。今、数日ぶりに外の景色を見ました……。それに、最近は暑いので、外に出て母を探す気力もありません」
「そうですね、今年は暑い!」
探偵はそこではないところに突っ込んだ。そこを話の中心にされるとは思っていなかったので、心が三寸ほど揺さぶられる。
しかし、その後の私の心は、驚くくらいの揺れ動きを見せることとなる。原因はもちろん、この探偵の言葉だ。
「うーん、母親はどこに行ってしまわれたか……。あ、そうです!」
――あなたと私で探しましょう。夜に街を見てみるなんて、いかがですか。
「……は?」
--- *** ---
この男は、なにを考えているんだろう。女と夜に二人きり、なにを考えているんだろう。
こいつの心象がなにひとつ分からないけど、とりあえず今日はあいにくの熱帯夜で、互いに着物の下の汗を拭いたくてしょうがない気分だった。
「暑いですねー、別日にすればよかったでしょうか?」
「……最近は、いつの日もこんなもんだと思います。家にいましたけど、それでも最近はずっとこんな気温でしたから」
額の汗を拭いながら答える。
最近ずっとこうなのは本当のことで、おそらく今年は例年に比べて暑い方だった。昨年よりも、ずっとじめじめした空気が重たいような気がする。私の思い違いだろうか。
でも、カラカラと下駄を鳴らしながら隣を歩く男を見ると、どうやらそうとも思えなかった。
彼の額や首筋には、透明な汗が伝っていた。私はそんなこと全く思わないが、見る人が見れば多分、今の状況は官能的、のようなものなんだろう。
私は、それどころではない。
あの日の犯行がいつ晒されてしまうのか。こいつは、私をどこまで分かっているのか。それを考えると、気が気ではなかった。
せめてなにも情報を渡したくないと、私は思わず口をつぐむ。探偵はその仕草を見ていたのか、かわりばんこで喋りはじめた。
「いやー、そうですか……。暑すぎるなぁ、お嬢さんは大丈夫ですか?」
お嬢さん、なんて少し優しい言い方。今この瞬間、ちょっとだけ反吐が出そうになった。
見かけはどれだけ紳士でも、どうせこの人も私を知らない。知る気を起こさない。
私が母を殺した理由を、この男はどうせ理解しないだろう。自分としても、そんなことは知っている。それでいい。理解されないことを理解している。
しかし、やはり孤独に生きるというのは簡単ではない。思い悩むことも往々にしてある。やはり、理解者がいたら楽なのは当たり前だ。反発があると悲しくなる。
だから、この男にも見放されると思うと、ほんの少しだけ胸が痛かった。
母も、同じ痛みを味わっていたのだろうか。
「……お嬢さん、#名前#さん?」
物思いに耽っていると、ふと私を覗き込むようにしてくる探偵が、目の前にいた。いたずらに距離が縮まり、流石にこちらも小さく目を見開く。
「ああ……なんでもないです。私は、大丈夫です」
ほんのちょっと、素っ頓狂な言い方になってしまった。なんともまぁ、なにかを隠す気がなさそうな声色だったろう。
でも、私のそれを聞いた探偵は、なにか思うように表情を変えた。言うとしたら、彼は喜んでいるようだった。なぜ喜んでいるのかは、流石に分からなかった。頭脳が逆だったら、分かっていたんだろうか。
でも私は、この男にはなりたくない。逆も然りだと思う。この男は、私にはなりたくないと思う。
だって、こんな女のどこに惹かれる要素があるだろうか。手を汚した人殺し。助けも呼べぬあんぽんたん。母に逆らえぬ意気地なし。私は、そういう人間だ。
人に感謝される価値だけが薄まり、比例するように蔑まれる価値だけが上がり続ける。そういう、人間。
たったそれだけだ。私にはこんな考えしかない。
この男には、それが分かるんだろうか。私の本当の醜さや、この地獄の業火のように煮えたぎる思いが。
その全部が暴走したあの日の、庭から見える新緑の木の美しさが。
麦茶を飲んでも消えなかった、焼けるような喉の渇きが。
探偵だとしても、どうせこんなもの全て分からない。分からなくていい。
分からないでいてほしい。
もし理解されてしまったのなら、私があの日まで抱えていた思いがなにもかも、台無しになる気がした。
--- *** ---
肌にあるじっとりとした汗は、もはや服に吸い込まれていた。重たくて、蒸し器の中にいるみたいで、歩くだけで無性にむかむかする。
「……お嬢さん、休憩しませんか」
歩いてる途中、探偵がそう言いはじめた。私も同感だったので、私たちは適当な公園で休むことにした。
腰かけたベンチが意外と小さくて、二人の距離は近くなる。手と手が、腕と腕が、足と足が今にも触れそうだ。
これがもし純粋な恋愛の物語なら、ここでドキドキと胸が高鳴っていたんだろうか。だけど、私の鼓動は、あの日に消え失せたようなものだった。
「はぁ、まさか今夜がこんなに暑いとは。いやはや、すいませんねぇ」
