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第一話 雨夜、リスタート
自主企画やってます!
雨夜六花は自分の名前が嫌いだ。
なにも、名字である雨夜と名前である六花の両方が嫌いというわけではない。嫌いなのは六花のほう、ファーストネームのほうだ。
六花。
なんだその小洒落た名前は、と思う。
かわいさとか、儚さとか、きれいさとか、そういう女の子らしさは皆無である。全く持っていない。
伸ばしっぱなしの髪の毛。手入れなんてしていないがさがさの肌。適当に安物で切っている爪。隈だらけの目。
どこをどう見たら、六花なんて名前が似合うのだーーそう思う。
逆に、雨夜のほう、ファミリーネームのほうはわりかし気に入っている。
雨と夜なんていう不吉な名前だけれども、自分にはぴったりだ。
そういうわけでこの物語では、雨夜六花のことは雨夜と称することにする。
さて、ここからが本題だ。
雨夜は目醒めた。
ほの暗い部屋だった。
身体を起こし、窓の外を見ると、太陽がまだ昇りきっていなかった。
雨夜がこんなにも早起きをすることなんて普段はありえない。雨夜は驚きながら顔にどさっと乗っかっている白っぽい髪の毛を払い除ける。
そう、白っぽい。
「……はあ!?」
雨夜は日本人だ。黒髪である。
別にハーフとかそういうことはなく、知らないだけでもしかしたら多少は外国の血が入っているのかもしれないが、しかし、元々の髪は間違いなく濡羽色のきれいな日本人の髪だった。
完全な白よりは暗そうな長い髪をいじりながら、雨夜はさっきからちらちらと目に入っていたそれを見る。
十数人くらいの人がすやすやと眠っていた。
自分もついさっきまでこうやって眠っていたのだろう。
ただ不思議なのは、それぞれの髪色が明らかに色素がおかしいところだった。赤色に青色、黄色もある。かと思えば、半分くらいがまだ黒色という人もいた。
そして。
なぜ自分がここにいるのかということを、雨夜は全く思い出せなかった。
記憶が家でゲームをしていたところでぷっつりと途切れている。
雨夜はそれなりに記憶力がいいということを自負しており、だからこそ言えるのだが、どれだけ頭を捻っても、ステージ攻略の途中で記憶がブラックアウトするのだ。
まさか、スタンガンで気絶させられたとかだろうか。
……ないな。すぐに雨夜はそう結論付けた。
雨夜は自宅の地下室にいつも引きこもっていたし、侵入者とかなら物音くらいするはずだ。
しかもそれだと髪色が変わっていたことに説明がつかない。
白色はともかく、赤色とか青色とかは明らかに科学の範疇を飛び越えているではないか。
いくら考えても、宇宙人の仕業だとか、妖怪変化の類いだとか、そういう選択肢しか思い浮かばない。
数分考えたところで雨夜は観念した。
どうせ雨夜は不勉強なひきこもりである。考えても理論的な答えを導き出せるとは到底考えられなかった。
それより、ここはどこなのか。
雨夜はぐるっとその部屋を見渡す。
さっきも見たように、たくさんの人たちが眠っている。
窓ははめ殺しである。そして、扉はなかった。
薄暗くてあまり見えないが、なにか棚のようなものがあり、何かが載っかっている。
さて、特筆すべきは、扉がないというのは、密室を指すとは限らないということである。
|むしろ非常にオープンだった《・・・・・・・・・・・・・》。
だだっ広くぽっかりと穴が空いていた。
「…………」
雨夜はなにか少し拍子抜けしたくらいの、若干混乱する気持ちで立ち上がり、外に向かった。
穴を抜けた先はデパートだった。
あのデパートだ。
「……はあ?」
目を疑った。
雨夜、本日二度めの「はあ」である。
確かに思い出してみればさっきまで雨夜が居た場所も棚やらなにやらがあってお店のような雰囲気があったが。
それにしたって、である。
なんと言っても、今の雨夜がおかれている状況を一文で説明するならば、
『目が覚めたらデパートにいて髪の色も変わっていて周りに寝ている人がいたひきこもり』
なのだから。
人生に一度でもこれを経験した人がいたら雨夜は是非とも会ってみたいものである。
しばらくデパートと思わしき場所を慎重に徘徊していると、
ふいに、
人の声がした。
どきんと雨夜の心臓が跳ねた。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
まだーー味方とは限らない。そして、敵とも限らない。
好意的に接してきても、あちらがこちらを利用しようとしている可能性もあるし、敵意なく悪意を向けてくる可能性もあるのだ。
あくまで、慎重に。
雨夜は恐る恐る近づく。柱を伝って、抜き足差し足、尾行をしているかのように近づく。
もともと影がすこし薄めの雨夜だ、隠密は完璧だった。ばれていない。
ーーはずだった。
「やあ。誰だい?」
ひやっとした声だった。
さっきとは比べ物にならない強度で雨夜の心臓が跳ねた。冷や汗がぶわりと吹き出る。声が漏れそうになる。
なんでばれた。なんでばれた!
「エネミー……じゃあないね」
こつこつと近づいてくる足音。声は男性のものだ。雨夜の心臓が早鐘を打つペースが速くなる。
「かといって隊員だったら隠れる意味もないし……」
逃げることはしなかった。できなかった。飛んでくる鋭い視線に足を縫い付けられたかのように動かなかった。
ホラーゲームのようなシチュエーション。でもゲームと実際では、緊張がまるで違った。
「あ、じゃあ」
バッと人影が雨夜の視界に表れる。
雨夜は呪縛が解けたかのように身構えるのだがーー
「新しく起きた人か」
表れた男はひらひらと手を上げて振っていた。
無抵抗の証だった。
雨夜の緊張が、ゆっくり、ゆるやかに解けていく。
「おーーお前、誰だ?」
口をついて出たことばに、男は答える。
「月宮千。ーーここのリーダーさ」
優しいはずなのに、ひやりとする笑顔で。