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影とぼくが重なる日
熱が出そうなほどひどいにおいがしたことを、よく覚えている。うなされるみたいなもののにおい。明度をよく下げたようなキツさを持っているぼくは、そう間もなく、筆で塗られたみたいに、底抜けに明るく、うるさく重なる。
あの時よく食べていた、唐揚げの味を覚えている。母さんが詰めてくれたものだ。醤油の効いたやわらかいそれが非常に美味だ。ぼくはタイルのひんやりした冷房室の中で、それを食べる。白い陶器の椅子もやはりひんやりしていて、ぼくがいかにいかほどのものだったのかを、よく表している。
そこが全てではない、だとか。閉じ込められていることが、当たり前だと言う。それが馬鹿らしいと思いながらも、小心者の証明者であるから、こんなところで昼餉をつつくのだ。
けれど、見つからないようにしていたというのに、普段は誰もぼくを見つけないというのに。勢力の散らばった火の粉は、いつしかぼくが、こんなところで昼餉を済ませているのを見つけたらしい。
善意からかもしれないが、ぼくを見つけてくれた人たちは、虫がついているだとか、声の調子だとか。なんと親切なことに、ぼくの気づかないところばかりを指摘してくれた。そういう彼らのことを何と表わすのかを、ぼくは知らない。
ただ、なぜだろう。いつしかぼくは、あの醤油の味付けが分からなくなってしまった。
そういう毎日をくらしていると。今日にまで、ついに今日にまで、さかのぼったことが戻ってくる。
熱が出そうなほどひどいにおいがしたことを、よく覚えている。うなされるみたいなもののにおい。暗いと言う割にはキツいという矛盾した定評が、ぼくにはついている。悪夢じみた耳鳴りを振り払いたくて、ぼくは走っていた。
善意なんかは分からないけど、あまりにも素晴らしい言葉を言われて、高いところへ行きたくなって、吸い込まれたみたいに走っていった。
三階の空き教室までたどり着く。窓のサッシが熱くて、それでも手を引っ込めなかったのを覚えている。
ぼくはそのまま、走り方がずっとおかしかったことを頭にめぐらせながら、ほかにも直すべきところばかりだったことが頭をよぎりながら、ぼくという存在のにくにくしさが露呈されるのを待っていた。
風と光の中がさわやかで、骨ごとすっぱ抜かれそうな気分だ。
影とぼくはそう間もなく、筆で塗られたみたいに、底抜けに明るく、うるさく重なる。
わかりづらい描写になったかなーと思ったので、解説できるところだけ解説します。
まあ、そうですね。簡単に言うと、「学校で便所飯してた『ぼく』がクラスメイトに目をつけられ、精神的に追い詰められた後、飛び降りる」話です。おそらくここまではわかったかと思いますが……。
さて、追い詰められたという割には、「なんと親切なことに、ぼくの気づかないところばかりを指摘してくれた」だとか「あまりにも素晴らしい言葉を言われて」なんて書いてあります。
習作のつもりで書いたので、用法が間違っているかもしれませんが、信頼できない語り手、というやつです。思い込んでいるのか、はたまた言葉では「親切心から指摘してくれた」なんて言いながらも、本当は悪意に気が付いていたのか。それとも、皮肉だったのか。
また、「影とぼくは~うるさく重なる」というのが冒頭と最後にあるのは、もう主人公は飛び降りていて、中間部分が回想だったからです。
最後に飛び降りた先、死がきちんと彼を解体したのか、それとも生きているのか。どちらとも言えない気持ち悪さがありますが、どちらに転んでも苦しい結果になることには変わらないと思います。