公開中
光を届ける者
初投稿なので、あたたかい目で読んでください。
時系列的には進級後、ルミナグランプリの前のつもりです。
恋とは麻薬のようなものとは、よく言ったものである。甘美な毒に溺れるように恋をして、そして散るのだ。私も、その例に漏れず、美しく、そして儚く散るのだろう。でも、目を背けたくなるほどの眩い光に、惹かれてしまったから仕方ないのだ。きっと、どう転んでも彼と結ばれる未来はない。分かっていても縋ってしまう自分の浅ましさに吐き気がするのをこらえ、私は───日野森雫は届くはずのない光に手を伸ばした。
**********************
「雫、おはよう」
「愛莉ちゃん、おはよう」
いつも通りの、変わらない朝。その幸せをかみしめつつも、どうしても消せなかった影を落とした。きっと愛莉ちゃんなら私のことに気づいてしまうだろう。あわてて何度も練習した完璧な微笑みを見せ、このことがバレないように取りつくろった。
「そういえば、聞いてちょうだい!今朝ね、歩いていたらとても可愛い黒猫ちゃんがいて───」
よかった。上手く取り繕えたようだ。考えていることを押し殺すように笑みを見せ、相づちを打った。
バレてはいけない。このことは、誰にも───少なくとも、モモジャンのメンバー、そしてファンのみんなには隠し通さねばならない。明日も配信はあるし、モモジャンのメンバーともそれなりに深く関わってきたつもりだ。できるだろうか────前まで頼り切りだった私に、そして本音を見せてきてしまった私に。
**********************
きっと、遅効性の毒でも仕込まれていたのだろう。
私と司くんは、妹の友達の姉、兄という、何とも微妙な関係だった。遠いけれど、妹繋がりでたまに遊んだし、修学旅行などでも、偶然だけれど一緒に巡ったりもした。まあ、相手からしたら、良くて友達どまり。だとしても、私は違った。圧倒的な光────。そこまで仲良くしていた訳でもないけれど、この光を浴びているのはとても心地よかったから。この光と歩んでいきたいと、本気で願ってしまったから。
この恋のはじまりは私にも分からず曖昧で、きっと段々好きになっていったのだろう。最近はずっと司君のことを考えていて、ようやく昨日自分の想いに気づいたのだ。アイドルだからと無自覚に押し込めていた感情が、溢れてしまったのだ。ただの友達だとしか思っていなかったあの頃が思い出され、無邪気に遊べていたころを愛おしく思う。もうあの頃には、戻れないのだ。この恋を自覚してさえいなければ。この恋を終わらせる覚悟があるのなら、またあの頃のように、戻れるのだろうか。
*********************
今日は久しぶりに私は午後に仕事がなく、暇な日だった。休日をつくろうとわざわざ取り計らってくれたのだ。とはいっても半休だけれど。明日と明後日は1日丸々休みになっていて、とても楽しみにしていたのだ。だからといって怠けるつもりはないので、気を引きしめるがやはり浮き足立っている。
「わあ!どうしてここに***君がいるの!?」
聞き覚えのあるような声が校門の方から聞こえて、雫は思わず振り返った。
「はーはっはっはっ!どうだ?驚いたか!?いつもの意趣返しだ!ほら**、練習に行くぞ!」
「…え」
聞き間違えるはずがなかった。
私の、恋人────司君の声だ。
(…どうして、司君がここに?)
