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公開中
打撃少女
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 4
STRIKER girl
~女子格闘技テッペンへの道~
☆
何故、空手は、伝統空手道はオリンピック正式種目に受け入れ難いのか…??
それは伝統空手だからこその形の技が、突き、蹴りのスピードが早すぎるため、一般の人々はもちろん、テレビカメラでさえ捉えられないためなのである。
『伝統空手道の形の中にこそ技の真髄が有る!』
☆
「キャー」
カッカッカッ…
ダッダッダッ
「たすけてー」
カッカッカッ…
女性の悲鳴と乱れたハイヒールの足音が聞こえてくる。
それを追いかける重い足音が聞こえてくる。
重い足音がハイヒールの足音に追いついた。
「おら、可愛がってやるって言ってるんだよ」
「いや!やめて!」
女性は重い足音に捕まり腰からその場に崩れ落ちた。
重い足音の主である男が女性にのし掛かりブラウスの胸を引き裂いた。
「やめなよ!」
少女の声が清く響いた。
男は顔上げ首を傾げながら、清く響いた声の聞こえた方向に視線を向けた。
「やめろよ、ゲス野郎」
少女の声に怒気がこもる。
その言葉が勘に触ったのか男は立ち上がり声を発した方向へ体を向き直した。
そこにはママチャリを背にした上下ジャージ姿でスラリと背高な少女が立っていた。
男は下品にニヤッつきながら少女に近づき無造作に腕を伸ばした。
瞬間!
ドコッ!
ウッ!ドサッ…
息を詰まらせ宙に浮き男は地面に這いつくばった。
少女は何も無かったかのようにクルリと身を翻しママチャリにまたがりその場から姿を消した。
☆
オオサワ イツミ(大澤 逸 美)は自宅の自転車置き場にママチャリを止め、玄関のノブを静かに開けながら家の中の様子を伺いながらソッと入り込む
家の中に見える灯りはキッチンの小さな仄かな灯りと
母親の寝室の不完全に閉じられたドアの隙間からだ…
イツミは足音を忍ばせキッチンへ向かい冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出しゴクリと一口喉に飲み込む。
そのまま浴室へ向かい、洗濯機へ向かって今着ている物を脱ぎながら放り込んでゆく。
ジャージの上下、ソックス、Tシャツ、スポーツブラ、スパッツにパンツを最後に洗剤を入れ洗濯開始のボタンを押す。
バスタブに熱い湯を入れながらシャワーで汗を流しシャンプーし洗顔してバスタブに入り半身浴程度に湯が溜まれば湯入れを止めて目を閉じる。
目を閉じた闇の中に動画が再生される。
(ドコッ!ウッ!ドサッ…グゲッ…)
いくら相手が無造作で無防備だったにしても大の男があんなにも簡単に倒れ動かなくなるとは思わなかった。
自然体に脱力しノーモーションでのフロントキックを的確に鳩尾へ蹴り込んだだけなのに…
洗濯終了のブザーが鳴った。
それを合図にイツミはバスタブから上がった。
☆
洗濯物を左手に持ち、肩からスポーツバッグを掛け、頭からバスタオルを被り、右手に学生鞄を握り全裸のままイツミは二階の自分の部屋へ向かった。
半袖半パンのスエットを身につけベッドへ転がって睡魔に引きずり込まれゆく。
イツミは母親と二人暮らしで父親は小学六年生の時に家を出て行った。
理由は母親の繰り返す浮気だった、今でも母親は時々男を連れて帰ってきて夜を過ごすのだ。
そのために玄関のドアを開け必ず見知らぬ靴が無いか確かめるのが習慣になっている。
高校一年生の夏休み前の定期テストを終えて昼過ぎに帰宅したイツミはキッチンへ行き冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出し振り向いたところへ見知らぬ男が立っていた。
男はなれなれしく奇妙な声で「母さんの友達だよ、よろしくね」っと握手を求める様に右手を差し出てきたイツミはつられて右手を出すとそのまま強く握りしめられ男の腕の中に引き込まれた。
「可愛いじゃねぇか友達ごっこしようぜ」言いながら制服の上から尻を捕まれ、顔を近づけて唇を重ねようしてきた。
イツミは思いっきり頭を振って抵抗をした、そのはずみで男の顎にイツミの頭が当たり男はその場に倒れ込んだ。
☆
あの時の不快感、恐怖感を味あわせた男の理不尽さが許せない。
だからイツミは男が嫌いだ、その男に甘え媚びる母親が嫌いだ、自分を残して姿を消した男・父親が嫌いだ。
そんな世の中の全ての男をぶっ飛ばす事を心に誓い総合格闘技のジムに通いはじめて一年が経っていた。
ジムでは一応、レディスコースに所属はしているがトレーニング時間を増やすためと自宅へ帰り時間を遅らせるために混合コースにも参加している。
通常は男性と女性のスパークリングは行われる事は無いのだが
イツミに対して下心見え見えで自分に声を掛けてくる男には必ず返す台詞を決めている。
『アタシとスパークリングして勝ったら、お茶でもご飯でも何でも何処でも付き合ってあげるよ』
イツミを誘った男達はその言葉に一瞬戸惑うのだが、次の瞬間頭中に下品な思いを浮かべる。
スパークリングをすれば当然寝技になる、関節技、絞め技で押さえ込めばどさくさ紛れに彼女のカラダに密着して触って楽しめる事を
『ただしアンタが負けたらリングの真ん中で土下座して「ごめんなさい僕は変態です」って声を出して言えよ』
とイツミは付け加える。
☆
イツミは、ストライカーである
総合格闘技において、スタンド(立ち状態)での打撃に特化した選手のことをストライカーと称する。
もちろん、総合格闘技の技術としてグラウンド状態でのサブミッション(関節技、絞め技)もトレーニングはしているが、レディスコースの会員同士か女性コーチを相手にしか行わない。
下品な男達とスパークリングを行う時にはグラウンド状態はもちろんサブミッションはイツミから一切仕掛けないし相手にも触らせる事はしない。
下心見え見えの下品な思いにかられている男達の思考はタックルからグラウンド状態への思いでいっぱいで顔面へのガードは甘くなっている。
その顔面へ打撃を集中的打ち込む、焦ってガードが上がり過ぎたボディへ蹴りを入れる、さらに膝蹴りを突き刺して仕止めてしまう。
そしてそれがイツミの今の最高の楽しみでストレス解消法になっている。
☆
すでに同じジムの一般会員の男達はほとんどがイツミの公開処刑スパークリングを経験者になってしまっていた。
最近では、たまに新規で入会してきて事情知らずに意気がってイツミに声を掛ける男くらいしか公開処刑を受ける事はない。
今のイツミの思いは選手コースの男性とスパークリングをしてみたいのだが
さすがに選手コースの男性には下品な思いを持つものは無くイツミに声を掛けたりはしてこない。
気持の中には負けはしないと言う思いはあるが自らスパークリングを申し込むには自分のプライドが許さないのである。
もちろん、女子の総合格闘技の大会もトーナメントも有るので選手コースの女性会員もいるが、女子と戦う事が魅力的なことには思えないのだった。
確かにイツミの打撃のテクニックはスピードもパワーもコントロールもずば抜けていて一般会員である事が勿体無いと言う声も聞くのだが…
ジムには一般会員のメンズコースとレディスコースがあり、さらに男性と女性の選手コースが有る。
その各コースにコーチがいて全コースを統括するチーフコーチがいる。
チーフコーチは各コースのコーチをサポートしてほとんど裏方の役だとイツミは思っていた。
☆
チーフコーチであるその男の名は
フワ カイト(不破 凱 斗)という。
年齢32歳のまだまだ現役の選手であるが自ら好んでは試合に出ることをはしない、が、
やむを得ず、相手選手やジム、大会・トーナメントのスポンサーからのオファーの有った場合だけ出場するというちょっと変り者の選手なのだ。
チーフコーチという立場上、全てのコースに顔を出すが積極的にコーチングする訳でも無く、
もちろん、イツミもコーチングを受けたことも無ければ日常会話もしたことは無い。
会員達はカイトコーチと呼んでいる。
最近はストレス解消の公開処刑スパークリングも無く力まかせにサンドバッグにパンチ、キックを叩き込む日々のイツミにそのカイトコーチが声を掛けてきた。
「イツミさん次の日曜日、時間有ったら付き合わないか?飯くらいは御馳走するからさ」
イツミはあまりの唐突な事に戸惑いその言葉を聞き過ごすところだった。
カイトコーチの顔をまじまじと見つめ、イツミは心の中で呟いた…コイツもただの男なんだ…
それからいつも通りの台詞を言った。
「アタシを誘うならスパークリングして勝ってからだよ、コーチが勝ったら、お茶でもご飯でも何でも何処でも付き合ってあげる、ただしアンタが負けたらリングの真ん中で土下座してよ」
☆
「へぇ~」と気の無い返事をしたかと思うとカイトコーチは手近に有ったパンチンググローブを手に取りリングへ入っていく。
まさかの展開に、イツミは慌ててオープンフィンガーグローブをはめてリングへ駆け上がる。
その様子に気付いた会員達がリングサイドに集まり始めた。
チーフコーチで現役選手だというが、イツミはカイトのトレーニングをしている姿もスパークリングしている姿も見たことは無い、おそらく一般会員達の全員が見たことが無いはずである。
この時、イツミにはカイトをリングに上げたことにしてやったりの気持とヤバイかもと言う気持が交錯していた。
リングサイドの誰かが声を掛けてくる「カイトコーチ、何分間のタイムですか?」
スパークリングには3分間、6分間、10分間、15分間と時間無制限があるからだ。
しかし、カイトは「タイマーはいらないから、誰か開始の合図だけしてください」と言った。
イツミにはその意味が理解できなかった。
そして誰かが声を発した「スパーリング開始!」
カァーン!ゴングが鳴った。
同時に、イツミはファイティングポーズをとり勢いよく踏み出した。
☆
カイトは両腕をだらりと体側にたらし軽く軽く身体でリズムを刻んでいる。
そのリズムを刻んでいる体勢はフットワークでもなくただ無防備であるようにしか見えない。
しかし、イツミはそれが誘いだと警戒した。
カイトには軽く軽くリズムをとるだけで特別な威圧感も無い…
そんなカイトにイツミは勢いよく踏み出した足を止め近づけないでいた。
それでもとスピードなら負けないとイツミは自分に言い聞かせ一気に間合いを詰めてストレート気味に左拳のジャブを打つ!
