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#5.5:参謀たちの一幕
今回は早めに投稿。モチベーションが高いうちに書いちゃおう、ということです。
コマンダーミナちゃんとアシスタントさんたちの回です。
#5.5です。そのうち時系列順に直すつもりでしたが、#6を読んでからの方がわかりやすいと思います。
「オレが、普通の任務に?」
「ええ。これからは、ちょっとそういう機会が増えるかもしれないわね。」
重厚な扉の内側で、2人の女が話していた。
1人は活発そうな、程よく日焼けした女だった。書類が山積しているテーブルの向こうにいる女に視線を注いでいる。
その凝視されているもう1人は、どことなく幼く儚い雰囲気を持っている女だった。綿飴のようにふわふわとした白髪だった。それでいて、怪しい魔女のような、年老いた仙人のような雰囲気も持ち合わせている。不思議な女だった。
「そ、それは……ミナ様の警護が、薄くなるということですし。」
ミナ、とその白髪の女は呼ばれた。
「そうじゃ。ミナっちはここの長で、トップで、他の誰にも変えられない存在なのじゃ。わっちがミナっちを独占できるとはいえ、受け入れ難い。」
小柄な、和服とメイド服を合体させたような女衣装を着た女が活発そうな女とミナを交互に見る。
「本音漏れてるぞ、和装メイド。」
「う、うるさい!この、この眼鏡!」
「眼鏡しか言うことがないのかお前は!」
先程まで資料を整理していた眼鏡の男も話に割り込んできた。和装メイドと言い合いになる。
「はいはい、落ち着いて。わたしが話したいこと、まだあるんだから。ねえ?」
ミナになだめられて、2人は深呼吸をした。
「ミナっちの言う通りにする。今日のところは見逃してやろう。」
「上から目線ですねえ、シノさんは!」
「お前らいつも仲良いよな。そうやってオレとミナ様の前で口喧嘩してさ。」
「は?」
眼鏡の男は無言で手に持っていた資料をくしゃりと折り、和装メイドは可憐な容姿からは想像できないほどの低い声を出し、一気に眼光鋭く活発な女を射すくめた。
「ダメでしょ、|和偉《かずい》。もう一度印刷し直さなきゃいけなくなるでしょう?」
「……申し訳ありませんでした。」
今は開け放たれている、応接室とアシスタントの仕事部屋を繋ぐ扉の向こうに眼鏡の男、もとい和偉は消えていった。
アシスタント。それは、この特別保安局の要であるコマンダーを守り、補佐する役職の名である。
「話がずれたわね。ごめんなさい、オレンジ。」
「いえ!ミナ様のせいではありませんので。」
「わっちに突っかかってきたあの人が悪いな。」
「は?」
今度は戻ってきたら和偉が低い声をあげる番だった。
オレンジという名である活発な女は、一瞬身を固くする。
「それで、なぜなのでしょうか?」
オレンジが先ほどの理由を問うと、ミナは美しい微笑みをたたえたまま返答した。
「そうね。わたしたちにとって、守らなくてはならない貴重な存在が現れたから、とでも表現するべきなのかしら。」
「守らなくてはならない」
「貴重な存在?」
和偉が前半を、シノが後半をそれぞれ呟いた。2人とも苦虫を噛み潰したような顔になる。
「貴重な、研究対象よ。」
「そういえばこの前、珍しくギルティに襲われたのに生還した少女が入院しましたね。」
和偉は思い出した。日々、事務仕事をオレンジとシノに押し付けられているからだろうか。和偉の記憶力は入局する前より強化されていた。
確かその少女の名字は平凡で、容姿もあまり目立たないもので……。
「む、これか。」
アシスタント用の部屋にあるパソコンで、患者の情報を調べていたシノ。どうやら件の少女をデータの海から見つけたようだ。
「高木亜里沙。18歳。女。出身は隣のS県、S市。身長は……」
ここ、特別保安局は建前上、病院兼人間の生命についての研究施設となっていた。
難病を患った人間が、特別な手術を受けるために入院する。すごいところなのだろうが、詳しくは分からない。それが、近隣住民からの評価だった。
その実、ギルティの襲撃を受けた人間の保護や治療専門になっているのだ。
