公開中
ぼくらとやまなし-1-
ジーンジーン、シュワシュワ…
……
耳を無理やり通り抜ける甲高い鳴き声が教室中に響き渡る。
コンクリートでできた壁に音はぶつかり、反響し、より一層うるさくさせる。
そして夏休み前日ということもあってか、クラスメイトたちも普段より多く話していた。
聞こえすぎるトウヤは、思わず耳をふさいだ。と思えば、静かにならない鳴き声を聞き、諦めたのか塞ぐのをやめ、後ろの席に頭を乗せた。
「ははっ、トウヤが死んでるー。」
アキはそう言い、えいえいとふくらんだ指先でトウヤの左頬をつつく。
トウヤのびっしょりと汗ばんだ髪は机とこすり合わさって、キシキシと小さな音を立てた。
しかもちょうどそこは日当たりも良かったので、トウヤの顔はじわりじわりと、焼けていた。
「ねぇトウヤー、夏休み何する?」
アキはそんな様子のトウヤを気にせず、単純に問いかける。
「…んー、何しよ。」
トウヤは気だるげなまま答えた。
いきなりガラガラっと扉が開く音がすれば、そこに1人の長身の女性が現れた。
扉が開く音で皆黙り、姿勢を正す。トウヤも重い体を急いで起こし、起き上がった。
「みなさーん。明日から夏休みです。しおりは見ましたか?」
見た人は手をあげてー、ずらっと手が生えそろう。
「それじゃあ、夏休みの宿題を配ります。」
そう言い、先生は一人ひとりの名前の書かれた茶封筒を、配りに回った。
えーっと落胆する生徒、いらないですと拒む生徒。
燃やそうとする生徒もあった。順々に封筒は配られていった。
「そして、先生から追加で宿題があります!」
そういうと、クラスメイトたちからは非難の声がたった。
しかし、そんな中で紛れて、アキはトウヤに話しかけた。
「ねぇ、''あの''こと、覚えてる?」
「あのことってなんのことだよ。」
トウヤは戸惑いながらも聞く。
「アレだよ!去年の…ほら、たしか''麦わら''の…」
アキがそう言うと、トウヤは納得したように言った。
「あぁっ、''アイツ''かぁ。」
「静かに!」
先生の口からやや強めな言葉が吐かれる。
クラスメイトの声は段々とフェードアウトしていった。
そして、先生は言った。
「みんな、たのしい思い出を作ってください!」
ずりずりと引きずり角が落ち禿げた図書袋に、両手で抱えた凛々しく咲き誇るアサガオ。
ずっしりしたランドセルに肩からぶら下がった水筒を蹴り、コロコロしたナップザックを背負い腕から給食袋を揺らし…
「あーっ!!重いー!暑い!とおい!」
アキは文句を垂れ流していた。
「お前が持って帰らないせいだろ。」
アキのランドセルに入りきらなかった教科書やらを両手に抱え、涼しい顔でトウヤは言う。
「トウヤのドクゼツ!わかってない!」
「ドクゼツじゃなくてセイロンだと思うけど…」
アキは小さく唸り、地道に坂道を下ってゆく。
ちょうど下り坂が終わるところで荷物を置き、アキはどしんと座った。
すると水筒を大胆に振り回し、蓋を開け、豪快に飲み始めた。
「…っ、んぐっ、…ぅっ…プハーッ!!」
一瞬息継ぎをし、アキは言った。
「はぁ〜っ、生き返る〜。」
トウヤもアキの隣に座り、ふぅっと息を漏らした。
空は目が痛くなるほど鮮明な青色を映し出し、ピシャリと強い日差しを当てる。
「もうここがオレの家でいいよぉー。」
アキは涼しい木陰の中で、地面にもたれかかりながら言った。
「ばかみたい。」
トウヤは呆れた様に言い放った。
---
「はぁーっ、やっと着いた…」
アキはそう言い、自分の家の玄関にどっかりと荷物を置いた。
「…もう、ぼくまでクタクタだよ…」
ずっしりと両腕にのしかかる教科書たちを抱え、ぼくはどっとため息をついた。
そんな中でも呑気にセミは鳴いて、よりいっそうイライラさせてくる。
アキはピンポンを鳴らして、
「かぁちゃーん、ただいまぁー。」
と、大きな声で言った。
すると、ガラガラと引き戸が開いた。
そこにはアキのお母さんがいた。
「おかえり。えらい大荷物じゃないの。…っと、トウヤくん、アキの荷物持ってくれたの。ありがとうね。ごめんなさいねぇ、この馬鹿が…」
アキのお母さんはそう言う。
「バカ言うな」
「大丈夫です。いつもこうなので。」
「トウヤまでぇ!」
アキは泣きそうな声で言う。
アキのお母さんはほほほと高らかに笑った。
「…暑いんだし、少しうちで涼んで行きなさい。」
アキのお母さんは、アサガオを持ってこう言った。
「ありがとうございます。」
ぼくはお言葉に甘えることにした。
靴を脱ぎ、玄関を上がれば、アキのお母さんからそのまま居間に案内された。