心は既にないようなものだけど、それでも体としては、私はまだ生きている。汗をかき、疲れた。
「……そうですね」
乳酸が張ったようなふくらはぎに、不快感を覚える。今すぐにでも足を揉んで楽にしたいが、隣に男がいるので流石にやめておく。体勢を変えようものなら、体が触れ合ってしまいそうだった。
脆く儚い距離だ。今すぐにでも、次の刹那にでも崩れそうになる。
探偵は、この状況をどう感じているだろうか。ふと隣を見る。前髪と帽子のせいで、目は見えなかった。今さら納得したが、こんな装いをしてるからこいつはなおさら暑いんだろう。
彼はぱたぱたと、扇子やうちわみたいに左手を仰いでいた。
「……あの、ところでお伺いしたいんですが」
彼をちらりと見たあと、数秒経ってからそう言われた。なんだろうと、そちらを再度見る。
「なんですか?」
夜、探偵に質問される。これほど怖いこともそうそうない。肝試しをしているみたいに、夏の暑さが冷えていく。
でも、汗は止まらなかった。色んなことが原因で落ちるそれは、服や肌に付着していた。
やけに、気持ちが悪かった。
本当はずっと、悪寒が止まらなかった。
「あなたが殺したんですよね、母親」
寸刻。
現実にいる心地が、まるきりしなくなった。あのときと同じで、体がふわりと浮遊しているみたいだ。
でも、私の中には事実が重くのしかかっていて、重力に潰されそうになっていた。いや、いっそもう潰されてしまえばよかったのに。
けど、体は生きている。夜の公園、狭いベンチ、隣の男が視界に入った。私は、真顔で目を見開いた。
「……は?」
探偵はこちらをまだ見ることもせず、続けた。
「推理すらしなくても分かりましたよ。遺体の捨て方やアリバイ工作がずさんでしたね」
推理小説を評価する読書家みたいな口ぶりだった。こいつの視点に立ってみれば、隣にいるのは人殺しだというのに。これが探偵なのか。
探偵というのは、いかなるときも不思議な生き物だ。自ら殺人なんていう恐ろしいものに突っ込んで、命知らずなんだろうか。知的好奇心は、やっぱり恐ろしいんだろうか。
私にはそんな気持ちがないので、世の探偵たちの思いは理解しかねていた。
この男は、なおさらだった。
口ぶりから察するに、彼は私が犯人だと、最初から気づいていたのだ。
では、なぜわざわざ私と街を見に行ったんだろうか。見ている途中に気づいたんだろうか。いや、違う。推理すらしなくてもと言っている。ということは、本当に最初から、この事件を知ったときから気づいていたのではないか。
であれば、なおさらどうしてこんな行動を起こしたんだろう。わざと私を観察したかったんだろうか。探偵はそんなことまでするんだろうか。
頭の中で、こいつへの思考が鳴り止まなかった。でも外の時間は進むばかりで、探偵は再度口を開いた。
「……でも、突発的ではないですよね。あの殺しは、計画して行ったんでしょう」
この男は、どこまで私の罪を追い詰めれば気が済むんだろうか。いや、きっと気が済んだりとか、満足とかすることはないだろう。こいつは探偵だ。こいつが満たされることなんて、ないと思った方がよかった。
でも、知られるのはどうしても怖かった。嫌だった。母との日々を、あの日に全て消したつもりだった。これで終わりにしたかった。もう思い出したくなかった。
あの苦しい日々も、治っては作られていく痣たちも、過去どころか存在しないものにしたかった。架空の記憶だと偽って、そうしてほんのりとした罪悪感を抱えて、死ぬまで生きていたかった。私には、それだけでよかったんだ。
でもこの瞬間、この男に全てを暴かれた。きっと、なにからなにまで。|隈々《くまぐま》洗われた。人の秘密なんて気にもしないみたいな、この男に。
憎いけど、複雑な気持ちが湧き上がった。この気持ちは、なんだろうか。あの日に母と一緒に殺してしまった心では、認識できなかった。
ただ私は、乾いた声を残していた。
「は。な、なんで」
その瞬間、探偵がこちらを向いた。昼時に見た、あの黄金色が私を捉える。でも、流石にあのときの雰囲気ではなかった。夜という景色と相まり、その瞳の雰囲気はさながら黒猫のようだった。黒猫のあの黄色い目も、夜に照らされたらこうなっていた気がする。
そして、今さら探偵の顔立ちが端正であることに気づいた。けど、もうなにもかもが遅かった。彼は見るからに動揺してる私をじっと見据えていた。
「な、なんですか、いきなり。殺したって」
「違うんですか?」
「それは」
反論できない。自分はやっていない、と言うことができなかった。普通ならここで罪から逃れたくなって、そう言うんだろう。でも、私は違った。
母を殺したのは、紛れもない私だ。それで間違いはなかった。間違いだとも思いたくなかった。
ここで殺してないと無実の証明に走ったら、自分のなにかがなくなってしまうような、そんな気がした。私が私という人間でいるには、この罪を受け入れるしかなかった。