記憶操作、特殊義体装着、リハビリ。現在世間に知られていない技術を安心して使うための措置である。政府公認なので、国に隠す必要はなかった。
「あ!左足が喰われてる!」
オレンジが指差した部分には、こう書かれていた。
『左足を損傷しているため、義足装着。記憶処理はせずに局員として従事させる。分類はサポーター。』
「なるほど。そういうことなんですね。」
和偉1人を除いて、アシスタントはいまいち理解していないようだった。
「『ギルティに襲われたのに、左足を喰われるだけで済んだ』。これは相当なレアケースよ。」
「そういうことですか、ミナ様!大抵は死んじゃいますもんね。人間って、オレたちに比べて脆いから。」
「逆じゃないのか?わっちらが、人間より強靭なのじゃ。」
シノの言うことも一理あった。まだリバースという存在は世間に浸透していないのだから。知らない人間の方が、圧倒的に多かった。
「救出が間に合わずに死亡するか、庇うことに成功し、記憶処理を施して退院させるか。あとは、そうだな。体一部を失ったので義体を装着させたが、術後に傷口が悪化してそのまま……かだ。」
和偉の説明にミナは大きく頷く。
「だから、レアケースなの。局員になることが決まったから、定期的に研究できるのよ。」
「研究が進めば!ミナ様が、オレたちが目指す『誰もギルティに傷つけられない世界』にも近づきますよね!」
満足そうにミナは微笑んだ。今日も良い香りがする紅茶を一口飲んでから、ミナはオレンジに向き直る。
「だから、頑張ってその子を守ってちょうだいね。頑張れ、オレンジ!あなたなら出来るわ!」
「は、はい!」
敬愛する美しい女性から激励の言葉をもらったので、オレンジの頬は赤らんだ。こくこく、と何度も頭を縦に振る。
「シノもいつも通り、警護をよろしくね。」
「ミナっちをお守りするのじゃー!」
「1人でも過剰戦力ですよ。」
和偉の頭では、彼女たちとウォリアーを戦わせたシミュレーション映像が流れる。難なく彼女はウォリアーを蹴散らして、それからついでに現れたギルティたちも一掃していく。
自分を除いたアシスタントは1人で戦車に匹敵するのではないか、という考えがより確かなものになったところでミナの声が耳に届いた。姿勢を正す。
「和偉も、いつも事務仕事全部任せちゃって申し訳ないわ。頼りにしてる。」
「光栄です。」
2人は応接室から和偉のデスクに移動した。
「そうそう。|例の計画《・・・・》の準備は進んでる?」
「はい。現在サンプルの抽出が完了したところです……。」
和偉は淡々と、現在の進捗を報告する。
「そこまで進んでいるのなら、上出来ね。もう少し時間がかかると思っていたわ。嬉しい誤算よ。」
「抽出の段階ですが、実は」
「あら、ちょっと待ってね。」
そこまで言葉を交わしたところで、ミナは手を挙げて会話を中断した。ミナに、誰かが連絡したようだった。届いた文書を確認する。
「オレンジ、オレンジ!」
「はい、ミナ様!何かご用でしょうか!」
「見てちょうだい。情報課のサポーターから送られてきたのだけど……。」
ミナのパソコンに表示されていたのは「貴重な研究対象」である少女がまた襲撃にあったという知らせ。
「早速仕事ですね!それじゃあ、行って参ります!」
バットを担いで、オレンジはバタバタとその場を立ち去った。
「わっちは事務仕事より体を使う方が得意なのじゃ。」
その様子を羨ましそうにシノは眺めた。
「まあ、わっちはミナっちの近くにいられるからいいか!」
パソコンに向かい、キーボードを指で叩くが、すぐに集中力は切れた。
それでも頑張っていた方ではあった。
「……今日もおれがやるんだな。9割方。」
シノは部屋の隅にある、紅茶の茶葉が並べられたテーブルを見つめていた。どれを飲もうか、真剣に悩んでいる。和偉はそんなシノをこっそり睨みつけると、またパソコンと夜をともにする覚悟をした。
和偉のパソコンに映し出されている、計画書。
そのタイトルは「|A計画《・・・》」であった。
今回はシノちゃんが登場です。ありがとうございます!
それから、うちの子和偉くんもですね。真面目ガネくんとは和偉くんのことですよ。