案内に従ってツルツルの床の上を靴下で滑りながら歩いて行くと、既にアキがスイカにがっついていた。
「うんめぇー!」
「こらアキ、トウヤくん待たんと。」
アキははーいとふぬけた返事をした。
ぼくもさっと座って、早速スイカに手をつけた。
アキの後ろで静かに首を振る扇風機を見つめつつ、塩瓶を軽くにぎる。
塩をぱっとふり、切り口のてっぺんを小さく一口かじる。
そこはかとなく口の中に広がる甘い香りと、みずみずしくも濃く淡い甘さが、下の上でスルッと通り抜けた。
「おいしい。」
ぼくはぼそっとつぶやく様に言う。
「だろー、うちのじいちゃん、タクミなんだぜ。」
アキは何故か誇らしげに語った。
縁側から差し込む暖かな光に紛れてすばやい風がサッと入ってくる。
風はぼくの肌に触れて、浮き出た汗を拭き取ってくれた。
「ジュースどうぞ。」
奥からアキのお母さんがなにか赤い飲み物を運んでくれた。
淡い赤色は、鼻で嗅がずとも、甘く芳醇な香りを届けてくる。
「わぁっ、美味しそう…」
ぼくはまじまじと花柄のガラスコップの中の飲み物を見つめた。
よく見れば、パチパチと泡も浮き上がっている。
「スイカジュースよ。砂糖漬けにしたスイカを入れて、サイダーを入れてな…」
アキのお母さんはそう言い残し、また台所へと向かっていった。
「母ちゃんまた変なの作って…でもおいしそー。」
アキはそう言いためらうことなく飲み始める。
ぼくもそれを見て飲み始めた。
さっぱりとした味わいにサイダーの爽快さが加わって、ごくごくとのどを通る。
しゅわしゅわのせいでゲップが出そうになるけど、それを忘れてしまうほど甘さが強い。
ゴロゴロしたスイカの果肉は、ひとつ噛むだけですっと消えて、甘さだけが残った。
「んー!うんまい!」
アキが嬉しそうに笑顔で言う。
「そうだな。」
2つのコップはあっという間に空っぽになって、空虚な水滴と空気のみを残した。
「おいしいものって、すぐ消えちゃうよなぁ。」
アキはふと独り言の様につぶやく。
「そりゃおいしいからじゃないの。」
「でも、なくなるなんてさびしいじゃん。」
アキは空っぽのコップを指でなぞりながら言った。
「母ちゃん!これおかわりないのー?」
「ないよー!欲しかったら自分で作りー!」
ふんとアキは何故か不服そうな顔を浮かべ、退屈そうにあーと倒れ込んだ。
ぼくはランドセルから封筒を取り出し、夏休み帳を開く。
かたい筆箱をぱかっと開いて、次々と書き出した。
「げーっ、トウヤすぐやるタイプなんだ。」
「何がげっだよ。やらなきゃおわんないじゃん。」
何やら不満げな顔を浮かべるアキを無視して、ぼくはえんぴつを走らせる。
「絵かこうよ。」
アキは割入って話す。
「あっ、ボール遊び。ドッチボールは?」
「圧倒的人数不足だろ。」
ふとアキの方に顔を向けると、何やらむしゃくしゃしたように、アキはぼくの顔を見て言った。
「トウヤ、つまんない。」
「…1ページ終わったら遊ぶか。」
ぼくがそう言うとアキはにやりと笑って言った。
「…お!絶対だからな。」
---
「おじゃましましたー。」
帰る時には、既に夕方だった。
だけどまだセミはみんみん鳴いて、耳をすませばカエルやコオロギまで。
枯れかけの霞んだアジサイには、蜘蛛の巣がまばらにできていた。
ランドセルを背負って、ぼくはひとり歩いた。
「ちょっとぼくー?子供がひとりで歩いてたら危ないでしょー。しかもこんな時間に。」
突然、後ろから誰かに声をかけられた。
振り向けば、そこには男の子がいた。
メガネをかけて、髪の毛は中途半端に切り揃えられている。
「誰だよ。お前も子供だろ。」
「まそうかもね。一緒に帰らせてよ。」
メガネの子供はぐいぐいとこちらに来る。
一瞬、怪訝な顔を浮かべてみても、少年はケラケラ笑うだけだった。
「ところで君だれ?」
少年はメガネ越しに不思議そうな瞳をトウヤに向ける。
「こっちのセリフ…」
トウヤは呆れたように言った。
「トウヤ。」
それでもなお素直に答える。
「ふーん。」
だが少年は、面白くもなさそうに返事をする。
トウヤはかちんときて、少年に同じ質問をした。
「そっちこそ、名前なんだよ。」
「と……トシユキ。」
さっきと同じ様子で少年は答える。
トウヤは変に思って、少年の顔をじっと見た。
「ともかく、もう六時なんだから。こんな時間まで遊んてじゃダメだよ。」
トシユキは怒ったように話す。
トウヤは自分と差ほど歳が変わらない子供に言われたので、少し不思議に、苛立たしく思った。
「…ちょっと、」
トシユキに話しかけた時、トシユキはもういなくなっていた。
フクザツな感情がトウヤを取り込む中、トウヤはうちへと帰っていった。