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4 神
『今は昔、~』の第4話です。
≪で、考えてくれた?≫
考えてくれた? とは、前に話した、「ぼくの前世」について聞いているのだろう。
「ああ、多分。ぼくは人間で間違いなさそうだね」
≪だろう?≫
霧の中にいるだろう彼は、誇らしげな声色になった。
「まったく、それだけのことを聞きに来るだけなのに、とんだ変人……、いや〝風変わり〟だよ、君は」
≪ありがとう。誉め言葉として受け取っておくよ≫
いや、褒めてないし……
≪でもね、今回はそれだけを聞きにこちらに来たわけじゃないんだ。ちゃんと話すテーマを持ってきてる≫
「へぇ」
≪相変わらずリアクションが薄いねぇ~。まあ知ってるけど≫
最初は彼が言った「ぼくの前世は何か?」。
次はぼくが聞きたかった「ぼく自身について」。
そして今回は彼が話したいこと、それが今回話すテーマになる。
「何を持ってきたの」
≪そりゃもちろん、くだらない話さ≫
言わなくたっていいよ、とは言わずに。
≪今日持ってきたのは二つ。くだらない話とさらにくだらない話の二本立てだよ。どっちがいい?≫
「んじゃ、後者から攻めていこうかな」
≪いいのか? 校長先生のようにつまらない話だけど≫
「だから先に消化するんだよ」
≪あら、そう。じゃあ話そうかな≫
そうして彼は結論を先にいった。≪俺は人間が嫌いでね≫、と。
「……え?」
≪ああ、勘違いしてほしくないんだけど、君のことが嫌いだと言ってるわけじゃないんだ。君のことは好きだよ。〝前世〟も含めてね≫
「……どういう意味?」
≪この世界には当然、生物がたくさん住んでいる。人間以外にも、虫や魚、蛙やゴ〇ブリに至るまで、それはそれは沢山の種類の動植物が存在する≫
〇キブリは絶対わざと言っただろうな、と思った。
≪当然、人間にも複数の種類、人種が存在する。そして時間軸――過去・現在・未来とかを含めるともっとだ。
俺はどちらかというとね、今より昔の方が、人間の印象がいいんだよ。最初に言った通り、俺は神様の一種さ。風を司る神様と、人間側には思われている。でも、正確に言えば俺は〝自然〟そのものなのさ。
かつての人間たちはその自然とともに生きていた。それは今より自然を愛していたから――というと歯がゆくなるなぁ。正確には自然を|畏怖《いふ》していただけなのだろう≫
「畏怖? 恐れていたってこと?」
そう、と彼は言った。
≪けれど今の人たちは自然を軽視し、逆に操ろう、利用しようとしているだろ。太陽光がうんたら、風力発電がどうたら。でも、それは口先だけなんだよね、化石燃料を拠り所にして生活しているんだから。
昔の人間たちは技術の進歩はそこまででもなかったが、頭は良かったよ。嗅覚が優れていると言ってもいいかな、危険察知がとてつもなく上手かった。
昔の人間たちは自分たちが無知であることを素直に受け入れて、俺たち自然を恐怖し、畏怖することで崇めていた。これが俗にいう自然信仰の始まりさ≫
「自然信仰として崇められて、どうしたの?」
彼は気のないふうに言っただけだ。
≪別に? どうもしないよ。今まで通りに接したさ。
地を揺らして建物を倒壊させたり、高波を発生させて湾岸地区を水没させたり。台風なんかもそうだなぁ、あれらも季節的にこのくらいに行こうぜ、と裏で画策しといて二・三個の台風一家連れて本州に沿って進むんだぜ。どうよこれ、新手のいじめだと思うよ。
昔はもっと酷かったけどね。二か月も雨が降らず干ばつにあえいで俺たちを力を頼り、一晩中祈られたりした。けど、その時でも本当にどうもしなかったね。
祈り? 無視だよ無視≫
「どうしてそんな非道なことを」
彼はそっけなく答えた。
≪だって、見返りを求めてやってるわけじゃないだろ? 昔の彼らが俺らを崇めた本来の目的は、『自然を畏怖したから』なんだ。