校門には、司君と鳳さんがいた。
手の震えを抑え、動揺を抑えるために手をぎゅっと握りしめる。
久しぶりに聞いた司君の声は、かっこよくて、綺麗で───聞いたこともないくらい楽しそうで。
(そういう、ことなのね。分かってはいたわ。分かっては、いたけれど…)
心情とは反対にふっと笑う。引きつったひどい笑みだ。
(私とは、過ごしてる時間が違うもの。仕方ないわ。それに、鳳さんはとてもいい子だものね)
えむと私とは争うことすらきっと出来ないのだろう。
流れてきそうな涙をこらえ、帰路へと着いた。今日の夕食は確か、ハンバーグだっただろうか。うまく、笑って食べられるだろうか────。
アイドルは恋愛をしてはいけない。
ファンを悲しませてはいけないからだ。
(なのに私は…禁忌を、犯してしまったのね)
雫はもう寝る時間だというのになかなか寝付けず、ただ天井を見上げていた。
だめだと分かっていても、この気持ちを押し殺すことはどうしても出来ず、悩むだけの日々を過ごしている。アイドルなのに禁忌を犯してしまう程の覚悟なら、いっそのことやめた方がいいのかもしれない。
(だめよ、雫。もう私は二度と、ファンを悲しませてはいけないもの。逃げるのは違うわ)
それに、司君にはもう、好きな人がいるのだ。まだ確証を持っていないけれど、司君の表情は分かりやすい。
好きな人がいるのに、私が告白してもきっと断られるだけ。キープだなんて不誠実なことをするような人ではない。断られるだけなら、いっそ言わない方がいい。
そう、私が我慢すればいいだけ。この想いを、殺せばいいだけの話だ。
結局、昨日はなかなか眠れず、寝不足のまま登校した。愛莉ちゃんも訝しげだったから、いつかはバレてしまうだろう。授業にも集中できず、ただ窓の外の雨模様を見つめてぼんやりとしたまま教室を出た。
「あれ、日野森さん?」
聞き覚えのある、凛としていて優しげな声。朝比奈さんだ。
「朝比奈さん。どうしたの?」
朝比奈さんは、にこりと笑う。
「日野森さん、元気がないような気がして。思わず声をかけちゃった」
慌てて微笑む。誰も見ていないと思って油断していた。最近の私は、どうやら気が抜けているようだ。
「あ、朝比奈さん。私はこの通り元気よ。雨が長く降っていて憂鬱に思っていただけ。心配をかけてごめんなさいね」
朝比奈さんが変わった気がした。笑っているけれど、いつもの朝比奈さんではないような。
「ごまかさなくても分かるよ、私には。何か悩んでいるんじゃない?」
思わず顔が強ばった。なんだか心を覗かれているような気がして、後ずさる。
「………え…」
「あ、ごめんね。突然こんなこと言っちゃって。なんだか、前の私みたいな気がしたから。」
(前の朝比奈さんが、今の私みたい?確かに今まででも疑問が残ることはあったけれど…)
「日野森さん。もし忙しくなければ、ファミレスにでも行かない?」
「私はホットティーで」
「私は…緑茶とおだんごのセットをお願いします」
かしこまりました、と言って去る店員を見ていると、朝比奈さんが口を開いた。
「少し、私の話をしていいかな」
朝比奈さんの話…?それはさっき言っていた前の朝比奈さんのことだろうか。断る理由がないので、一言「ええ」と返事をする。
「長くなるんだけどね。」
「…」
「私、ある人に自分の想いを伝えられなくて、ずっと苦しんでて。ずっと違う自分みたいだったの。それでもうどうでもよくなっちゃった時に、大切な人たちに出会ったの。その人たちのおかげで、想いを伝えられた。想いを伝えられただけで、良くなってるわけではないけどね」
だからね、と朝比奈さんは続ける。
「何で悩んでいるかは分からないし、聞く気もないけれど、悩みは動かないと無くならないよ。…行動したとしても無くなるとは限らないけどね。」
「…ってことが言いたかったの。無責任な言葉でごめんね。」
動かないと何も進まないだなんて、ただの綺麗事でしかない言葉。だけど何故だろうか、朝比奈さんから聞くと妙に心に入ってきて、じんと熱くなった気がした。
(そう、よね。私の気持ちを伝えないと。)
今思えば、告白したくなかったのは、振られるのが怖かったのだ。私の気持ちに、相手が応えてくれないのが、嫌でどうしようもなかったのだ。相手からすればはた迷惑な気持ち。でも私にとっては、大切なものなのに。
(私はその想いを…捨てようとしてた)
「……朝比奈さん、ありがとう。私、怖いけれど…前に進もうと思うの」
朝比奈さんは少し目を見開いて、ふっと微笑んだ。
「頑張ってね、日野森さん」
頼んだ緑茶とお団子は、今までに何度も食べたことのある組み合わせだけれど、1番美味しくて、そして苦いような味がした。
それじゃあね、と朝比奈さんは行って、お店を出た。最後の一口を飲んでふと窓を見ると、あんなに降っていた雨は晴れていた。
『急にすみません…明日、どこかで会えませんか?話がしたいです』
私は家に帰ると、さっそく司君に連絡をとった。文面を考えるのは難しくて、何度も消して書いてを繰り返していたけれど。
『明日は大丈夫だ!5時にあの公園で大丈夫か?』
すぐ連絡が来て、飛び出そうな心臓がさらに苦しくなる。
『ええ、大丈夫です』
スマホを握りしめて、ふう、と息をつく。
(……言えた。頑張ったわ、雫。)
あとは、自分の想いを直接伝えるだけ。言葉にすると簡単だけれど、目の前にせりたつ崖のように感じる。
翌日、学校を出ると、急いであの公園に向かった。遊ぶ時に使っていた公園だ。まだ約束の時間まで1時間あるけれど、自分の気持ちが半端なように感じて、ピッタリの時間に着くようにはしたくなかった。
公園に着くと、急いで帽子とサングラスをかける。
(大丈夫、大丈夫よ雫。気持ちを、伝えるだけなのだから…!)
