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第3話:お姉様と、教育
合同演習が終わり、第5特殊消防隊の執務室。
「パキィィィン!」と、扇子を閉じる乾いた音が部屋に響き渡った。
「シヅキ! あんた、さっきの昼食もネギを残したわね!?」
プリンセス火華の怒声が、豪華なソファに座るシヅキに突き刺さる。シヅキはトオルの背後に完璧に身を隠し、彼の肩越しにじっと火華を見つめた。
「……ネギ。……毒。……いらない」
「毒なわけないでしょうが! この砂利が! 好き嫌いしてたら立派な消防官になれないわよ!」
火華が指を鳴らす。空中に桜を模した炎が舞い、威嚇するようにシヅキの周囲を囲んだ。普通の隊員なら腰を抜かす場面だが、シヅキは表情一つ変えず、トオルのシャツを「ぎゅっ」と握りしめた。
「……若(紅丸)が。……肉だけでいいって。……言った」
「……はあ!?」
火華の眉間がピクリと跳ねる。シヅキはさらに追い打ちをかけるように、淡々と、しかし決定的な名前を口にした。
「……叔父ちゃんも。……タンパク質、大事。……野菜、あとでいいって」
「浅草の破壊王と第1の大隊長の名前を出せば、私が黙るとでも思ってるの!?」
火華の背後に、どろりとした黒いオーラが立ち昇る。
トオルは冷や汗を流しながら、必死に間に割って入った。
「大隊長、落ち着いてください! こいつ、昨日も第7から届いた人型焼を主食にしてたんで、栄養バランスが崩れてるだけで……」
「トオル! あんたが甘やかすからこの子は付け上がるのよ! ほら、シヅキ! 今すぐこのナスを口に入れなさい!」
火華が差し出したのは、食堂からわざわざ持ってきた「ナスの煮浸し」。シヅキにとって、それは焔ビトよりも恐ろしい「敵」だった。
「……処罰。……トオル。……やって」
「俺に振るな! ……ほら、紫月。一口だけ食べないと、火華大隊長に本気で怒るぞ」
トオルが困り果ててナスの小鉢を差し出すと、シヅキは目に見えて震え始めた。
彼女の瞳に、うっすらと紫色の火花が散る。『焦眉の紫眼』が、あろうことか「ナス」に向けて精密照準を開始した。
「……分子レベルで。……消滅。……させる」
「食べ物を消すために能力を使うんじゃない!!」
トオルがシヅキの両目を手で覆い隠し、暴走を阻止する。
視界を奪われたシヅキは、そのままトオルの胸に顔を埋め、抗議の意を込めて彼の鳩尾を軽く蹴り上げた。
「……ぐふっ……!? なんで俺を蹴るんだよ……」
「……トオル。……ナス、味方した。……敵」
シヅキはそう言い残すと、トオルの背中にヒョイと飛び乗り、そのまま「死んだように」寝る体制に入った。
「……あ、こら! 寝逃げすんな! 重いって!」
「全く……。トオル、後でその子を私の部屋に連れてきなさい。……特別講習よ」
火華は呆れたように溜息をつき、扇子で顔を隠した。だが、その瞳には、自分の「義妹」であるシヅキへの隠しきれない愛情が滲んでいた。
背負われたまま、シヅキはトオルの首筋に鼻を押し付け、彼にしか聞こえない声で呟く。
「……トオル。……ナス、食べたフリ。……あとで、肉、ちょうだい」
「……お前、本当に……」
トオルは呆れ果てながらも、背中に感じる彼女の心音と、少しだけ軽くなった(1kg痩せた)体重を愛おしく感じてしまうのだった。
🔚