自然に恐怖したから崇めている。それを見て、ああ、君ら夜通し祈り続けたんだね。こんな行儀よく『同族の生け贄』を侍らせちゃって。よしよし、じゃあご褒美に……って力を弱めたら想像できるでしょ。パブロフの犬みたいになるわけよ。生け贄を出したら自然さまは許してくれるって間違ったことを学んでしまう。昔の人たちはそんな程度の低い人たちじゃない≫
ぼくは昔の人として反発したくなった。
「でもさ、現にそういう文化が根付いていたところもあったじゃん。なんだっけ、メソポタミアだったかアステカだったか。あれはどうなのさ。幼い子供の心臓を生きたままえぐり出して、天に掲げてなんとやらって」
≪それが程度の低い人間たちってことなのさ。ね、俺たちよりも|非道《・・》でしょ? 生きたままそれをやって、みたいなこと、やらないどころか思いつかないよ俺ら。しかも同じ身体をした『同族』相手に……ってのも。
あそこは自然信仰云々の話で完結しないからね。そこに宗教という人間にとってとても都合の良い、超どうでもいい作り話が出てくるから。自然と宗教をごっちゃにしないでいただきたいね、がんじがらめになって糸こんにゃく喰ってるようになる≫
「例えば?」
≪よく人間たちの世界で神様が出てくるわけだが、そこに〝悪神〟とか〝善神〟とかっていうだろう? 悪いことを企み悪いことをする神様と、慈悲にあふれて善い行いをする者たちを救済する神様……あれが出てくるんだよ。
はっきり言うよ、俺ら自然はね、神なんかじゃなくて平等なのさ。平等に人間を含む生物たちに恵みを与え、平等に災害を|被《こうむ》らせてあげる。それだけの話なんだ。だから、善い人間にだけこうしてあげるけど悪い人間たちは救ってあげないだなんて、回りくどいことやったことはない。それを人間たちがどう受け取ってるか、そのくらいなのさ。
俺たちにとって人間たちはどうでもいいんだよ。自然信仰だなんてしてくれていいんだけど、見返りを求めて崇めるのであればそれは違うよね。
『一夜中祈ったのだから雨を降らしてくれ』だとか筋違いなのさ。もしそれで雨が降ったら俺たちが〝善神〟で、雨が降らなかったら〝悪神〟なのか? そんな夢みたいな都合の良いストーリー、あるわけないでしょ。自然は自然のまま。今に至るまで何も変わってないんだよ。
本当に昔の人たちはそれが分かってて、危険察知という嗅覚が鋭かった。だから独自の文化が根付いて発展していったんだ。生け贄文化で踏みとどまったままのところは普通に滅んでるでしょ。生け贄を並べたって雨が降らない所は降らないんだよ。あそこは砂漠地帯みたいなものだからね、砂漠は砂漠のままだ。
今の人たちも、その見返りを求めてきてるっていうのが嫌いなんだよね≫
なんだか壮大な話になってきていて分かりづらい話になっていたが、ようやく今の人間たちにシフトしてきた。
要するにこういうことなのだろう、ぼくの前世は『昔の人間』由来だから好き。でも今の人たちは嫌い。
たぶん、それだけなんじゃないのかな。
≪俺としてはね、彼らには自然は無知であると同時に〝無力〟であることを知ってほしいのさ。自然に対して無知。自然に対して無力。無力だから自然を支配しようだなんてできっこないし、人間下に、勢力下に入れて、さも|人間《わたしたち》が頂点であると考えちゃうのは、度し難き|驕《おご》った考え方だと。
それにね、人間っていう生き物は都合の悪い記憶は忘れようとするものなんだよ。ごく簡単に、目に入らなくなった過去の事物は抹消しようとする。ほとんど、ね。
戦争真っ只中の時は、この悲惨な状況、後世に永劫伝えてみせる!――だなんて息巻いちゃったりするんだけど、途端に平和になると、
「過去の汚いことは一切合切水に流して、俺たちとともに未来に目を向けて歩き出そうじゃないか」
とか言って。忘れよう、忘れようとしてしまう。
そう、この祠のように、忘れ去られてしまうのさ……≫
霧の集合体は、薄暗い空を指さすように伸ばし、縦に長くなってくる。
祠がある空間にしみわたるように広がっていった。