途方もなく苦しいけど、仕方がなかった。私は汗で湿った両の拳をきゅっと握り、髪をだらんと落とすようにして俯いた。
「……そうです。殺したのは、私でした」
声帯は、演奏中の琴のように震えた。振り絞って出したか細さが、なんとも寂しく思えた。
探偵はこの言葉を聞いても、なにも言わなかった。ただそっと、あの満月の目で私を見つめた。
二人が無言になってる間も、夜の空は風を運んでいた。湿度の高い熱風が、じめじめと吹いていた。私たちはまだ汗を肌に張り付かせて、その風に吹かれていた。
少しばかりそうしていると、ようやく探偵が口を開いた。
「……やっぱり、そうですか」
その口調は、私の想像に反するようなものだった。私はこの男に、これから罰されると思っていた。警察に突き出され、罪を問いただされ、裁きを受け、人生が終わりにかかっていくと考えていた。
だから私の想像の中では、この探偵は情け容赦のない言葉を私に浴びせてきてもおかしくなかった。
しかし、実際にはその声音は壊れてしまいそうなくらいに脆くて、そしてなにかを偲び憂うような音をしていた。
まるで、目の前で大切なことを失ってしまったかのような。愛したなにかがぷつりと消えてしまったかのような。美しき夢から覚めてしまったかのような。そんな、儚い言葉だった。
なぜそんな調べをしているのか、私には理解しがたかった。私は救いようのない人殺しで、こんな人間を愛せる余地なんてない。ただ、牢獄にいれば存在なのに。
どうして、この男は悲しそうな顔をしているんだろう。どうして、この夜の公園が私の死に場所のように感じてしまうんだろう。
どうして、どうして私の胸はあの日よりもずっと、痛ましく軋んでいるんだろう。
私はわけも分からず、ただ放心していた。探偵と目と目を見つめ合わせながら、頭では懸命に、自分が生きていることを確認していた。鼓動の早さを確かめる。
私は確かに生きていた。この探偵の前で、心臓を動かして、血液を巡らせて、息を吸って吐いて、夏の暑さを感じて、罪悪感に震えて、自分の今までの人生を後悔して、この探偵の前で、生きていた。
--- *** ---
私は夜明けになっても生きていた。探偵と二人でいると、気づけば空の色は、水で溶かした群青みたいに淡くなっていた。
探偵はその空を見て、ずっと座っていたベンチから立ち上がった。そして、私の方を振り向いて一言、口にした。
「これから私は、あなたを警察に突き出さなきゃいけません」
「はい、分かってます」
互いに夜を明かしているので、もう体力や気力はとうになかった。私も力なく立ち上がり、男と横並びで、ふらつきながら街を歩いていた。
気分は完全に沈んでいて、これからの生き方への希望は潰れていた。どうせ死ぬだけの命、ということを痛感する。
でも、そんな自分に反して、朝焼けの夏は心地がよかった。相変わらず湿り気のある風は止まないけど、それがむしろ清々しく思えた。
私はずっと無重力のような心地で、探偵の横を歩いていた。
でも、最後に気になっていたことがある。昨夜、いや、今夜のあの言葉は、きっとこの先どれだけ生きていても、頭から離れないだろう。
だから最後に、一つだけ問いたかった。とそらく初めて、私は自分から探偵に話しかけた。
「最後に一つ、訊いてもいいですか」
探偵はほんの少し予想外だったかのように、眉とまぶたをぴくりと動かした。顔を動かしてこちらを見る。
「……なんですか?」
私は、空模様を眺めながら問うた。
「どうして、悲しそうだったんですか。私が殺したって認めたときに」
探偵の顔は見ていなかったけど、おそらくこのとき、彼ははっとしていたと思う。そんな雰囲気は感じ取れた気がした。
また、互いの間に沈黙が走った。私たちは、どれほど黙れば思いを伝えられるんだろう。
ちょっと経てばその無言も破られるけど、返答を待つ時間は、私としてはいささか居心地が悪かった。
でも、探偵が口を開いてしまえば、なおさら腹や胸の底から知らない感情が湧き出てくる。それになんと名前をつければいいのか、この世にその気持ちを表す名前があるのか、私はまだ、いやきっと、一生知らない。
知らないから、最後にあなたに教えてほしいと願った。
「……どうしてでしょうね」
だけど、やっぱり思いは伝わらない。探偵だというのに、彼はこの気持ちの答えを、あやふやにしてはぐらかした。
きっと、感じているものは同じだっていうのに。
私はただ、目を伏せて、また口をつぐんだ。そして、街の夏と朝焼けの虚しさを肌で覚えようとした。
おそらく、もう私は、ここには帰れないから。
街の夏は、鮮やかな色だった。
なぜ私はこの季節に夏の話を書いたのでしょうか。自分でも分かりません。
まぁでも、夏の阻止さんかっこよさそうだからいっかぁ……の精神です。