パッシ!
その左拳の内側を弾かれる。
パンチは勢いよく左の外側へ流される。
同時に、左腕の付け根をピッキ!と電気が走るような痛みを感じた。
カイトは表情も体勢も何も無かった様に自然体で軽く軽くリズムをだけ取っている。
イツミは一度間合いを外して気持に力を入れ直して、もう一度一気に間合いを詰めて左ストレートを放った。
イツミの目にはそのストレートが左拳が完全にカイトの顔面を捉えた様に見えた。
が、カイトの顔面は消えていた。
バッチン!
同時に、イツミのボディへカイトの右のショートストレートが衝撃を与えていた。
カイトはダッキングでイツミの放った左拳と同時にパンチを放ったのだ。
☆
カイトは何も無かった様にまた自然体でイツミに向き合っていた。
何かが違う…
その感じたイツミは再び間合いを外してカイトを見ていた。
カイトは、相変わらず両腕を体側に下げたままだった。
その体勢からカイトのファイトスタイルが見えてこない、ゆえに間合いが読めない。
ここは、一か八か、パンチに見せかけてミドルキックを狙うか…??
イツミはステップを刻みながらカイトとの間合いを詰める。
左、右とパンチでフェイントを入れ右ミドルキックを放つ。
カイトの左脇ボディへキックが届いた。
思った瞬間、蹴り足は左側へ捌かれ身体が流される。
同時に軸足に触れる感じがあった。
わずかに間を感じると背中からリングに打ち付けられた、瞬間、同時にイツミの顔面鼻先へカイトの右拳が落ちてきた。
鼻先の肌に触れたパンチンググローブの感触に敗北感がこみ上げた。
カイトは囁くように問いかけてきた。
「まだ続けるかな?」
イツミは仰向けに倒れたままで首を左右に振りながらギブアップを呟いた。
カイトは、ニコッと小さく微笑み「じゃ次の日曜日、朝の10時前に迎えに行くよ」と言葉を残してリングを降りて行った。
あぁ~イツミちゃんがカイトコーチの手に落ちちゃったよ~
リングサイドの誰かの声が響いた…
☆
日曜日の朝の9時からの30分間をイツミは鏡に写った自分の姿を見る事に費やしていた。
クッソ!
毒づきながら身につけているショートパンツを脱ぎ捨て、キャラクターのプリントされたTシャツを脱ぎ捨て、スポーツブランドのTシャツに上下ジャージに着替え直す。
浮かれた気持を持っている自分の姿を恥ずかしいと鏡を睨み付ける…
そんな事を繰り返していると、家の前にカイトの車が止まる音がした。
イツミは何でこんな気持になっているのかと自問自答しながら階段を降りて行く。
日曜日、無言で母親と顔を合わせているのも息苦しいし、暇つぶしよ、とそう自分に言い訳しながら玄関のドアを開けて出て行く。
カイトが運転席から降りてきて助手席へイツミをエスコートしてくれる。
イツミはカイトの姿を無意識にチェックする。
特にお洒落している感じではなくラフな格好のカイトの姿に浮かれていた自分をさらに恥ずかしく思った。
カイトの運転する車は市街地を抜けて緑のなかを抜け郊外にあるスポーツアリーナの駐車場に滑り込んで行き止められた。
その場所にイツミは戸惑いながらカイトの顔を見つめる。
そんな事を気にする様子も無くイツミをエスコートしてアリーナの正面ゲートへ向かって歩いていく。
いったい何が有るのだろうか?
☆
〈JKF・オールジャパン空手道チャンピオンシップ〉
の看板が掲げてある。
イツミは心の中で呟いた…空手って…
「イツミさんの空手って言うイメージは?」
カイトが問いかけてきた。
「接近してローキックして胸や腹を殴りあうかな?」
イツミは素っ気なく答えた。
「やっぱ、そう言うイメージが多いよね、フルコンタクト空手だね。
JKFは伝統空手って言われてる、世界的には近代空手とも言われているんだよ」
「伝統空手?近代空手??」
「昔風に言えば、寸止め空手だよ」
「え…寸止めなんて見る価値あるんですか…??」
イツミは思わず呟いた。
カイトがニコッり微笑ながら言う。
「まぁ百聞は一見に如かずだよ」
カイトは観客席の中へすいすいと歩んで行く、アリーナの中央には、一段高く試合コートが設置されている。
試合コートが正面から見える辺りの観客席でカイトが近くにいた学生に声を掛ける。
とたんに学生は弾かれた様に立ち上がり二人分の席を開けてくれた。
カイトが声を掛けてくる。
「イツミさん、座りなよ」
「はい、ありがとうございます」
イツミはぎこちなく返事をしながら、ぎこちなくカイトの隣に腰を下ろしながら言葉を出した。
「あの、カイトコーチ、イツミさんって呼ぶのやめてくれませんか」
「そう?じゃなんて呼ぶの?」
「呼び捨てでいいです、イツミって」
「了解。」
カイトがあっさりと答える。
☆
しばらくすると場内アナウンスが流れ始めた。
『只今より、女子形決勝戦を行います』
場内に軽快な音楽が響きわたる。
選手入場通路から真っ白な空手着に赤い帯を締めた選手と青い帯を締めた選手が入場してくる。
赤い帯を締めた選手がふっと顔を上げこちらへ視線を向けニコッと微笑んだようだった。
イツミは自分を見たのかと思った時、カイトが右手をサッと上げ応えていた。
「知り合いですか?」
イツミが問いかけた。
「元カノさ」
カイトはサラリと答えた。
はぁ?元カノ?
まさか新しい彼女だってアタシを見せつけてるのか?
