公開中
一
それは東京のどこかにある工場。人々からは単に「工場U」と呼ばれている。
何の変哲もないごく普通の工場に見えるが、そこで何が行われているかは、そこで働いている者以外誰も知らない。
一人の青年が工場Uの中を歩いていた。
彼の名は三片郁衣という。金と家族が好きなごく普通の男で、工場Uの作業員だ。
工場Uで働く者たちは、職種によって四つに分類される。作業員、清掃員、業者、そして幹部である。
作業員は、工場の中で一番人数が多くありふれていて、しかし一番残酷な仕事を行う。
彼らの仕事は人間の解体である。上からの指示に従って、手脚を切り取ったり臓器を取り出したりする。彼らの仕事はそこまでである。使用した道具や部屋の清掃、解体した人間の処理は行わない。
作業員は冷徹な人間や経済的に余裕がなく追い詰められている人間が多い。ある程度の利己主義と口の固さがなければ務まらない仕事である。
郁衣もその一人だった。彼はそこまで冷徹という訳でも経済的な余裕がないという訳でもなかったが、高給につられてこの仕事に勤めていた。犯罪を犯している自覚はあったが、根の呑気さから深くは考えていない。
郁衣は鼻歌を歌いながら長い廊下を歩き続けた。上からの命令がない限り、工場の中に入れば何をしていてもいいのだ。
郁衣が壁の染みに気をとられていると、誰かとぶつかった。
「おっと。すいません、よそ見してて」
「こちらこそすいません、ごめんなさい」
やけに謝る人だな、と思いながら、ぶつかったその人の顔を見る。赤銅色の髪に桃色の瞳。灰色の作業着から黒いタートルネックが覗いている。落ち着いた雰囲気だが、顔にはまだあどけなさが残っている。歳の頃は十四、五だろうか。少年と呼べる容姿だった。
作業着の胸元に青い横線が引かれている。どうやら彼は清掃員らしい。
工場Uには作業着があり、胸元の横線の色で職種が分かるようになっているのだが、着用は義務化されておらず、大半の者が私服だった。
「君、作業員?」
「はい」
少年は緊張しているのか端的に答えた。あまり人付き合いが得意ではないのかもしれないと思いつつ、職場での友好関係は保つべきだと考えた郁衣は、少し彼と会話することにした。
「俺、三片郁衣っていうんだけど。君は?」
「あ、えっと、加賀沢晴臣…です」
少年…加賀沢晴臣は、おずおずと無表情で答える。これは壁作るタイプかな、と郁衣は勝手に思った。
「清掃員の人にはいつも助かってるよ。ほんと、俺たち作業員じゃああんなに綺麗にできないもん」
「いえ…すいません。俺、もう行かないと」
「ああ、ごめんごめん」
頭を下げて晴臣は去っていった。
「…ちょっと気難しい子かな?」
晴臣の背中を見送りながら、郁衣は頭を掻いてそう呟いた。
晴臣たち清掃員の仕事は、作業員の使用した道具や部屋の片付けや清掃である。彼らの中には元作業員だった者もいる。家政婦としても通じる技能を持った者たちばかりだが、それでもここに勤めているのは、彼らの大半が過去に暗い経験をしており、表の世界で生きるのが難しいからという理由も大きいだろう。
「ま、ここに勤めてる時点で普通の奴じゃないだろうしな」
郁衣が再度呟いたとき。
「やぁ、アヤくん?」
誰かに肩を叩かれた。