自分で鼓舞しても手の震えは止まらず、鼓動は耳まで届いていた。
「雫?もう来ていたのか」
「司君!早いのね」
「ああ。今日は授業が早く終わったからな。というか、雫の方が早いだろう。」
「私も、早く終わったから…。することがなくて、少し早くついてしまったの。」
司君は少し笑い、カバンをシーソーの上に置いた。
「……それで、話とはなんだ。」
顔が無意識に強ばる。いざ伝えようとすると、怖くて逃げたくなる。
「……あのね、司君。」
(お願い、私。どうか、この一瞬だけは…勇気を出して)
「私、司君のことが好き。過ごした時間は長くはないけれど、司君の好きな所はいくらでも言えるわ。」
私の言葉に、司君は驚いたように目を見開き、気まずそうに視線を逸らした。
「……すまん、雫。雫の想いには応えられない。」
その言葉を聞いて、雫は諦めたような笑みを浮かべた。
(そう、よね。知っていたわ。分かっていたのに、いざ言われるとこんなにも辛いのね)
「雫の想いはオレとしてもとても嬉しい。だがオレには…す、好きな人がいるんだ」
「…知ってるわ。鳳さんでしょう?」
意趣返しがしたくて、わざと意地悪な事を言った。
(私はつくづく、嫌な女ね。)
「な、何故それを知って…」
「分かるわ。前見たもの。司君と鳳さんが話しているところ。あんなに幸せそうな表情を見ていたら、誰でも分かるわよ」
「……すまん、雫。オレは決して、雫のことを嫌っている訳ではないんだが…」
「……あのね、司君。私は、司君のことが確かに好きだけれど、それ以上に友達でいたいわ。これは、私の想いを昇華させようと思ったの。だから、これまでもいつものように接して欲しいわ」
「……雫。感謝する」
嘘だ。嘘に決まっている。恋人になりたいに決まっているし、振られた相手と友達でいるメンタルもない。
(…だけど、今だけは…この想いをまだ捨てられないの)
どうやら、私は重い女らしい。私がこの気持ちに整理がつくまで。整理がついたら、それまでのように友達になろう。だから、それまでは。
(まだ、好きでいさせて)
************************
数日後。この前まで荒れ狂うかのように降っていた雨の名残もすっかり消えた快晴の朝。
「雫。おはよう…って」
「愛莉ちゃん、おはよう。どうしたの?」
愛莉はにっと笑って私を見据える。
「……最近、顔が暗かったから心配してたけど、前よりいい顔してるじゃない。一皮剥けたって感じかしら」
「そうかしら。……そうだと、うれしいわ」
心からの笑顔で、雫は言い放った。
恋情が消えたわけではない。でも、恋情より、大切にしたいものを見つけた気がするのだ。そして、司はそれに気づかせてくれた。
(さようなら、私の光。お幸せに。もうその光を浴びることはないだろうけど)
司君から受け取った光を、今までよりももっと色んな人に届けられるように。
雫の決意の顔は、誰よりも美しく、視線は矢のように鋭く、煌めいていた。
(覚悟してね、みんな。私、誰よりも光って見せるから)
少しでも楽しく読んでいただけていたら幸いです。
おまけも投稿するので、そちらも見ていただけると嬉しいです。