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#16:どれが正解か分からない
相変わらず口調が迷子なので、安定させたいです。
戦線に辿り着けば、夥しいほどの兎たちが集まって、局員と乱闘を繰り広げているところだった。集合体恐怖症だったら間違いなく悲鳴を上げて逃げるような光景である。
「……今から追加でサポーター?何で?」
「コンゴウさん!」
見たことのある顔を視界に捉えて、私は駆け寄った。彼が目の前の兎を捌き終えて、小休憩とばかりにこちらのコンテナに寄る。
「ここまで戦闘が激化したら、サポーターは危険と隣り合わせになる。人間ならなおさらなんだが……」
「まあ、色々あったんです。端的に言えばですね。予知、みたいなものが目覚めちゃったんですよ。」
目を数秒間、瞬かせてから。
「はあ?」
こう、彼は呟いた。私が言い出したことを信じていないわけでもなく、単純に理解が出来ていないだけのように見えた。
「えっと、予知といっても、次の起きることが分かるみたいな、万能なものじゃなくて!ギルティの動きが、なんとなく分かるみたいな……?」
慌てて喋っているうちに、自分でも自信が持てなくなった。覗き込むようにしてコンゴウさんの顔を見れば、俯いて深く考えている様子だ。
「……|前線《ここ》で冗談なんて言うわけないしな。」
「信じて、くれますか?」
「ピンチに陥らせるようなことを言わなければ。」
「ありがとうございます!」
「行動で返してくれれば、それで良い。」
立ち上がるコンゴウさんとともに私もコンテナの裏で控えて、全力で意識を集中させる。
思い出せ。あの時感じたこと、痺れ、方向。思い出して、自分から起こせるものでもないとは予想しているが、幸いにもまた静電気のような感覚が私に直接届く。
「9時!山ほど!……えっと、3時からも来そう?」
「さっきから山ほど来るな!」
横から飛び込んできた兎を突いて撃墜しているうちに、私の勘がおおよそ当たっていることを確かめられた。
「何でこんなに集まってるのかとか、分かるか?」
「そこまでは流石に……。まあ、あまり良いこととは思えません。何か向こう側にもあるはず。そうだ!特殊個体って、どんなのでしたか?」
「あれだ。」
「あれ?」
指さされた方向、上を向けば、すぐそこにそれは位置している。
金色の、月のように。我が物顔で居座るあれが、特殊個体。ふわふわと、攻撃が当たらないように上手く移動している。よく見れば、兎たちが飛び上がって特殊個体の元に向かっている。向けられる武器を無視して、一心不乱にあれに飛びついている。
「……なんか、色が濃くなっているような?」
「そうか?」
風が吹いていないのに、表面はうねうねと波打っている。それに触れた兎は泡立ち、波打つ表面と同化している。
「さっきから兎が吸い込まれてるじゃないですか。私の気のせいでなければ、少し赤みが増してますし、膨らんでいると思うんです。」
「兎の処理で精一杯で気が付かなかったな。ここの陰に残っていてくれ!」
そう言うと、コンゴウさんは走って他のウォリアーの元に近づいていった。
待っている間にも、よりぶくぶくと表面が泡立ち、多くの兎が取り込まれていく。額に浮かぶ汗を拭い私を無視する兎たちを観察する。ただ決められたプログラムに従って動くような、無機質な動き。
「本当ですか?亜里沙さん。」
コンゴウさんに連れられてやってきたメンバーの中から、私に声をかけたのはルイセイさんだった。
「確かに動き方は怪しいとわたくしも感じました。まるでわたくしたちのことなんて、兎は意識しませんから。」
【あの時の任務では反応してた。だけど今は、特殊個体に向かうことが最優先。】
と、人工音声が告げる。素早い動きで文字の読み上げをさせたのはルレットさんだ。実際にこうしてコミュニケーションをとっているのを見るのは初めてだ。前回の任務では、斥候を任されていたので、コミュニケーションを取る余裕がなかったようだ。
「普通の兎みたいな、小さな弱い個体でも。それがいくつか集まっている比較的強い個体でも、月みたいなやつに吸収されている。」
【母体。】
「それが1番、的確そうですね。」
黙って私も頷いた。読み上げさせたその単語によって、ようやく特殊個体の立ち位置が落ち着いた。
要は、兎の母体。親。生み出した、大元のギルティ。
「で、この後はどうすればいいんだ?」
「少しずつ、刺激が弱くなってます。来る数が明らかに減ってる!」
2人は意味が分からず、私をまじまじと見つめていたが、意味が伝わるはずの彼は理解してくれたようだ。
「このまま、兎が吸収されなくなったら、どうなるんだ?」
「どうなるって……。」
自分から言い出しておいて、その先に繋がる言葉が見つからず、私は口を閉じる。コンテナの陰から少しだけ身を前に出せば、物量戦で疲れ切ったウォリアーたちの顔が見える。
「それにしても、暑いですね。こんなに気温は高くなかったような気がするんですけどね。」
「残暑が長引いてるんじゃないか?」
先ほどの私と同じように、汗を拭ったルイセイさんとコンゴウさんの間に、音声が割って入る。
【違う。あれのせい。】
振り返れば、さらに泡立ちが激しくなった丸いギルティが降りてきている。ほのかに焦げ臭い。
【吸収して、エネルギーを蓄えて】
【最後には、爆破】
音が消えた。
すぐに戻ってきた聴力と思考力で、私はどうにかしようと考えを巡らせる。
とは言ったものの、私は戦闘が出来るわけでもないので、そこに立ち尽くしている2人と、不穏すぎる一言を投下した女性を順番に見つめることしかできない。
『あ、戦線のみなさん!聞いてますか?軽い反撃くらいしか食らってませんよね?オペレーション、聞いてください。』
矢継ぎ早に、こちらからの応答なんて聞く気のない一方的な通告。私を扇動したその声は明るい。
『あの月っぽいギルティ、処理しないと吹き飛びますよ。私のシミュレーションによりますと、コンテナ地帯は、確実にね。今から指示飛ばしますから、しっかり聞いて、爆弾処理頑張りましょうね!』
現実になってしまった一言を覆すため、そこから先の指令に私は意識を集中させた。