公開中
4
好きだったのに、知らない顔」
「蓮、遅いよ〜。もう注文しちゃうからね!」
ホームに現れた女性は、明るい声で彼の名前を呼び、自然に彼の腕を掴んだ。
まるで、何年もそうしてきたように。
柚子月の胸に、知らない痛みが走った。
彼女は美人というより、華やかで、都会的な空気をまとう女性だった。髪は巻かれ、ネイルは完璧、笑顔には迷いがない。
柚子月は思わず、会釈だけしてその場を離れてしまった。
(違う、これはただの友達かもしれない……いや、でも)
蓮の顔は、確かに少し戸惑っていた。
けれど、否定もしなかった。彼女の手を振り払うこともなかった。
(私、何を期待してたんだろう)
胸の奥に、小さな後悔と、自分でも説明のつかない「喪失感」が残った。
数日後。
彼には会っていない。駅にも、行っていない。
柚子月は避けていた。自分の気持ちがわからなくなっていた。
「ねえ、最近、元気ないね?」
そう声をかけてきたのは、親友の凛音(りんね)だった。
「え……うん、ちょっとね」
「ふーん……まさか、恋とか?」
「えっ!? ち、ちが……!」
「当たりじゃん」
笑う凛音の明るさに、少しだけ救われた。
「私さ、思うんだけど……」
「好きって気持ちってさ、“確かめる”より、“信じる”ほうが、強いよ。」
それは、柚子月の胸に静かに響いた。
数日後。
またあの駅のホームに立った柚子月。
雨は止んでいたけれど、空はまだ灰色だった。
そして——彼は、いた。
「こんにちは、向日葵さん。」
変わらない笑顔。だけどどこか、気まずさが混ざっているように感じた。
柚子月は勇気を出して、言った。
「この前……一緒にいた人、彼女さん……ですか?」
蓮は、少し黙ったあとで、ゆっくり首を横に振った。
「……違います。大学の同期で、いま、出版関係のインターンやってて。たまに打ち合わせするくらいです。」
「……そっか」
それだけなのに、息がしやすくなった気がした。
「でも……向日葵さんが、あのときあんな風に帰っちゃったから、ちょっと寂しかったです。」
「えっ……」
蓮は、少しだけ笑った。その目は、どこか子どもみたいに寂しげで。
「僕、あなたにまた会いたくて、ずっとここに立ってたんですよ。」
その言葉に、柚子月の胸が一気に熱くなる。
(どうしてそんな風に言うの……)
けれど、返事ができなかった。
紫陽花は、まだ咲いていた。
でも、少しずつ色を褪せていく季節。
柚子月の心にも、少しずつ「確かめたい想い」が芽を出し始めていた。
📘第5話予告:
「初恋じゃ、終われない」
——向き合いはじめた“今”の気持ち。柚子月、少しずつ蓮の過去へ近づく。