イツミの心の中は、?、?の嵐だった。
カイトの声が聞こえくる。
「イツミは空手の形って知ってるかい?」
「はぁ何か踊りみたいな事するヤツってくらいは…」
「そっかやっぱ、百聞は一見に如かずだな」
カイトとの会話していると場内の照明が消され選手にスポットライトがあたり選手紹介のアナウンスが聞こえきた。
そのアナウンスに一万人収容のアリーナ内に拍手と歓声が響きわたる。
イツミは何が何だか解らない状況になっていた。
いよいよ試合開始をコートからコールされた。
「赤!ナカイ選手!」
「ハイッ!」
選手の返事が合図だったかのようにアリーナ内には緊張と静寂が訪れた。
☆
一分の隙のない所作と歩き姿で試合コートの演武開始位置へ立ち、凛とした姿勢で一礼する。
『スーパー リンペイー!』
赤い帯を締めた選手の声がアリーナ内に響きわたる。
その響きの鋭さがアリーナのサッシが軋み破壊するのではないかとイツミは無意識に身を縮めていた。
次の瞬間、演武する選手の身体がスッと転位し構えをとる。
構えた拳が引かれる。
それがイツミには消えた様に見えたと言うか動作じたいが見えなかった。
スッ、パシッ!
スッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
イツミには何が起きているのか理解できなかった。
と言うか動作じたいが見えないのだ。
拳が見えるのは演武する選手が静止した一瞬だけだった。
起こりと言う予備動作は何も無くイツミの目に止まらぬ速さで形を打つ選手は転位、転体、転技が繰り返してゆく。
選手がスッと腰を低く構えたと同時に「アィヤァー」気合いを放って形の動作が終了した。
アリーナ内が拍手と歓声が再び包まれた。
さらに対戦相手の青い帯を締めた選手の形演武が終了し判定のコールを待つ。
審判員全員が赤い旗を上げている。
『赤の勝ち!』
カイトの元カノが勝ち、オールジャパンチャンピオンになったのだ。
アリーナ内は拍手と歓声でスタンディングオベーションで盛り上がっていた。
カイトは拍手を五回くらいしただけでイツミに問いかけてきた。
「突き、蹴りの動作が見えたかい?」
「いいえ、見えませんでした」
イツミはうなだれながら素直に答えた。
☆
イツミは空手道の形が踊りみたいななんて思っていた自分が恥ずかしかった。
続いて、場内アナウンスが流れる
「女子組手決勝戦を行います」
同じように選手入場、選手の紹介の後、試合開始のコールがされた。
イツミは目を見張った。
選手の拳にはオーブンフィンガーグローブのようなモノを付け、マウスピースのみで向き合っている。
青い帯を締めた選手はスラリと背が高くて自分と同じような体型だ。
自然体で両腕を軽く身体の前で構えてリズムを軽く軽く打っている。
その姿にイツミは気付いた
…この軽いリズムはカイトコーチと同じだ…
瞬間的に選手が動いた
パシッ!
またもイツミの目には見えなかった
相手の顔面を突いて元の体勢に、構えに戻っていた。
まったく力みなく構え軽く軽くリズムをだけを打っているだけのように見えた。
瞬間!
スパーン!
頭部に回し蹴りが決まっていた。
「見えたかい?」
カイトが問いかけてくる。
「見えなかったです…」
イツミは、またうなだれながら悔しさを噛み締めた。
カイトが言う。
「ストライカーの理想かな、自然体、ノーモーションでスピードを活かすが」
☆
よしっ、ご飯食べに行こうかとカイトは席を立ち上がりながら席を開けてくれた学生に一言礼を言った。
学生はまた弾かれた様に立ち上がり深々と頭を下げている。
イツミは慌ててカイトの後を追って行く。
観客席のエリアを出たロビーでオールジャパンチャンピオンになったばかりのカイトが元カノだと言った女性と出会った。
カイトを見止めた元カノが駆けよってくる。
カイトはサッと両腕を開く。
元カノが胸に飛び込んでハグし会う。
身体スッと離すと改まって握手をして頭を下げ何やら親密な感じで会話している。
イツミは意味不明な二人を恥ずかしい気分で眺めていた。
不意にカイトから呼び掛けられイツミは二人へと近づいた。
カイトの元カノはイツミよりもひとまわり小さい体つきだった。
あの試合中の気迫と気合いがこの小さな身体から発せられていたことが信じられなくイツミには驚きだった。
そしてカイトの言葉にイツミはさらに驚き呆気にとられた。
「この娘を全日本チャンピオンにするよ、女子総合格闘技のね」
その言葉に元カノから
「いいコーチと出会えて良かったですね、頑張ってください。」
と激励を受けてしまった。
あまりの唐突に何を言っているんだこの二人は…
イツミはリアクションできなかった…
またLINEするね~って言うと元カノは表彰式が行われるアリーナ内へと駆けて行った。
☆
翌日、ジムへ行くとイツミに好奇の視線が向けられる。
日曜日のカイトコーチとのデートの内容を知りたがっている視線である…
そんな色っぽい1日では無かったのに…
そこへカイトからイツミは、A4サイズ封筒を手渡される。
「必要事項を記入して持ってきてくれ、女性選手コースに登録する手続きだから」
「あ…はい…」イツミは戸惑いながらそれを受け取った。
「二ヶ月後にテストスパークリングをするから、打撃で1ラウンド、グラップリングで1ラウンド、ミックスで1ラウンド、合計3ラウンドでタイムは各3分間でやるから調整してな、相手は僕だ」
カイトはさらりと矢継ぎ早に説明しているがイツミの頭の中は昨日といい今日といいパニックるばかりだった。
二ヶ月間のトレーニングメニューが女性選手コースのコーチからイツミに渡され翌日より開始された。
毎日のランニング、ストレッチ、基本と体感トレーニングの繰り返し、パンチ、キックのミット打ち、グラウンドでのサブミッション、1日の仕上げはミックスでスパークリング締めくくる。
それをカイトはチーフコーチとして眺めているだけで相変わらずアドバイスもしてこなかった。
☆
日々のトレーニングメニューにボロボロになりシャワーを浴びてジムの休憩室でスポーツドリンクを飲んでいるイツミの所へひとりの選手コースの男性が声を掛けてきた。
「よっ、カイトコーチとスパークリングやったお嬢さんだろ」
「あ、はい…」
イツミは戸惑いながら返事をした。
男性は気にせず話を続けてくる。
「で、どうだった、ウィザード・カイトを体感した感想は?」
「は?うぃざーどかいと、って?」
「異名だよ、カイトコーチの、誰もパンチもキックも当てられない、サブミッション仕掛けても掴まえきれない、魔法を使っているかの如きのポジショニングさ」
その言葉にイツミはカイトとのスパークリングを思い浮かべながら男性の言葉に納得しながら聞き入っていた。
「どうやったら魔法を使ったみたいに身体を動かせる様になるんでしょうか?」
イツミは無意識に尋ねていた。
「さぁなぁ、総合格闘技をやる前にやってたモノにヒントは有るのかもな」
そう言葉を残して男性はその場を立ち去って行った。
イツミはカイトの姿を思い浮かべながら帰宅の道をママチャリを飛ばした。
☆
結局、二ヶ月間は矢のように過ぎ、スパークリング当日がやって来た。
スパークリングの内容次第で大会・トーナメントへのエントリーが認められる判断はカイトコーチとジムの会長の二人だ…
今までは大会やトーナメントには大した魅力を感じていなかったイツミだったがカイトに負けたら何でも何処でも付き合うと宣言したうえ、ぼろぼろになりながら続けた二ヶ月間のトレーニングを無駄にしたく無かった。
イツミのテストスパークリングの開始に合わせて選手コースの男性女性がリングサイドに集まり始めた。
そこへゆっくりとカイトが姿を現した。
オーブンフィンガーグローブを着用し、ファイトパンツにラッシュガード姿の戦闘モードのカイトの姿にイツミをはじめその場の全員が息を呑みカイトの纏うオーラに戦慄さえ覚えた。
タイム係から声が掛かる。
「第1ラウンド、打撃ラウンド、3分間開始します。」
カーン!ゴングが鳴り響いた。
イツミはアップライトに構えてフットワークを刻みカイトとの間合いを詰める。
カイトは前回のスパークリングと同じように身体で軽く軽くリズムをだけを刻み両腕は体側に下げたままの構えである。
イツミが、左ジャブを打つ!
スッと転位しカイトの姿が消える。
イツミが、左右とワンツーを打つ!
スッスッとまたカイトの姿が消える。
まさに魔法の如くの動きである。
☆
ワン、ツーからミドルキックへ
ローキック、ミドルキック、ハイキック、パンチを混ぜて攻めに攻める
しかし、一発としてカイトに触れる攻めはなかった。
ラスト30秒のコールされてからカイトの攻撃が始まった。
それも全てがカウンターだ。
イツミのパンチに合わせてボディへ顔面へパンチが飛んでくる。
カイトが消えたと思った瞬間にキックが跳ね返ってくる。
イツミはダウン寸前で終了のゴングを聞いた。
1分間のインターバルを挟みコールされる
「第2ラウンド、グラップリングで3分間開始します。」
カーン!ゴングが鳴り響いた。
イツミはクラウンチングスタイルから手の取り合いからカイトのヘソに向かってタックルで素早く飛び込む。
カイトの身体に触れる瞬間にスッとタックルを切られ背中を押さえられリングに押し付けられ動きを止められる。
スッと身体を離し間合いを外してイツミを見つめるカイト。
イツミはフェイントを入れ低空タックルでカイトの足首を取りに飛び込み、足首をキャッチする。
イツミは身体をスピンさせながらポジションを入れ変えようとする、その動きに合わせてカイトの身体もスピンして腹部へオンザニーの状態で乗ってくる。
イツミはカイトのコントロールから逃げることが出来ないまま体力だけを消耗し時間だけが過ぎてゆき終了のゴングが鳴った。
☆
打撃とグラップリングのミックスで行う3ラウンド目の開始のゴングが鳴った。
イツミは大きく肩で息をしながらファイティングポーズをとる。
1分間のインターバルでは体力の回復は出来ていなかった。
フラフラと前へ向かっていきカイトのボディへ無造作にタックルを仕掛ける。
その無造作なタックルにカイトが、しりもちを付く。
イツミは無我夢中でマウントポジションへ移行しパウンドをカイトの顔をめがけて降り下ろした。
グッキとイツミの首の左側から力が加えられる。
右脇から肩がグイッと締め付けられる。
右腕が引っ張られ前のめりになり後頭部に圧迫を感じた瞬間、イツミの意識は飛んでいた。
ゆっくりと目を開けると隣に女性コーチが座っていた。
「アタシは…?」
イツミの呟きに女性コーチから言葉が帰ってきた。
「カイトコーチの三角絞めでアナタ落ちたのよ」
「そうですか…」
イツミは何も考えられないまま涙が溢れてきた。
女性コーチから明日は必ずジムを休んでトレーニングをしない事を言われ、回復したら明後日か明明後日にジムに来るように言われ自宅へ送り届けられた。
今日のさんざんな結果ではイツミは選手コースには登録されないだろう。
大会出場は無理だと諦めが浮かび落ち込んでいた。
☆
イツミは眠り続けた何時間眠り続けたさえ解らないくらい眠り続け、学校さえも休んでしまった。
二日目は重い身体を引きずり学校だけは行き帰宅後はまた眠った。
三日目にはジムへ行かなければならなかった。
身体も気分も重いままで渋々ジムへ向かった。
ジムへ入ると女性コーチに呼ばれトレーナー室へ連れていかれメディカルチェックを受けながらコーチの言葉を聞いた。
「女性選手コースでミーティングが行なわれるので参加するように」
言われるままにイツミはトレーナー室をあとにした。
イツミは恐る恐る選手コースのエリアに入ると女性選手メンバー全員が揃い拍手で迎えてくれた。
イツミは戸惑いながらも無意識に頭をペコリと下げた。
女性選手コースのコーチから正式登録されたので選手コースのメンバーとしてトレーニングをするように言われ
イツミはかすなか声で「はい…ありがとうございます。よろしくお願いします。」とまた無意識に頭を下げた。
そして会長から女性選手コースのメンバー全員にTシャツと一枚のパンフレットが配られた。
『ULTIMATE・JK-No.1JAPAN Cup オーブントーナメント』
のタイトルの下部に
キャッチコピーが記されている。
日本の全ての女子格闘技者参戦のバーリトゥード開催!
☆
Challenger!
Tシャツの背中にプリントされている。
フロントには大会タイトルがそのままプリントされている。
そして、会長から説明が始まった。
「大会開催日は来年の8月1日、北海道、東北、中部、関東、近畿、中国、四国、九州・沖縄の各地区の代表選手8名がトーナメントを戦い、たったひとりにチャンピオンベルトが与えられる、要するにそれが優勝者だ」
「5月に各地区代表選考会が行なわれ、代表選手とリザーブ選手の1名づつが選ばれる、この地区選考会への出場選手を決めるジム内の選考会を2月に行います」
ジムから地区選考会出場者を3名を決め1名をリザーブにする
リザーブ選手とは代表選手にアクシデント等で出場出来ない場合の代替えの選手である。
イツミは集中力散漫のまま会長の話を聞いていた。
…3名か…選手コースの登録メンバーは自分を含めて20名のはず…常時大会出場者はその半分の10名だが…
ジム内の選考会出場者が呼ばれている。
案の定常時大会出場者10名の名前が呼ばれた。
そして、少し間を置いて、女性コーチが今回限定で現役復活すると言う声に続いてイツミの名前が呼ばれた。
…え?はい…って言うかマジですか…
「以上の12名でジム内の選考会を行います」
会長の説明は終わった。
☆
選手コースのトレーニングは必ず二人組で行なわれる。
ストレッチ、体感トレーニングはサポートしあい、打撃ではミット打ちを交互に行いメンバー全員でローテーションする。
グラウンドは技を掛ける側と掛けられる側を全員でローテーションし、続けてディフェンスとオフェンスを全員でローテーションして行い、仕上げはマススパークリングを全員でローテーションして終わる。
イツミは全員と絡む事で自分の実力不足と経験不足を痛感し凹む一方だった。
現役復活した女性コーチはコースのメンバーとは距離を置きカイトと組み、他の選手達とのローテーションには参加していなかった。
相変わらずカイトはイツミにコーチングしてくれるわけでも無く。
イツミをこの状況に置いた責任も感じていないようだった。
いったい何を考えているのか解らないとヒトだとカイトを睨みながら、これからの3ヶ月間が思いやられるだけのイツミだった。
☆
選手コースのメンバーになってから3週間が過ぎイツミは疲れの残る身体と気分をリフレッシュするつもりで本屋へ来ていた。
イツミは格闘シーン、アクションシーンの有る小説を読むのが好きなのだ。
その格闘シーン、アクションシーンに自分の姿をはめ込み戦いながら小説を読む想像の世界へのめり込む。
そんな内容の新しい小説を探して店内をフラフラと歩いていると〈スポーツ誌〉のコーナーの雑誌の表紙が目に止まった。
愛くるしい笑顔で可愛いデザインの衣装の肩にチャンピオンベルトを乗せている。
その雑誌を手に取り表紙を開いてみた、表紙で笑顔の女性のプロフィールとインタビュー記事に若干のグラビアが掲載されている。
17歳、イツミと同じ年齢だった。
現在、シューティング・ボクシング女子チャンピオンで来年の8月のJK-No.1JAPAN Cupへ参戦するとインタビューに答えている。
もちろん、地区選考会から参戦して代表選手の座を手に入れるとも。
イツミは彼女の出場地区を確認した。
近畿地区となっている。
さらにページを捲ると派手な水着の様なコスチュームでやはりチャンピオンベルトを腰に巻いている別の女性のグラビアとインタビュー記事があった。
その女性も8月のJK-No.1JAPAN Cupに参戦すると答えている。
出場地区は中部地区だった。
その女性は、女子プロレスのチャンピオンらしい。
☆
そんな記事を見てしまったイツミの気分はリフレッシュどころかさらに重くなった。
雑誌を元の場所へ戻し顔を上げると今度は見覚えの有る女性の顔が雑誌の表紙に有った。
カイトが自分の元カノだとイツミに言った女性だった。
空手雑誌のようだ。
イツミはその雑誌を手に取り表紙を開くとオールジャパンチャンピオンの誌上セミナーが掲載されていた。
イツミはその内容を読んでみた。
『0から100への無挙動』
『ぶれない二点軸』
『転位・転体・転技』
なにやら難しい様で立ち読みではとても理解できる内容ではなかった。
イツミはそのままレジへ行き空手雑誌を購入しママチャリを飛ばし帰宅した。
翌日、イツミはジムでカイトに空手雑誌を購入した事、元カノさんのセミナー記事の掲載内容を説明し、元カノさんに直接教えてほしいから連絡してもらえないかと尋ねた。
カイトはニコッと微笑んで簡単に了解してくれた。
それから3日後にカイトから金曜日の夜に元カノがカイトの自宅に遊びにくると聞かされ、イツミもカイトの自宅に来るように言われ自宅の場所を教えられた。
金曜日。
イツミはトレーニング後に教えられたカイトの自宅へへ向かってママチャリを飛ばした。
☆
イツミの乗るママチャリは住宅街を通り抜け同じデザインで立ち並ぶ八軒の平屋戸建ての内の一軒の前で止まった。
カイトの自宅であることを示す表札はなく、代わりに名刺くらいの大きさに『 Marici Do-Jo 』の看板?らしきものが出ていた。
イツミは遠慮がちにインターフォンを押す。
インターフォンが鳴りしばらくするとドアが開けられるとカイトの元カノの顔が現れた。
「あの…イツミと言います、こんばんは」
イツミは、ペコリと頭を下げた。
「ナカイ ノゾミ(内海 愛)です、こんばんは。どうぞ遠慮なく入って」
ノゾミは笑顔でそう言うとイツミを招き入れた。
「あの…カイトコーチは?」
「もぅすぐ帰ってくるんじゃない」
どうやらイツミのママチャリの方がカイトの車より先に到着してしました様だった。
イツミは、なんとなく気まずい思いになりただたたずんでいた。
「私と話がしたいって聞いてるわ」
そう言いながらノゾミはイツミをリビングへ通してくれた。
適当に好きなとこへ座ってと言い残し、ノゾミはキッチンへ飲み物を用意しにゆく。
リビングの真ん中にはガラス張りのローテーブルが有りそのテーブルを挟んでイツミとノゾミは腰を下ろした。
テーブルにはオレンジ100%のジュースが置かれいる。
「練習の後でしょイツミさんは?」
ノゾミの言葉にイツミは「はい…」と答える。
ノゾミは微笑んで
「練習の後はオレンジジュースよ」と勧めてくれた。
☆
「あの…何で練習の後はオレンジジュースなんですか?」
イツミはオレンジジュースを飲みながら尋ねた。
ノゾミは、ニコッと微笑んだ。
愛らしい八重歯がキラリと覗く。
「練習後のオレンジジュースは筋肉疲労の回復をたすけるのよ、もちろん果汁100%じゃなきゃダメだけどね」
ノゾミはさらに言葉を続けた。
「練習の前は林檎ジュース、練習中はバナナよ、トップアスリート目指すなら自己管理しなきゃね」
イツミはその言葉にノゾミを見つめ直した…
目の前のノゾミは、カイトコーチの元カノは、八重歯が素敵なこの女性は、空手のオールジャパンチャンピオンという紛れもないトップアスリートなのだ…
イツミはこのトップアスリートである女性、ノゾミに教えをさらに請いとさらに強く思った。
そして、自分の思いをノゾミに向けイツミは言葉を出し話し始めた。
今置かれている自分の状況、そういう状況になった経緯、そうした状況にした張本人のカイトコーチの無関心さ。
そしてさらに、空手雑誌に掲載されていたノゾミの誌上セミナーの内容に現状を打開するヒントがあると思ったことを一気に語り尽くした。
ノゾミはイツミの言葉を黙って聞き終えると
「あのセミナー記事の内容の言葉は、全てカイトの言葉なのよ基本的にはね」
とため息のような息を吐いた。
☆
「え、でもカイトコーチは何も言ってくれませんでした」
イツミはぶっきらぼうに言葉を出した
「だと思ったわ、それでイツミさんと話をしてくれって言ったのね、私にカイトは」
今度はほんとに、ため息をついてノゾミは立ち上がった。
「イツミさん、こっちへ来て」
ノゾミに言われるがままにイツミは立ち上がった。
隣の部屋へと案内されるとイツミは目を見張った。
その部屋には何も置かれてなく床にはウレタン製のマットが敷き詰められている。
空手の試合用の公式マットだとノゾミが教えてくれた。
足を踏み入れると足の裏に伝わる感じが総合格闘技のリングにも似ている。
イツミが呆然としている目の前でノゾミはトレーニングウェアに着替え言葉を出した。
「ようこそ、Marici Do-Jo (マリーチ 道場)へ」
※ Marici(マリーチ)摩利支天 ※
摩利支天とは、陽炎を表す言葉で、陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。
隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。
これらの特性から、日本では武士道の間に摩利支天信仰があったとされている。
言いながらノゾミは微笑んで部屋の中央に移動し、微笑みを消し、空手の形を打ち始めた。
スッ、パシッ!
スッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
あの試合の時と同じだったイツミにはノゾミの拳が見えない、体捌きが読めない。
ノゾミは、一通り演武し終わると雑誌の誌上セミナー記事内容に添って動作を付けながら解説を始めた。
イツミはその解説に添って自分の身体を動かし始めた。
☆
『0から100への無挙動』
脱力すると言うこと、無駄な力、力みを排除する、リラックスしてどんな構えでも、どんな態勢でも自然体で広く視線を心がけ、瞬時に全力を発揮する。
『ぶれない二点軸』
人間は二点の軸の移動で身体を動かしている、その都度に一点づつを意識すれば体幹が上がり身体はぶれず身体の移動が行える。
『転位・転体・転技』
二点軸を意識すれば身体がぶれる事なく大きくも小さくも位置を変えられるそれにより攻防の技も大きくも小さくも伸びやかにも使える。
イツミはノゾミの教えを黙々と繰り返していた。
ただただ一心不乱に繰り返した。
気がついた時には外は明け始めていた。
そこで二人は区切りを付け、リビングへ戻ると絨毯に転がりカイトが眠っていた。
カイトの帰宅したことさえ気がつかなかった程集中していたのだ。
「イツミさんシャワー浴びるといいわ」
ノゾミが浴室を指差して言った。
イツミはその言葉に甘えシャワーを浴び終えるとノゾミのモノであろうスエットが用意してありそれを身に付けた。
続けてノゾミもシャワーを浴び、カイトの物であろうスエットを着こんでいた。
絨毯に転がり眠っているカイトを横目にしながらイツミはふっと聞いてみたい事が頭に浮かんだ…
ノゾミは、ほんとに元カノなのか…?…
☆
「私たちはベッドで寝ましょ」
ノゾミはベッドに潜り込んだ。
ひとつのベッドです枕が二つ並べてある…
それを見てイツミの疑念はさらに強くなった。
ノゾミさんって、やっぱ元カノじゃないんだ…
と思ったのも束の間で疲れが勝っていたのでイツミはノゾミの横に潜り込んで後は睡魔にまかせて爆睡した。
イツミとノゾミは同時に目を覚ました。
ふっと、絨毯を見るとカイトはいなかった。
キッチンから物音がしている。
ノゾミは何かを気にする事もなくベッドから抜け出しキッチンへ向かう。
イツミもそれを見て後に続いてキッチンへ向かった。
ノゾミに手招きされイツミは並んで椅子に腰を下ろした。
カイトが声を掛けてくる。
「おはよ、ノゾミ、ありがとうな」
「イツミ、おはよ、お疲れさん」
ノゾミがカイトに向かって言葉を返し会話が始まった。
「で、いかがでしたか?イツミさんは」
「合格点かな」
「自分でコーチングすれば良かったんじゃないの」
「いや、イツミに本物に触れて欲しかったからさ」
「カイトだって本物じゃない」
「いやいや、染み込みかたと滲み出る度合いが違うから、オーラってやつね」
そういうカイトをスルーして、ノゾミはイツミに顔だけ向けて言葉を出した。
「と言うことで、後はリピートリピートリピート、1万回のリピートね。いつでも気が向いたらここ、Marici Do-Jo を使うといいわよ」
イツミはノゾミとカイトを交互に見て言った。
「すみません、思考回路が付いて行ってませんけど…」
☆
昼食にカイトの手作りカレーライスを3人で食べ終えると早々にイツミはカイトの家をあとにした。
ノゾミがカイトの元カノじゃないと言う思いが生じて居心地が良くなかったからだったが…
まぁ真相はいつの日か解るだろとイツミは、自宅へ向けてユルユルとママチャリを進めた。
イツミは、次の金曜日、ジムでカイトから呼び止められた。
「今夜は来るのか?家へ」
「はい…いいんですか?」
「無くすなよ」
とカイト言われ自宅の鍵を渡された。
この日から毎週金曜日と土曜日のジムの後はMarici Do-Jo(カイトの自宅)で練習し、練習が終わるとシャワーを浴びカイトにイツミの自宅へ送られると言う生活パターンが始まった。
とは言うもののカイトからコーチングが有る訳でも無く、黙々とノゾミの言葉を思い出しそれをリピートするだけだった。
それでもその成果が出ていきたと感じられたのは6週間後だった。
イツミがジムのトレーニングを終え自宅への道をママチャリを走らせていた夜だった。
不意に遠くから女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
☆
「キャー」
カッカッカッ…
ダッダッダッ
「たすけてー」
カッカッカッ…
女性の悲鳴とハイヒールの足早で乱れた足音が聞こえてくる。
それを追いかける重い足音が聞こえてくる。
「おら、可愛がってやるって言ってるんだよ」
「いや!やめて!」
女性は重い足音に捕らえられ腰から崩れ落ちた。
重い足音の主である男は女性にのし掛かりいきなりブラウスの胸を引き裂いた。
「やめなよ!」
その時、少女の声が響いた。
その少女の声に男は顔上げ首を傾げながら、その幼さの残る声の聞こえた方向を見た。
「やめろよ、ゲス野郎」
さらに少女が声を出した。
その声の言葉が勘に触ったのか男は立ち上がり声を発した少女の方向へ向き直った。
そこにはママチャリを背にして上下ジャージ姿でスラリと背高な少女が立っていたのがイツミだった。
フロントキック一撃のみであったが、イツミは今までの日々の過ごし方が間違いでないと手応えを確信していた。
☆
そして2月になり、ジム内の選考会当日がやって来た。
対戦組み合わせはその場でくじ引きで決められ3グループで行われた。
選手A対選手B
選手C対イツミ
互いの勝者同士で決勝戦を行なう。
選手D対選手E
選手F対選手G
互いの勝者同士で決勝戦を行なう。
選手H対女性コーチ
選手I対選手J
互いの勝者同士で決勝戦を行なう。
それぞれの決勝戦を勝った選手3名が代表選手となり。
リザーブ選手1名はジムの会長が指名する。
試合は3分間2ラウンドで、決着はKO・ギブアップ・判定で付く。
公式試合用オープンフィンガーグローブを着用し公認ファイトパンツにラッシュガードはイツミにとって初めての本格的戦闘着の着用だった。
イツミのファイトパンツは帯を締めた様になっている。
このデザインのモノを選んだのはオールジャパンチャンピオンのノゾミの姿を意識してだった。
イツミは、大きく静かに深呼吸し目を閉じて集中力を高めてゆく。
…自然体、ノーモーション、0から100へ、転位・転体・転技、でもストライカーのPRIDEは貫いてやる…
係員を努めている会員からイツミに声が掛かる。
準備お願いします、青コーナです。
イツミは、気合いを込めて返事をする。
「ハイッ!」
軽いリズムのステップで身体から無駄な力を抜いてゆく。
いよいよリングインのコールされた。
イツミは無意識に呟いた。
「負けない、アタシは負けない」
イツミはリングへ踏み込み青コーナに立った。
『第1ラウンド開始』
カァーン!
タイム係のコールと同時にゴングが鳴った!
☆
対戦相手はアップライトスタイルに構えて、グイグイと間合いを詰めてくる。
イツミは左拳をやや前に出し右拳を胸につける構えでリズムを軽く軽く身体で刻む。
間合いが詰り相手は左ジャブを打ち、右ローキックを放ってきた。
イツミは左脛でローキックをカットして間髪入れず右ローキックを返す。
足先だけにスピードを乗せ左腿の裏側へローキックを走らせる。
ビッシ!と言う衝撃音が響き相手の顔が歪む。
相手はイツミの返しに反応できなかった自分に苛立ち形相を変え一気にラッシュを仕掛けてきた。
右ジャブを2発打ってから右ストレートへ繋ぐ。
イツミは左ジャブを頭も揺らさず見切り右ストレートに合わせてボディへフロントキックを突き刺す。
虎趾が鳩尾へめり込み相手が前のめりに倒れた。
レフリーが駆け寄りストップを掛けKOを宣言した。
イツミは青コーナに戻り大きく息を吐いた。
対戦相手に向かって頭を下げて礼をしガッツポーズもせずリングを降りて控えスペースへ戻りマウスピースを外した。
「吐きそうだったわ、怖かった」
イツミはセコンドを努めてくれている会員に向かって思わず呟いていた。
イツミはストレッチマットのひかれた床へうつ伏せになり軽いマッサージをしてもらい筋肉をリラックスさせる。
☆
係員を努めている会員から2度目の声が掛かる。
準備お願いします、青コーナです。
イツミは気合いを込めて1度目と同じように返事をする。
「ハイッ!」
軽いリズムのステップで身体から無駄な力を抜いてゆく。
青コーナに立ち2戦目の相手と向かい合う。
『第1ラウンド開始』
カーン!
イツミは、一戦目と同じように構えてリズムを軽い刻みながら対戦相手との間合いを詰める。
間合いが詰り、スッと相手の姿が消える。
相手がボディへタックルを入れてくる。
完全な不意打ちになりふわっと身体が浮く。
相手の勢いも伴ってイツミはマットに倒れリングサイドまで転がってゆく。
イツミは身動き出来ない状態になり思考が止まる。
瞬間、相手の身体がのしかかってくる。
…ヤバイ…
と思った時レフリーから声が掛かる。
「ブレイク、元の位置!」
対戦相手は悔しそうにノロノロと立ち上がる。
助かった…
イツミは?気持を切り替える様に頭を振りながら立ち上がるとリング中央でファイティングポーズを取る。
対戦相手もファイティングポーズをとり左ジャブを打ってくる。
イツミはそのジャブに合わせてバックステップしてかわす。
対戦相手が睨み付けてくる。
次は、イツミが左ジャブを打って間合いを詰める。
☆
対戦相手もイツミのジャブに合わせてバックステップする。
イツミはジャブに続けて右ストレートは放つ。
対戦相手はさらに間合いを外すように後退する。
完全にイツミの打撃を警戒しているためだ。
さらにイツミはキックを織り交ぜて対戦相手を追いかける。
対戦相手は打撃戦に付き合う気はないと言う意思表示のようにイツミの打撃攻撃をかわし続ける。
時間だけが過ぎてゆき第1ラウンド終了のゴングが鳴った。
イツミは肩で息をしながら青コーナへ戻りマウスピースを外し水分補給をする。
イツミは打撃戦に付き合わない対戦相手をどう対応するか考えを巡らせている。
考えている間に、第2ラウンド開始のゴングが鳴った。
イツミはフラリと立ち上がりステップを踏みながらリング中央へ向かう。
対戦相手は完全にタックルを狙った低く態勢をとり速攻で突っ込んでくる。
とっさにイツミは思わず左膝を前へ突き出した。
「ガッツン!」と衝撃を感じる
ドサッ…と対戦相手がリングにうつ伏せに倒れる。
レフリーが対戦相手に駆け寄りKOを宣言し、イツミの勝利をコールした。
ラッキーパンチならぬラッキー膝蹴りがカウンターで対戦相手の顔面に決まったのだった。
☆
結果、選手E、復活した女性コーチとイツミが勝ち残り地区選考会出場者となった。
イツミはジムの外へ出て…やっと一歩踏み出したと感じて空を見上げた。
気がつくとカイトが傍に立っていた。
「日曜日の昼間にもMarici Do-Jo へ来い」
そうカイトは言い残すとイツミの肩をポンと叩いてジムの中へと戻っていった。
金曜日、土曜日のジムトレーニング後の練習に日曜日の昼間練習が加えられたのだ。
5月の地区選考会まであと3週間になった金曜日のMarici Do-Joにノゾミが姿をみせた。
ノゾミは9月のカラテ・ワールドカップへ向けての日本代表選手のメンバー選考会を終え代表選手メンバーに選考されたので
暫くは強化合宿の生活が続くので気分転換にやって来という。
イツミは、やはりノゾミはカイトの元カノでは無いと確信していた。
そして二人の関係の真相にさらに興味が湧いてきた。
カイトに尋ねても喋ってはくれないだろうからイツミはノゾミに尋ねる事にした…
☆
地区選考会出場者のメンバー表と試合トーナメント表がジムへ届いた。
選考会は2日間で行なわれ、出場者は16名である。
要するに4つ勝たなければ代表選手にはなれないと言う事だ。
イツミは気持を締め直しトレーニングに集中した。
☆
その日のイツミの打撃は冴えわたっていた。
1回戦、2回戦、準決勝と全てを1ラウンド内のKOで勝ち上がりストライカーとして注目を集めた。
地区選考会も遂に決勝戦を迎えた。
決勝戦の対戦相手は全国的にも有名な選手だった。
しかしその対戦相手は準決勝でイツミのジムの女性コーチと2ラウンドをフルに戦い僅差の判定勝ちで決勝戦に上がって来たため、かなりのダメージを残していた。
20分間のインターバルがあったにせよ回復は到底無理だったようで、リングインしてもなお右顔面をアイシングし続けている。
リング中央でレフリーの注意を聞いている右の目蓋が大きく腫れているのが見えた。
イツミは自分のコーナへ戻る時に観客席の一番前に座っているカイトがセコンドに何が耳打ちしているのが目に入った。
コーナを背にリング中央に振り返ったイツミの耳にセコンドが呟いた。
「非情になれ!」
イツミはカイトを横目に見た。
カイトは黙ったまま頷いた。
カーン!
ゴングが鳴ったと同時にイツミは対戦相手目掛けて駆け出しホップステップジャンプで左膝を前へ突き出し宙に舞った。
グガシャ!
イツミは手応えを感じ相手を振り返った。
対戦相手はすでに大の字で倒れていた。
☆
試合会場は呆然として静まりかえっている、両選手のセコンドも、レフリーさえも呆然としている。
イツミが倒れた相手に近づく、その時、カイトの声が聞こえた。
「ストップ、ストップだ、イツミ!」
その声が合図だったかのように慌ててレフリーが対戦相手に駆け寄るとKOをコールした。
同時に対戦相手のセコンドがリングに入ってくる。
騒然する中でレフリーはリング中央でイツミの勝利をコールした。
コールを受けイツミは黙って対戦相手に頭を下げて礼をしてリングを降りた。
試合後のセレモニーで主催者より8月のJK-No.1JAPAN Cupへの出場代表選手をイツミであることが発表した。
リザーブ選手には、通常イツミと決勝戦を行なった選手が登録されるのだが、イツミから受けたダメージの回復が見込めないため、準決勝の相手であったイツミの所属ジムの女性コーチが指名され2人に認定証が手渡された。
しかし、イツミの内心には大変な事になったと不安が気持を占領していくのを感じていた…
そしてこの日を境に日々のジムトレーニングとそれにプラス金曜日、土曜日と日曜日の昼間のMarici Do-Jo の練習時にカイトからアドバイスがされるようになった。
さらに、Marici Do-Jo の練習後はシャワーを浴び全裸でカイトの指示でベッドに横たわる。
その全裸のイツミの身体をバスタオルで被いカイトの手が伸びてくるとイツミの筋肉はリフレッシュされてゆく。
☆
7月になりJK-No.1JAPAN Cupの出場全選手リストとトーナメント表が届き、それを囲んでジムの雰囲気はざわついていた。
イツミもそんなざわめきの中でトーナメント表に目を向けていた。
各地区代表選手名にあの格闘技雑誌の表紙を飾っていた同じ年齢のシューティングボクシング女子チャンピオンも、グラビアを飾っていた女子プロレスチャンピオンの名前があった。
他の5名も全国的にも有名な選手揃いだった。
まっただ中無名な選手はイツミだけだった。
そこへカイトから声がかけられた。
「見たのか?」
「はい…一応は」
「そっか、一回見ればあとは見なくてもいいよ」
「はい…」
「そんなモン何回見ても何時間眺めても強くなりはしないんだ。
もちろん相手を知ることは大切だが考えすぎると自分を見失う事になる。
自分に集中して自然体で的確にパフォーマンスをすれば結果は勝手に付いてくるんだ」
…確かにカイトの言う通りだ…とイツミはざわめきの囲みから抜け出た。
高校は夏休みに入りその日からイツミはカイトの自宅である、Marici Do-Jo に泊まり込みで練習を始めた。
イツミの母親はそんな行動にも無関心で問いもしないければ咎めもしてこない。
それどころかイツミが不在になることで気楽に男を連れ込めるとが嬉しいようだった。
☆
カイトの家に泊まり込む事にイツミはノゾミに少々申し訳ない気持はあったのだが8月1日迄の期間だけだし許してくれるだろうと勝手に決め込んだ。
8月1日の試合は10分間2ラウンドで行なわれる1dayトーナメントである。
優勝するには3試合を勝ち上がらなければならない。
そのための練習メニューが組まれていた。
午前中はスタミナアップのためのランニングとサーキットトレーニングを行う。
午後は休息をかねて高校生として宿題、課題に取り組む。
夕方からジムトレーニングを行い
夜はMarici Do-Jo で
『0から100への無挙動・ぶれない二点軸・転位・転体・転技』を完全なパフォーマンスとして身に付ける練習を行い、練習後のシャワー後のカイトの全身マッサージを受けるという毎日のメニューだ。
カイトの全身マッサージはまるで魔法のようだった。
イツミは自分自身が粘土細工の粘土になった様に感じていた。
マッサージによって格闘技者、ストライカーとしての身体に練り直され造り上げられていくことを実感していたからだ。
きっとノゾミもカイトとの付き合いの中でこうしてオールジャパンチャンピオンになり世界へ立ち向かう日本代表にまでなったのだろうなという思いのなかで「いいコーチと出会えて良かったね」と言ったノゾミの言葉をイツミは思い出していた。
そしてイツミは心の中で決意した、必ずやJK-No.1JAPAN Cupチャンピオンベルトをこの手に掴んでみせる!
☆
試合当日。
8月1日、 JK-No.1JAPAN Cupのリングにイツミは立っていた。
スポーツアリーナの観客席の熱気と歓声に圧倒されながらイツミは開会セレモニーを終え控え室で臨戦態勢へ気持を整え直し、カイトを先頭にセコンド陣とリングへ向かった。
イツミにとっての第1試合のゴングが鳴った。
対戦相手は完全なグラップリングの選手で低い態勢でグラウンドを必要に狙ってくる。
イツミは緊張と打撃戦にまったく付き合わない相手に手こずりながら10分間2ラウンドをフルに戦い僅差の判定勝ちをした。
体力は大きく消耗していた。
カイトに抱き抱えられながら控え室へ戻ってきた。
控え室は完全にブラインドで区切られ、イツミは全裸にされマッサージ用のベッドにうつ伏せに寝かされカイトのマッサージを受けながらサポート陣のアイシングを受けた。
マッサージを終え新しいラッシュガードとファイトパンツを身につけるとブラインドの外から声が掛かる。
イツミは2試合目のリングへ向かった。
2試合目の対戦相手はクラウンチングスタイルに構えグラウンドを狙うフェイントをまじえながらパンチ、キックを繰り出して絡み付いてくるというトリッキーな選手だった。
☆
イツミにとって初めてのタイプの対戦相手で対応に手こずりながら第1ラウンドが終了した。
自分のコーナに戻ったイツミにカイトが耳打ちしてくる。
「相手がパンチ、キックを振り回したあとにクリンチだ、そして直ぐ相手を突き放す、放れ際にハイキックだ、頭を狙え」
イツミは深呼吸しがら頷いた。
カイトのアドバイスは的確だった。
指示通りにクリンチからの放れ際に繰り出したハイキックは見事に対戦相手の側頭部を捕らえKO勝ちをおさめた。
おかげでイツミは自分で歩いて控え室まで戻れる余裕も残っていた。
もうひとつ。
次は決勝戦である。
決勝戦でのイツミの対戦相手が決まる試合が終わると20分間のインターバルが取られる。
マッサージとアイシングを終えて仰向けに寝転び顔にタオルをのせて集中力を高めてゆく。
そこへイツミのサポートメンバーが駆け込んでくる。
「決勝戦の相手が決まりました、シューティングボクシングの選手です」
イツミは、その声を聞きながらあの格闘技雑誌の表紙のチャンピオンベルトを肩に掛けた笑顔を想い浮かべた。
カイトの声が聞こえた。
「そっか、確かイツミと同じ年齢の高校生のストライカーだな、美少女対決だ」
イツミはカイトの美少女って言う言葉に耳を疑った。
確かに対戦相手の選手は美少女だったけど、アタシは…??
☆
リングへ向かう通路奥で選手呼び出しのコールを待つ。
決勝戦は呼び出しコールされて入場のBGMが流される。
先に対戦相手の選手のオリジナル入場テーマ曲が鳴り響いた。
大歓声が聞こえてくる、さすが有名選手だ。
続いてイツミの名前がコールされた。
BGMはスペクタキュラー!キャストバージョンの『アイ・オブ・ザ・タイガー』である。
この曲は、カイトがイツミをイメージして選曲された曲だ。
その曲に合わせて集中を高める。
入場ゲートを潜り花道で一旦止まり、リングを睨み付け改めて歩みだす。
リングインして自分のコーナ、青コーナへ立つ。
リングアナウンサーがマイクを掲げながら高らかに声を発した。
『JK-No.1JAPAN Cup決勝戦を行います!
奇しくもこの対戦は同じ年齢の女子高校生、美少女ストライカーどうしの決戦です』
イツミはその美少女と言う言葉に思わず吹き出していた。
しかしそれがイツミの緊張を和らげていた。
リングアナウンサーの選手紹介が終わり
レフリーの注意を聞きコーナに戻りマウスピースをセットし噛みしめた。
カイトが耳もとで呟いた。
「10分間楽しんでこい!」
イツミは息を呑み「ハイッ!」と返事をしてコーナーを飛び出した。
イツミと対戦相手の選手はファイティングポーズも間合いの取り方まで同じだった。
☆
イツミが左ジャブを打つ、相手が左ジャブを返してくる。
相手が右ローキックを放ってくる、イツミが右ローキックを返す。
イツミが左ローキックを相手の左内腿へヒットさせる、相手も左ローキックをイツミの内腿へ返してくる。
まったくの探り合いのまま時間だけが過ぎてゆく。
突破口がお互いに見出だせない
観客の立場なら、緊張感漂う試合と感じるか?
盛り上がり場面に乏しい凡戦と感じるか?
もちろん戦っているファイターには関係無い事なのだが…
第1ラウンド終了のゴングが鳴る。
自分のコーナへ戻るとカイトから声が掛かる。
「座らないで聞け」
カイトは次にセコンドに声を掛ける。
「マウスピースを洗ってやれ」
イツミは立ったまま嗽をしてカイトに向き合う。
「ここからが勝負だ!屈伸しておけ、非情になれ!遠慮するな!」
イツミは言われた通りに軽く屈伸をしてからマウスピースを含みしっかりと噛みしめ直した。
セコンドアウトのブザーが鳴りカイトがイツミの瞳を見つめて無言で頷いた。
カーン!
第2ラウンド、開始のゴングが鳴ったと同時に対戦相手に向かって駆け出しホップステップジャンプで左膝を前面に突き出す。
イツミの体が宙に舞った。
グシャッ!
ドサッ…
☆
リングに舞い降りたイツミは対戦相手を振り身構えた。
仰向けに倒れた相手は首だけをもたげ、頭を振りながら態勢をうつ伏せへと変えようとしていた。
相手はイツミの膝蹴りを間一髪のところで両腕を顔面の前で交差してガードしていたのだ。
しかしそれなりのダメージは与えていた。
「イツミ、被され!」
カイトの指示が飛ぶ。
イツミは相手の頭の方向から身体を被せ右腕を相手の喉元へ滑り込ませた。
左腕を相手の右脇のしたから回し自分の右腕とクラッチさせる。
「イツミ、焦るな、ゆっくりだ、じっくり絞めろ」
カイトのアドバイス通りにゆっくりとじっくりとイツミは右腕を絞めていく。
イツミと相手の動きが止まり、暫くしてレフリーからブレイクか掛けられスタンディングに戻される。
「イツミ、ミドル、ミドル、キャッチandリリースだ!」
カイトの指示が飛ぶ。
だが、イツミにはその指示は初めて聞く言葉だった。
…何言ってるのカイトコーチは…
イツミは、戸惑い苦し紛れに右ミドルキックを放つ、相手がブロックする。
と同じように相手の右ミドルキックが返ってきた。
今度は、右ミドルキックを2連発でイツミが放つ。
相手がムキになり同じように右ミドルキックを2連発で返してくる。
☆
相手の2連発のミドルキックの1発目をブロックし2発目のキックを、右足をイツミは自分の左脇と左腕の間にキャッチした。
と同時に相手から左フックが飛んでくる。
イツミはそれをダッキングでかわすと相手の軸足、左足を自分の右足で刈り込んだ。
対戦相手は一瞬宙に浮く、そのタイミングでキャッチしていた右足を左腕から離すと相手は背中からリングに叩きつけられた。
「よし、イツミ、離れて、立ち上がってきたら一気にラッシュだ!」
イツミはカイトを見ないで頷き、フラフラと立ち上がってくる対戦相手を睨み付けた。
まさしく雌虎が獲物を狙うような眼差しで。
本来の総合格闘技の試合なら相手がリングに倒れた場合、マウントポジションを取りパウンドから関節技か閉め落とすのがセオリーだが、カイトはイツミのストライカーとしてのPRIDEを尊重し立ち上がってくるのを待たせたのだった。
イツミは立ち上がった相手に駆け寄ると一気にパンチ、キックの乱れ打ちを始める。
相手も負けじとパンチ、キックを返してくる乱打戦となるなかで第2ラウンド終了のゴングが鳴った。
二人はレフリーに強引に引き離されお互いのコーナーへフラフラと戻り判定、ジャッジの集計を待っち、再度リング中央に呼び寄せられた。
☆
「引き分けなら延長戦も有る気を緩めるな。」
カイトの言葉がイツミの耳の中に納められた。
イツミはリング中央でレフリーを挟んで対戦相手選手と横並びして集計結果のコールを待った。
ジャッジは3名である。
集計結果をリングアナウンサーが読み上げる。
「ジャッジA、赤!」対戦相手のポイントだ…
「ジャッジB、青!」イツミのポイントだ。
少し間を置いて「ジャッジC、青!」
イツミのポイントが読み上げられた。
「よってJK-No.1JAPAN Cupチャンピオンは青コーナ~イツミ選手です!」
観客の歓声に掻き消されそうな判定を聞きながらイツミは天を見上げた。
対戦相手の選手が近づいて来てイツミを抱きしめた。
「ありがとう、また戦いたいなアナタなら」と呟いた。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。またその時は、こちらこそよろしくお願いします」
イツミは頭を下げた。
イツミに主催よりチャンピオンベルトが手渡される。
イツミが、戸惑っていると対戦相手の選手がイツミの肩にチャンピオンベルトを掛けてくれ、イツミの手を高々と上げ讃えてくれた。
次の月の格闘技雑誌の表紙にイツミがチャンピオンベルトを肩に掛けた写真が表紙を飾っていた。
終り。